第368話 ゾンビ討伐(?)
アイラが依頼者の村人とともにミドナ村にやってきたのは、昼下がりの時間だった。
アイラは村に着くと、まずは村人たちから事件に関する情報収集を始めた。
そして依頼者の村人が言っていたことと大きなズレがないことを確認すると、そのまま夜まで待つことにした。
やがて日が落ち、あたりがどっぷりと夜の闇に包まれた頃に、怪物たちは現れた。
いかにも亡者といった姿の、人型のモンスターが二体。
薄暗い中でも分かるほど青白い肌をしたその二体は、村の外からふらふらと現れ、獲物を探すように村の中を徘徊していく。
だが村の道端に、村人たちの姿はない。
村人たちはみな、夜になる前に家屋の中にこもって外に出ないようにしていた。
というのも、これまであの亡者が現れたのは、いずれも日が落ちたあとの夜の時間だったからだ。
また住居の中に逃げ込んだ村人を攻撃することはなく、やることといったら爪で家の扉をカリカリとひっかく程度。
そして朝日が昇る少し前の時間になると、どこかへ去って行ってしまうのだ。
それを聞いたアイラは、ゾンビにそんな習性あったかなと疑問に思うも、特に気にすることはなかった。
いずれにせよ倒してしまえば変わらない話だ。
そんなわけで、村を襲いにきた亡者たちが遭遇することになったのは、待ち受けていた狼牙族の女冒険者ただ一人だった。
「よう。予定通りに現れてくれて嬉しいぜ。おかげでさっさと仕事を終わらせて帰れるってもんだ」
アイラは愛用の大斧を肩に担いで、亡者たちの前に歩み出た。
その表情には自信がみなぎっている。
だがランプの灯りを頼りに、間近で亡者の姿を確認したアイラは、その眉をわずかに曲げた。
(ゾンビ……か? 肉が腐り落ちてないのはいいとして、ゾンビの目ってあんなに真っ赤に輝くもんだったかね)
実はアイラ、ゾンビというモンスターと戦った経験はあまり多くはなかった。
数少ない戦闘経験もだいぶ昔のことだし、その際も姿を見るなり瞬殺してしまったからよく覚えていない。
(ま、変異種だったとしても、別に強くはないみたいだし。問題はないね)
二体の亡者が放つ「圧」の弱さから、それらが十分に弱い雑魚モンスターであると確信。
アイラに噛みつこうと襲い掛かってきたそいつらに、カウンターの攻撃を仕掛けた。
「──っらあ!」
勝負はほとんど一瞬でついた。
後の先をとったアイラの斧のひと薙ぎで、最初の一体の胴が真っ二つに両断。
そこに襲い掛かってきたもう一体の攻撃もアイラはひらりと回避し、さらに一撃、斧による攻撃を叩きつける。
二体目もあえなく両断され、二体のモンスターは魔石へと変わった。
「よし。終わったよ」
アイラがそう声をかけると、近くの家屋から村の人々がおそるおそる姿を現す。
そして歓声が起こった。
村人たちがアイラのもとにやってきて、次々と感謝の言葉を述べる。
アイラは「役に立てて良かったよ」と村人たちに笑顔を返した。
「さぁて、仕事も終わったし、ちゃっちゃと帰らないと。ロアに怒られちまう」
心ばかりのお礼として食事に誘ってくる村人たちに断りを入れて、アイラはせわしなく帰宅の途につこうとする。
だが、そのときだった。
「──っ!?」
アイラの背筋に怖気が走った。
狼牙族の女冒険者は、鬼気迫る表情で背後へと振り返る。
周りにいた村人たちも何事かと思い、アイラの視線を追いかけた。
少し離れた場所に、いつの間にか、黒マントをまとった人型の何かがいた。
すらりと背の高い男性姿。
先刻倒した亡者たちと同様、その両目は真っ赤に輝いている。
口元には犬歯のような鋭い二本の牙。
「お前たち、家に隠れろ! 早く──」
村人たちに向かってアイラが叫んだとき、黒マントの男の深紅の目が、いっそうの輝きを見せた。
その目を見たアイラが、武器を取り落とした。
がらんと音を立てて、大斧が地面に転がる。
狼牙族の女冒険者は、ふらふらと黒マントの男のもとに歩み寄っていく。
村人たちは、金縛りに遭ったかのように動けずにいた。
やがてアイラは、黒マントの男のすぐ目の前までたどり着く。
身を捧げるように無防備な姿で、狼牙族の女冒険者は立ち尽くす。
黒マントの男は両腕でアイラを抱きすくめると、その鋭い牙で女冒険者の首筋に噛みついた。
「あっ……! あ、ああっ……あっ……」
噛みつかれた首筋が、淡い闇色の輝きを放ち、何かが吸われるようにどくどくと脈打つ。
女冒険者の体が、びくん、びくんと痙攣する。
抵抗する素振りもなく、むしろ恍惚とした表情さえ浮かべながら、為されるがままに受け入れる姿。
そんな時間が数秒、十数秒と続き──どさり。
狼牙族の女冒険者は、地べたへと崩れ落ちた。
しばらくの間、その体は痙攣を続けていたが、やがてそれも収まり完全に動かなくなる。
倒れ伏した冒険者の肌は、病的なまでに青白く、生気を失っているように見えた。
その光景を見ていた村人たちは、恐怖と戸惑いに支配されていた。
何が起こっているのか。
逃げなければまずいと感じる本能はあれど、それが体を動かす命令へとつながらない。
さらにしばらくの後。
むくりと、倒れた女冒険者が立ち上がった。
村人たちが固唾を呑んで見守る中、後ろを向いていたその姿が、振り向く。
狼牙族の女冒険者の目は、真っ赤に輝いていた。
牙をむき、怪物となり果てた女冒険者が、村人の一人に向かって駆けてくる。
そこでようやく、村人たちの金縛りが解けた。
「うわぁあああああああっ!」
「ぼ、冒険者までゾンビになっちまっただ!」
「に、逃げろぉおおおおっ!」
村は恐怖と混乱に包まれ──やがて、翌朝を迎えた。
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