第346話 熟練冒険者とアウルベア(1)

──side:レグルド──



 虎人族のレグルド率いる冒険者パーティ「ワイルドファング」の四人は、五台の馬車が一列縦隊で進む商隊の、最後尾について護衛を行なっていた。


 朝早くに都市レルトゥクを出立してから、しばらくの間は特に何事も起こらなかった。

 護衛の冒険者たちも四六時中、気を張っているようなこともなく、和やかに談話をしながら歩みを進めていた。


 だが、昼前のあるときのことだ。

 先頭付近で護衛をする「紅蓮の斧」のメンバーや、中央付近を任された「大地の槍」の若い冒険者たちが、にわかに緊張した様子を見せはじめた。


「前方にモンスターの気配、二体!」

「左と右からも! 森の奥からそれぞれ二体ずつ、気配が近付いてきます!」


 一つ目の声は「紅蓮の斧」のメンバーのもの。

 二つ目の声は「大地の槍」の、黒ずくめの衣装に身を包んだ若い女冒険者のものだ。


 ちなみに女冒険者が着ているその衣装は、南のヤマタイ風の雰囲気を持った、レグルドが見たことのない種類のものである。

 オーダーメイド品の防具だろうが、なかなかに凝っている。


 ほかにも「大地の槍」の若い冒険者たちは、レグルドが見たことのないデザインの武具をいくつか装備していた。

 重厚な褐色のプレートアーマーと兜、どこか神々しさすら感じさせる凝ったデザインの槍、氷を連想させる透き通った青白さを持つ弓、などなどだ。


 冒険者が見栄えを意識するのは、別に悪いことではないとレグルドは思っている。

 だがそれも、実力が伴っていればの話だ。

 十分な実力を持たないのに、見た目ばかりを気にする冒険者であるなら、レグルドが敬意を表するに値しない若造たちということになる。


 レグルドが気になったのは、「大地の槍」のリーダーの少年(実際には「青年」と呼ぶべき歳かもしれないが、レグルドからしてみれば「少年」と呼んだ方がしっくりくる)が冒険者ギルドで放った一言だ。


『俺たちの実力に関しては、ご心配なく。少なくともAランク相当程度の仕事は、問題なくこなせますよ』


 三人構成という少数のパーティであるにもかかわらず、「少なくとも」「Aランク相当程度の仕事」などと、自信過剰とも受け取れる物言いをしたのだ。


 アデラと話していたときの様子などを見れば、どちらかと言えばおどおどしていて気弱そうな少年に見えたが、一方ではこの自信家ぶり。

 レグルドは「大地の槍」の三人の冒険者たちに、得体のしれないアンバランスさを感じていた。


 レベルだけでは測れない実力があるのだ。

 彼らはAランク相当の冒険者パーティとして、十分な実力を持った者たちであるのかどうか。


 レグルドはその判断を、保留にしていた。

 張りぼての自信であるならば、その化けの皮はすぐに剥がれるだろう。


 いずれにせよ──と、レグルドは自らのパーティの三人の仲間たちに指示を出す。


「中央部の援護に行くぞ。前から来るやつはアデラたちに任せる」


「そうねー。レグルドが認めたアデラさんなら大丈夫よね。にひひっ」


 パーティメンバーの一人、女冒険者のエミリアが茶化してきた。

 レグルドの顔が、苦虫を噛み潰したように歪む。


「そういうこと言ってんじゃねぇだろ。与太ってねぇで行くぞ」


「はいはーい。リーダーの指示には従いますよん♪」


 レグルドが駆け出すと、エミリアを含むパーティメンバーの三人も、ニマニマした様子で追いかけてきた。


 レグルドは走りながら、心の中で悪態をつく。


(ったく、アデラとの交際がバレてからこっち、ずっとこんな調子だ。やりづらいったらねぇぜ)


