第343話 北西へ

 ヤマタノオロチを討伐した俺たちは、翌朝、極東の都オーエドを出て北西へと向かった。


 中期的な目的地は、ヤマタイの北西に位置するノーザリア連合国、その北部にある寒冷地帯だ。

 そこには「アイスキャッスル」と呼ばれる、氷でできた城が存在するらしい。


 ミッション「アイスキャッスルに到達する」(獲得経験値10万ポイント)が目下、俺たちの目指すところである。


 ちなみに獲得経験値はそれなりに大きいが、移動に一週間以上の日数がかかることを考慮すれば、さほどおいしいミッションというわけでもない。


 ただほかに目ぼしいミッション達成のあてもなかったので、ひとまずの目的地とした。

 あちこち移動していけば、ほかのミッションに当たる可能性もあるだろうしな。


 オーエドの都を出てから、まずはおよそ一日半の徒歩の旅。

 北西へと向かう街道を進んできた俺たちは、ノーザリア連合国、最南端の都市であるレルトゥクへとたどり着いた。


 レルトゥクは人口八千人ほどの、そこそこの規模の都市だ。


 建物など全体の雰囲気は、隣接する極東の国ヤマタイや砂漠の国ナリジャよりは、西方の国のそれに近いように見えた。

 すなわち中近世ヨーロッパを思わせる風景である。


 ノーザリア連合国は、陸地だけ見れば、大陸中央部以西とは砂漠地帯や山地帯によって分断されている。


 だが北西方面へと伸びる半島の形をしたノーザリアは、その先端部の南部地域において海運業が発達している。

 聖王国の港町バーレンなどとの交易も盛んであり、そちらからも文化が広まっているようだ。


 さておき。

 もうすぐ夜に差し掛かろうという時刻にレルトゥクに到着した俺たちは、その日は宿をとり、ゆっくりと一夜を過ごすことにした。


 冒険者ギルドには、この日のうちに登録しておいた。

 国をまたぐたびに新たに冒険者登録をしなければならないのは少し面倒だ。

 ただ受けられるクエストの難易度はレベルで判断されるので、そのあたりがゼロリセットされないのは助かるところ。


 なお冒険者登録時にレベルに驚かれる展開は、ここでも行われた。

 俺たちのレベルは今や、俺と風音が54、弓月が55だ。


 なおここの受付のお姉さんは、目を丸くして愕然とするだけで声には漏らさなかったあたり、聖王国王都のお姉さんよりも優秀だった。

 もちろんギルド内では情報共有されているだろうが。


 そして翌朝。

 元の世界への帰還までは、あと59日。


 俺と風音、弓月、それにペットサイズにしたグリフの三人と一体は、朝早くから冒険者ギルドへと向かった。


 早朝の冒険者ギルドの風景は、どこの国も大差がない。

 多数の冒険者たちがギルドの前で開店を待ち、オープンと同時に建物内へとなだれ込むのだ。


 お目当てはもちろん、クエスト掲示板である。

 採れたてピチピチ、新鮮でおいしいクエストを求めて、クエストの貼り紙が鋲止めされた掲示板の前に殺到する冒険者たち。


 俺たちもまた、そうした有象無象の一員となった。

 このアクションも久方ぶりだな。


 ただし俺たちの真の目的は、ほかの冒険者たちとは少し違う。

 俺たちが真に求めているのは、経験値──すなわちミッション達成に繋がるクエストである。


 現在の未達成ミッション一覧はこんな具合だ。


───────────────────────


▼ミッション一覧

・人口10万人以上の街に到達する……獲得経験値20000

・アイスキャッスルに到達する……獲得経験値100000

・空中都市に到達する……獲得経験値100000

・デュラハンを1体討伐する(0/1)……獲得経験値15000

・ドラゴンゾンビを1体討伐する(0/1)……獲得経験値30000

・ジャイアントを10体討伐する(5/10)……獲得経験値100000

・フロストジャイアントを1体討伐する(0/1)……獲得経験値50000

・ロック鳥を1体討伐する(0/1)……獲得経験値50000

・レッサーデーモンを3体討伐する(0/3)……獲得経験値50000

・ヴァンパイアを1体討伐する(0/1)……獲得経験値70000

・ドラゴンを4体討伐する(3/4)……獲得経験値100000

・エルダードラゴンを1体討伐する(0/1)……獲得経験値100000

