第347話 熟練冒険者とアウルベア(2)
「くらいやがれ、【二段斬り】!」
虎人族の戦士レグルドは、その武骨な両手で握った大剣を、スキルの残光とともに振り下ろす。
袈裟懸け。そこからの間髪入れずの左切り上げ。目にもとまらぬ二連撃。
「ホォオオオオオオッ!」
一方ではアウルベアも、鋭いかぎ爪が伸びた右の剛腕を振り下ろしていた。
巨体に似合わぬ素早さを持つアウルベアの攻撃は、容易く回避できるものではない。
交錯。
次の瞬間、レグルドの胸から血が飛び散り、アウルベアの胴からは黒い靄があふれ出した。
「ぐっ……!」
衝撃で軽く吹き飛ばされながらも、レグルドはどうにか踏ん張って持ちこたえる。
アウルベアにもかなりの打撃を与えたのが分かった。
痛み分けという結果。
(チッ、相変わらず大した攻撃力だぜ。三発直撃もらったら落ちかねねぇ)
レグルドの胸部には、鋭く抉られたような痛みが走っている。
HPの三割ほどが一撃で持っていかれたという体感があった。
レグルドは重装防具こそ装備していないものの、タフネスには自信があるほうだ。
そのレグルドがこれだけのダメージを受けるのだから、アウルベアの攻撃力は相当のものと言える。
一方でレグルドとともに前衛を担っているエミリアなどは、彼と比べるといくぶんか撃たれ弱い。
三発どころか、二発の直撃で戦闘不能に追い込まれる可能性すら想定できる。
治癒魔法を使えるケヴィンが援護についているから、エミリアもそう易々とやられることはないはずだが。
その分レグルドは、回復なしで立ち回らなければならない。
(へっ、この俺とほとんど互角に近い強さだってんだから、たまらねぇぜ)
レグルドは【モンスター鑑定】のスキルも保持している。
そんな彼の視界には今、アウルベアのHPが「134/270」と表示されていた。
レグルドの【二段斬り】によって、HPの半分ほどをえぐり取ったことになる。
レグルドは、自身の戦士としての強さにかなりの自信を持っていた。
それは根拠のない自信ではなく、実力に基づいたものだ。
一般に、すべての冒険者は25レベルで成長が止まる。
冒険者として数年以上の活動を続けている熟練者は、25レベルに到達しているのが普通だ。
だが同じ25レベルでも、すべての熟練冒険者の実力が、完全に横並びなわけではない。
立ち回りの巧さもあるが、修得しているスキルやステータスなどによっても、その強さは大きく変わってくる。
レグルドはスキルもステータスも、かなり恵まれたほうだと自負している。
高水準の【大剣攻撃力アップ】や、両手持ち武器の攻撃力を大幅アップさせる【ツヴァイハンダー】、一瞬にして二度の斬撃を与える【二段斬り】といった強力な近接戦闘スキルの数々。
それに加えて、筋力や耐久力に優れた近接戦闘向きのステータスまで持ち合わせている。
魔法はまったく使えないが、武器を使った近接戦闘を生業とする戦士としては、レグルドの右に出る者はそうはいないだろう。
槍使いのエミリアも決して弱いわけではないが、彼女をして「レグルドには敵わないよ」と公言してはばからないほど。
だがそんなレグルドと対して、一対一でほとんど互角に近い戦闘力を持つのが、アウルベアという怪物なのだ。
並のAランク相当の冒険者パーティにとっては、アウルベア二体はかなりの難敵だ。
全滅こそ滅多にないものの、たいてい苦戦は免れず、一人や二人の戦闘不能者が出ることも珍しくないほどの相手である。
「だが、俺ならよ! 殴り合おうぜ──【二段斬り】!」
レグルドは再び地面を蹴り、アウルベアに立ち向かっていく。
アウルベアもまた怒り狂ったように咆哮しながら、レグルドに向かって突進し、そのかぎ爪を振り下ろした。
レグルドの体から、再び血が飛び散る。