 人の恋バナは、格好の話のネタなのだろう。

 レグルドとしては、仕事に差し障りさえなければうるさく言う必要はないと思っていたが、今や宗旨替えも検討しつつあった。


 ともあれ今は、襲撃者の対処が先決だ。

 この街道での遭遇ならば十中八九アウルベアの群れだろうが、総勢六体ともなれば侮っていい数ではない。


「それにしても、いきなり六体とはな。さっそくアウルベアカーニバルの本領発揮ってわけかよ」


 おそらくアウルベアと思われるモンスターが、総勢六体。

 しかも二体ずつ、三方から。


 Aランク相当の実力を持つ冒険者パーティが三つなら、それぞれが二体を相手取る布陣が順当だ。


 そうなると当然、不安なのは三人構成の「大地の槍」であるが。

 そこはレイドクエストに参加したパーティの一つとして、一丁前の働きを期待するしかない。


 レグルドは「大地の槍」の面々が守備していた中央付近までやってくると、どう動こうか迷っている様子の若い冒険者たちに向けて声をかける。


「右は俺たちが受け持つ。左はやれるな?」


「あー、えっと……はい。じゃあ右は、お願いします」


 パーティリーダーの少年──名前はダイチといったか──から、少しの躊躇いのあとに、承諾の返事。

 不安は大きくなるが、この場は任せるしかない。


「早めに片付いたら援護に行ってやるよ。無理そうだったら防御重視で戦って持ちこたえてろ。最悪、馬車に近付けさせなければいい」


 レグルドはそう伝えつつ、仲間たちを連れて右手側の森の中へと踏み込んでいく。

 我ながら甘いな、と心の中で独り言ちつつだ。


 なお馬車に近付けさせるなとは言ったが、きちんと分担してモンスターにあたれば、馬車や非戦闘員が損害を受けることは考えにくい。


 モンスターは通常、自らに攻撃を向ける冒険者を優先して狙ってくるからだ。

 敵対する冒険者が全滅しない限り、まずそちらが狙われる。


 護衛を依頼する商人にとって、冒険者たちは襲い来るモンスターを討伐するための鉾であると同時に、モンスターの攻撃をその身で受け止める盾でもあるのだ。


「最低限、盾としての役割さえこなしてくれればよ──よしテメェら、さっさと片付けんぞ!」


「はいな!」

「「おうっ!」」


 レグルドの声に、三人の仲間たちが応じる。


 想定されるアウルベア二体という敵は、そう容易い相手ではない。


 だがこれまで幾多の苦難をともに乗り越えてきた「ワイルドファング」の面々とならば、そうそう後れを取ることもないと思えた。


 レグルドたちが森の木々をよけながら走っていくと、すぐにターゲットを発見した。


 予想していた通りの相手だ。

 アウルベアが二体。


 大型の熊に似た二体のモンスターは、四足歩行で、森の木々を避けつつレグルドたちのほうへと迫ってくる。


 駆け寄ってくるその速度は、野生の熊のそれをも上回る。

 のそりとしているようでいて、驚くほどの素早さで接近してきていた。


「エミリア、右のやつを抑えてくれ!」

「オッケー! 左は任せたよ、レグルド!」


 連れ立っていた二体のアウルベアは、レグルドたちから数十歩の距離で左右に分かれ、別方向から襲い掛かってきた。


 大剣使いのレグルドと、槍使いの女冒険者エミリアがそれぞれ一体ずつのアウルベアを受け持ち、壁となる。


 この前衛二人と、残り二人による後衛からの魔法と弓の援護で、彼らはこれまで幾多の難敵を打ち破ってきたのだ。


「ケヴィンとサムエルは、エミリアの援護だ。こっちは俺がどうにかする。さっさと片付いたら手伝ってくれ」


「「了解!」」


「よし──うぉおおおおおおっ!」


 レグルドは大剣を大上段に構え、アウルベアの一体に立ち向かっていく。

 一方のアウルベアも立ち上がり、二足歩行の姿勢となった。


 両のかぎ爪を持ち上げて威嚇の構えを見せるアウルベアの背丈は、三メートルをゆうに超える。

 虎人族であるレグルドは一般的なヒト族と比べてかなり大柄だが、それでもアウルベアと比べると子供と大人ぐらいの体格差があった。


 アウルベアのフクロウに似た顔は、見方によっては愛嬌のあるものと捉えることもできるかもしれない。

 だが巨体からその顔で見下ろされれば、多くの冒険者は空恐ろしさと恐怖しか感じないだろう。


 それに事実、倒すべきモンスターだ。

 愛嬌を感じて無防備に近付くような愚かな冒険者は、恐るべき剛腕と鋭いかぎ爪による攻撃で、あっという間に惨殺されてしまうに違いない。


 もちろんレグルドは、そんな愚かな冒険者の一人になるつもりはなかった。


「くらいやがれ、【二段斬り】!」


 アウルベアの巨体が間合いに入ったタイミングで、虎人族の戦士は、振りかぶった大剣をスキルの残光とともに鋭く切り下ろす。


 同時にアウルベアの右腕が、レグルド目掛けて振り下ろされた。

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