・フェンリルを1体討伐する……経験値300000

・ベヒーモスを1体討伐する……経験値350000

・Aランククエストを6回クリアする(3/6)……獲得経験値60000

・レイドクエストを3回クリアする(2/3)……獲得経験値70000

・Sランククエストを3回クリアする(1/3)……獲得経験値80000


───────────────────────


 この中のいずれか、あるいは複数を満たすようなクエストがあると望ましい。

 掲示板に貼り出されたクエストをつぶさに見ていく。


 そうしているうちにも一枚、また一枚と、ほかの冒険者たちの手でクエスト依頼の貼り紙が剥がされていく。

 俺が若干の焦りを感じつつ、掲示板に目を走らせていると──


「先輩、これとかどうっすか?」


 弓月が一枚の貼り紙を指さした。


 俺はそれまで見ていたクエストから目を離し、後輩が示したものへと素早く視線を移す。

 そこにはこう記されていた。


───────────────────────


 クエスト概要……レイドクエスト/都市ラハティまでの護衛依頼

 クエストランク……A/レイド(推奨レベル:25レベル)

 依頼者……商人マーカス

 クエスト内容……都市ラハティまでの護衛を依頼したい。今の時期は悪名高きアウルベアカーニバルの最中であり、道中では多数のアウルベアとの遭遇が予想される。このため本依頼は三パーティ合同のレイドクエストとした。私と従業員、そして積み荷をしっかりと警護してほしい。

 その他……都市ラハティまでは、このレルトゥクから街道を北上して一日半ほどでたどり着く予定だ。少なくとも一晩は野営を行なうことになるだろう。各パーティ準備は怠らぬように。

 報酬……金貨150枚(一パーティにつき)


───────────────────────


 なるほど、レイドクエストか。

 これを達成すれば「レイドクエストを3回クリアする」を満たして7万ポイントの経験値を獲得できるはずだ。


 さらに良いのは、このクエストの内容が北の都市ラハティに向かう護衛依頼であることだ。

 アイスキャッスルに近付く方向に移動できるのは一石二鳥だ。


 かなりの好条件。

「アウルベアカーニバル」という言葉が少し気になったが、今はそれについて詮索している時間的余裕はないだろう。


 さて、これで決めていいものか、それともほかにもっと好条件のクエストがあるか──


 などと思っていると、そのレイドクエストの貼り紙、残っていた二枚のうち一枚が別の冒険者の手によって剥がされてしまった。


 残るは一枚だけ。

 三パーティ合同だというから、すでに一枚はまた別のパーティに持っていかれた後なのだろう。


 迷っている暇はないと思った俺は、即断してその貼り紙を手に取った。


「グッドだ、弓月。よく見付けてくれた」


「にへへーっ。ご褒美になでなでしてくれてもいいっすよ、先輩♪」


「よーしいい子だ」


 自分で帽子を取って待ちの姿勢を見せた後輩の頭を、俺はでかしたという気持ちを込めてなでる。

 弓月は相好を崩して嬉しそうにした。


「ふへへっ、今日も先輩のなでなでゲットっす」


「くっ……今日も火垂ちゃんに後れを取った……悔しい……」


 隣では風音が、指をくわえて恨めしそうにそれを見ていた。

 相変わらずなんだろうね、この謎空間。


 と、いつもの周りを気にしないイチャイチャをやっていると、ふと頭上から声がかかった。


「おう、坊主たちもそのレイドクエストを受けるのか。俺たちも一緒だ。よろしく頼むぜ」


 たくましく野太い、朗々とした声。

 俺は声の主を求めて、視線を上げる。


 声をかけてきたのは、身の丈二メートル近くもありそうな筋肉ムキムキの巨漢だった。

 年の頃は、ヒト族で言うところの三十歳ほど。


 頭部には獣耳。

 全身には虎の縞模様を思わせる、部族的なボディペイント──いや、これも生まれつきのものかもしれない。

 一方では臀部からも、虎を連想させる黄色と黒の縞模様の尻尾が伸びている。


 その巨漢は、獣人──虎人族と呼ばれる種族の男だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る