第345話 出立
商人マーカスの馬車を護衛して、俺たちを含む三パーティ総勢十二人の冒険者たちが都市レルトゥクを出立したのは、依頼を受けてからほどなくしてのことだった。
朝日の下、レルトゥクの北門を出て、北方へと伸びる街道を進んでいく。
街道は森を切り拓いて作られたもので、馬車がすれ違えるくらいの道幅があった。
土の路面は、馬車の通行に大きな不便がない程度には平らに整えられている。
マーカスさんの馬車は全部で五台。
いずれの荷台にも、商品らしき荷物が山積みにされている。
冒険者たちは馬車を護衛する形で、徒歩での移動だ。
「いいか、冒険者ども。この馬車や荷物は私の財産であり、命も同然だ。しっかりと守れよ」
出立前にそう言ったマーカスさんは、今は先頭の馬車の御者台に座っている。
手綱を取って馬を進める様は堂に入っており、叩き上げの商人らしい力強さが感じられた。
俺たち「大地の槍」の守備位置は、五台の馬車が一列縦隊で進む、その真ん中付近だ。
先頭付近にはアデラさんたち「紅蓮の斧」の五人が。
先頭も殿も、重要な守備位置だからな。
俺たちのようなどこの馬の骨とも分からない若造よりは、よく見知った信頼できる冒険者パーティに要所を任せたいと思うのは当然だろう。
俺の隣を歩いていた風音が、ふと口を開く。
「でも大地くん、『アウルベアカーニバル』だとかさ。ずいぶん大変な時期に来ちゃったよね」
「ああ。だからこそレイドクエストにありつけたとも言えるけどな」
「そっすね。ただのAランクよりは、レイドクエストのほうが経験値うまいっすから。良かったっすよ」
応じた俺の言葉に、弓月が相槌を入れる。
「アウルベアカーニバル」が何であるかについては、出立前に話を聞いた。
どうやらこの地域のこの時期に特有の現象らしい。
もともとこのレルトゥク、ラハティ間の街道は、「アウルベア」というモンスターの頻出地帯であるという。
モンスター図鑑で調べたところ、アウルベアはフクロウに似た頭部を持った、巨大な熊型のモンスターのようだ。
直立したときの体長は、三メートルをゆうに超えるほど。
そういったいかにもパワー型の大型モンスターは、これまでにもいくつか戦ってきた。
ミュータントエイプとか、イエティとか。
アウルベアもそれらと同じく、物理攻撃オンリーの純粋パワータイプのようだ。
だがその強さは、イエティ(ドワーフ大集落ダグマハルで戦った、雪男の姿をしたモンスター)などと比べてもかなり上。
アウルベアを相手にするときは、25レベルの熟練冒険者でも、二人がかりで一体に対処するのがセオリーなのだそうだ。
そんなアウルベアが頻出するのが、この街道やその付近の一帯というわけだ。
一度に遭遇する数は通常、一体か、多くても二体。
それでも未熟な冒険者では対処できない可能性があるので、この街道を通る商人は、必ずAランク相当の冒険者パーティを護衛に付けるとのこと。
──と、ここまでが普段の事情だ。
一方で毎年のこの季節、「アウルベアカーニバル」と呼ばれる今の時期は、そんな中でもイレギュラーにあたるのだという。
この時期は、一度に遭遇するアウルベアの数が、平時の比ではないほどに増えるというのだ。
三体や四体の同時出現は当たり前。
お祭り騒ぎのようなアウルベアの大フィーバーとうわけだ。
そうなると、Aランク相当の冒険者パーティ単独では、とても太刀打ちできない。
だからこの時期には、レルトゥク、ラハティ間を含む通商は滞りがちになる。
ほかの経路も似たようなものらしく、南北の交易が一時的に途絶えてしまうのだ。
ところがどっこい、マーカスさんはそれで諦めたりしないらしい。
むしろ「だからこそ、この時期は商品が高値で売れるのだ!」というのが持論らしく、単独の冒険者パーティでダメなら複数の冒険者パーティに護衛依頼を出せばいいという理屈で、パワー型の商売を繰り広げているらしい。
複数のAランク冒険者パーティへの依頼──つまりはレイドクエストでの依頼である。
何とも商魂たくましい人だ。
「けど、また『イレギュラー』か」
俺はつぶやきつつ、これまでのことに思いを馳せる。
こっちの世界に来てからあちこちで、モンスターの発生数が異常だという話を聞いてきた。
エルフの里、グリフォン山、ドワーフ大集落ダグマハル──
いや、ダグマハルの件は新しくできたダンジョンが原因だったと考えると、少し違うのかもしれないが。
俺の頭の中で、世界樹のユニコーンから聞いた話が、なんとなくリンクしていた。
この大陸全体で、何らかの邪悪な力の増大が起こっているという話。
それが世界樹の善なる力を呑み込もうとしている、と。
あちこちで起こっているモンスターの異常発生は、それと繋がっていたりしないだろうか。
もっとも「アウルベアカーニバル」は、例年同じことが起こっているという話だから、これに絡めるのは少し筋が違う気もするが。
すると俺のつぶやきを聞いた弓月が、こんな無邪気な疑問を口にした。
「ねぇ先輩。アウルベアカーニバルって、例年起こるイレギュラーなんすよね? だったら『イレギュラーのイレギュラー』とかも、あったりするんすかね?」
俺に向けた言葉だったが、すぐに反応したのは風音だった。
「イレギュラーのイレギュラー? どういうこと、火垂ちゃん?」
「いやほら、風音さん。例年にないモンスターの異常発生と、例年起こるモンスターの異常発生があるわけっしょ。それなら──」
「──っと、ごめん。待って火垂ちゃん」
そのとき風音がぴくりと反応し、その表情を真剣なものへと変えた。
同時に前方、先頭の馬車付近にいた「紅蓮の斧」のメンバーたちが、強く警戒した様子を見せはじめる。
「前方にモンスターの気配、二体!」
「左と右からも! 森の奥からそれぞれ二体ずつ、気配が近付いてきます!」
前者の声は、「紅蓮の斧」のメンバーの一人のもの。
後者の声は、風音が全体に聞こえるように大声で発したものだ。
「ふんっ、さっそく現れおったか! 冒険者総員、迎撃だ! モンスターどもを馬車に近付けさせるな!」
依頼人であるマーカスさんが、冒険者たちにそう指示を出す。
モンスターの襲撃か。
アウルベアであるかはまだ分からないが。
俺たちを含めた護衛の冒険者たちは、いずれも迎撃のために動き始めた。
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