第342話 宴

(作者より)

 近況ノートに、にゃんにゃんしている風音と弓月のカラー口絵を貼っておきました(嘘は言ってない二度目)

 https://kakuyomu.jp/users/ikapon/news/16818093081572046030



 ***



 城内にある宴会場は、修学旅行などでお世話になるような大旅館のそれそのものだった。


 大人数分が用意された御膳には、刺身や天ぷらなどの豪勢な料理が並べられている。

 俺たちのほかにも武士モノノフたちがぞろぞろとやってきて、席についていく。


 席でしばらく待ち、準備が整うと、将軍の言葉で宴が始まった。


 最初は参加者総出で俺たちを称える雰囲気があったが、やがてそんなものは関係ないとばかりに好き勝手などんちゃん騒ぎが始まった。

 あまり構われてばかりでも気が休まらないので、ちょうどいい。


 宴会の場には当然ながらお酒が用意されており、風音はおいしいおいしいと言って酒を呷って、すぐにへべれけになった。


 そして妖艶な仕草で、甘えるように俺にしなだれかかり、抱き着いてきた。

 浴衣がはだけ、上気した肌がおしげもなく露出していて、俺は息をのんだ。


 さらに弓月も、そんな風音に対抗するように俺に抱き着いてきた。

 こっちは素面しらふである。


「せんぱぁい……うち、酔っちまったすよ……」などと言って、うっとりとした目でしなだれかかってくる演技を始めたので、俺はドギマギする内心を隠しながら「お前は飲んでないだろ」というツッコミとともに後輩の脳天にチョップを入れた。


 するとムキになった弓月が「だったらうちも飲むっす」と言って、お猪口に酒を注いで呷った。

 弓月の目はすぐに据わった三白眼になり、頬を真っ赤にした顔で、ヒックヒックとしゃっくりを始めた。


 お酒は二十歳になってから、などと注意する資格は俺にはない。

 なおこっちの世界では、だいたい十五歳以上がお酒を飲んでいいとされる年齢の相場のようだ。


「ほら先輩、今のうちは酔ってるから、こんなことだってするっすよ」


 後輩はそう言って、俺の顔を両手でガッチリと挟むと、なぜか俺の唇を奪ってきた。

 それを見た周囲の武士モノノフたちが、「おおーっ」と歓声を上げる。


 それからしばらく悪絡みしてきた後、弓月は俺の膝の上で寝入ってしまった。


「大地くん、私もぉ」


 今度は風音がそう言って、俺に抱き着き、畳の上に押し倒しながら唇を重ねてきた。

 再び周囲から感嘆の声が上がる。

 浴衣一枚で押し付けられる立派な胸と柔肌の感触もあり、俺は公衆の面前で理性を失わないようにするのが大変だった。

 近くからは「クピッ、クピーッ!」と、どこか仲間外れ扱いを咎めるような響きのグリフの鳴き声が聞こえてきていた。


「ミコト……あの三人、すごいね……」

「姫様も、ああいったことに興味がありますか? 私でよければお相手いたしますが。んーっ……」

「ちょ、ちょっ……ミコトっ、そうじゃない……! や、やめっ、みんなが見て……もぉおおおおっ、バカぁああああっ!」


 風音をどうにかやり過ごしていると、浴衣姿のクシノスケとミコトさんがくんずほぐれつ絡み合って百合百合しているのが見えた。


 なるほど、あれが風音や弓月が言っていたミコトさんの女色ぶりかと妙に納得しつつ、俺は結構なものを見せてもらったことに感謝の拝み手をした。


 ちなみにそんなミコトさんには、以前に見たクシノスケのお目付け役らしき「爺や」がげんこつを落とし、それを見た周囲の武士モノノフたちが朗らかに笑っていた。

 あの覚醒者ですらない「爺や」の謎のパワーバランスは、剣聖に対しても及ぶらしい。


 とまあ、そんなわやくちゃな宴の時間が過ぎ、やがて終いの時間となった。

 その頃には、畳の上に酔っぱらって寝入った武士モノノフたちの姿があちこちに散見されるどうしようもない状態となっており、宴は流れ解散となった。


 城の客人用の寝室を使用していいと言われていたので、俺はへべれけの風音と完全に寝入った弓月を担いで、その寝室に向かった。

 畳敷きの寝室には、三枚の布団がぴったりと並んで敷かれていた。


 俺は、風音と弓月を左右の布団に寝かせると、自分は真ん中の布団で床についた。

 こういうときに堂々と二人の真ん中で寝るようになった俺も俺であるが、もぞもぞと俺の布団に潜りこんできた風音も風音だと思う。


 翌朝、目が覚めると、顔を洗うなど朝の準備をしてから朝食に。

 朝食まで用意してくれたのだ。完全に旅館である。


 ご飯に味噌汁、焼き魚に納豆、海苔、お漬物などが揃ったいかにもな朝食御膳。

 俺たちが納豆を躊躇なく食べていたことに、城の人たちは驚いていた。


 そうして朝食を頂いた後に、俺たちは城をたつ。

 城の門前まで、クシノスケとミコトさんが見送りにきてくれた。


「あらためてになるけど──ダイチ殿、カザネ殿、ホタル殿。本当にありがとう。私が今こうして生きていられるのは、あなた方のおかげだ。感謝の言葉もない」


 まばゆい朝日を背景に、淡い笑顔を向けてくるクシノスケ。


「私からももう一度、礼を言わせてほしい。姫様を救ってくれたこと、心より感謝する。この恩は一生忘れまい」


 その横に立つミコトさんもまた、俺たちに向かって頭を下げてきた。


 俺たちはそんな二人に別れの挨拶をして、オーエド城をあとにする。

 七人の、俺たちが救うことができなかった、顔も見たこともない少女たちにわずかな思いを馳せつつ。


「これからどーするっすか、先輩? 東の果てまで来ちまったっすけど」


 弓月が聞いてきたので、俺は深く考えずに答える。


「さて、どうしようか。南の山中に長距離移動の転移魔法陣があるって話をあてにしてここまで来たけど、北の雪原地帯が選択肢に入ってきたからな。先にそっちに行ってみてもいいかと思ってる」


「あー、あれね。『アイスキャッスルに到達する』ってやつ。10万ポイントだったっけ?」


 風音の相槌に、俺は「そうそう」と返す。

 一方では弓月が、てててっと前方に走っていって、くるりと振り向いて後ろ歩き。


「ま、テキトーに町中をぶらぶらしながら決めればいいっすよ」

「ん、そうだな」

「さんせーい」

「クピッ、クピーッ♪」


 弓月の帽子の上では、ペット姿のグリフが鳴く。


 俺たちは、澄み渡る朝の青空を見上げながら、オーエドの城下町をのんびりと歩いていくのだった。

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