二度目の直撃を受けて多量のHPを失った虎人族の戦士は、ぐらりと倒れそうになりつつも、どうにか持ちこたえる。
一方で、彼の目の前にいたアウルベアは、その巨体を黒い靄へと変えて消滅していた。
地面に魔石が落ちる。
レグルドが放った二度目のスキル攻撃が、怪物の残りすべてのHPを抉り取ったのだ。
「……ふぅ、相変わらずおっかねぇ強さだな。冷や冷やするぜ、まったく」
レグルドは倒したアウルベアの魔石を拾い上げながら、もう一方の戦局を確認する。
見ればちょうど、もう一体のアウルベアも倒されたところだった。
三人の仲間たちは、的確な連携によって危なげなく勝利を収めたようだ。
戦闘終了を確認したレグルドは、自身のステータスを開いて状態を確認する。
現在HPは「64/168」と表示されていた。
アウルベアとタイマンを張って勝てる冒険者は、そうはいない。
彼とても、十戦やれば一度や二度は負けることもあるだろう。
レグルドは仲間たちからの称賛の声に片手をあげて答えつつ、別の冒険者たちへと思いを馳せる。
「これを三人でやれるもんかね。ギルドの基準も甘いんだよ。あいつら今頃おっ死んでなければいいが」
レグルドが心配するのは、やはり「大地の槍」の若い冒険者たちだ。
クエストを受けたのだから、連中の自己責任──それはそうなのだが、完全にそう割り切るにはレグルドという男は情が深すぎた。
それでなくとも、護衛の道半ばでパーティ一つに壊滅されては困るという切実な事情もある。
仲間から治癒魔法を受けて傷が癒えると、レグルドは仲間たちを連れ、馬車のある街道方面へと急いで戻った。
あの三人組の若造たちが苦戦しているようなら、援護に入ってやろうと思っていた。
だが馬車の元まで駆け戻ったレグルドが見たのは、予想だにしていなかった光景であった。
「は……? なんでお前ら、ここにいるんだ」
そこにはなぜか、「大地の槍」の三人の冒険者が、平然とした様子で待っていたのである。
三人のうち、魔導士姿の娘の帽子に乗った羽根つきのペットが、レグルドたちの姿を見て「クピッ、クピーッ♪」と上機嫌な様子で鳴いた。
レグルドは混乱した。
「大地の槍」の三人が、今ここにいる意味が分からなかったからだ。
レグルドたちが馬車の元を離れて森に入ってから、まだ一分もたっていないはずだ。
確かあの黒ずくめの女冒険者は、「右と左の森の奥から、それぞれ二体ずつのモンスターが接近してきている」といった内容の報告をしていた。
左手側からもアウルベア二体が接近してきていたのなら、そっちの対処に向かった「大地の槍」が今ここにいるのは不自然だ。
それとも三人構成の彼らのほうが、レグルドたちよりも早くアウルベア二体を倒して、この場に戻ってきた……?
そんなバカなことがあるはずがない、とレグルドの常識が訴える。
レグルドたち四人にとってすら、あれほどの難敵なのだ。
まさかあの黒ずくめの女冒険者が、レグルドたちを
本当は右からしか気配がなかったのに、右と左から気配があると言って、レグルドらに右を対処させておいて自分たちは何もせずに戻ってきた?
いや、それもおかしい。
右と左、どちらの対処をするか迷う素振りを見せていた「大地の槍」の面々に対し、レグルド自身が右を受け持つと宣言したのだ。
「どういうことだ。左から来たのは、アウルベアじゃなかったってことか?」
レグルドがそう疑問をぶつけると、リーダーの少年が「いえ、二体ともアウルベアでしたよ」と言って、二つの魔石を取り出して見せてきた。
それは大きさも形状も、レグルドが先ほど手に入れたものと同じ。
確かにアウルベアの魔石だった。
「そんな、バカな……!? 何が、どうなって……」
レグルドはわけも分からず、ただただ困惑するしかなかった。
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