第340話 決戦、ヤマタノオロチ(3)

 まずい──と思ったときには、八つの首すべてから、炎が吐き出されていた。

 それは一つの大きな火炎の渦となって収束し、弓月たちがいた場所一面を薙ぎ払う。


 幾多の武士モノノフたちの悲鳴。

 その中には弓月の苦悶の声も混ざっていた。


 炎が過ぎ去った後、その効果範囲内にいた十人ほどの武士モノノフたちが、次々と倒れていく。


 その場にいて倒れずに残ったのは、ただ一人、弓月だけだった。


 弓月は、全身が焼け焦げて倒れ伏した武士モノノフたちを見て、壊れそうな表情を見せていた。


 自分がそこにいたせいで、周囲にいた人たちが巻き添えを食ったとでも思っているのかもしれない。

 あいつ図太いように見えて、そういう脆いところあるからな。


 俺は弓月に向けて叫ぶ。


「切り替えろ、弓月! まだ『戦闘不能』だ! ブレス一撃で『死亡』までは届かないって、軍議で聞いたろ! 今はあいつを倒すことに集中しろ!」


 俺のこの発言は、半分は方便だった。


 覚醒者はその現在HPが0を下回ると「戦闘不能」となるが、それにとどまらず最大HPぶんのマイナスにまで到達すると「死亡」に至る。


 ヤマタノオロチのブレス攻撃を受けても、その一撃だけで「死亡」までは届かない──軍議でそう聞いたのは確かだが、それは過去の戦闘事例ではそうだったというだけだ。


 だが事実と違ったとして、その嘘で弓月のメンタルが持ち直すなら、責任は俺が持てばいい。


「──っ! わ、分かったっす!」


 弓月の返事が聞こえてくる。

 魔法使い姿の後輩は、手にしたフェンリルボウを、再び引き絞っていく。


 そうだ。お前は最大戦力の一つなんだから、狼狽えていて最善を尽くせませんでしたでは、それこそ後悔することになる。


 それはもちろん、俺も同じことだ。

 今この瞬間、最善を尽くせ。


 俺の目前には、ヤマタノオロチの巨体が迫っていた。

 風音やミコトさんはすでに接敵し、攻撃を仕掛けている。


 ついにオロチの足元まで到達した俺は、神槍を持った右手にスキルの力を宿らせ、解き放つ。


「──【三連衝】!」


 城のように大きな魔獣の胴に、魔法の炎をまとった神槍による三連撃を叩き込んだ。


 今度は、外しはしなかった。

 怪物の硬い鱗を貫く衝撃音とともに、肉を穿つ感触が手に伝わってくる。


 相手は巨大だが、俺が与えた攻撃の波動のようなものが、怪物の内部へと伝播していく様が感じ取れた。

 俺が持つ力の輝きが、サイズ差に比例しない大打撃を与えているという確信。


「──っ!」


 槍を手元に引き戻したところで、いくつもの竜頭が襲い掛かってきた。


 回避はままならない。

 俺は再び複数の牙に食らいつかれて、その後に地面に転がされた。


 ダメージに構わずに、立ち上がる。

 外野から治癒魔法が飛んできて、傷が癒された。


「うぉおおおおっ! 【三連衝】!」


 再びオロチに向かって突進し、神槍による連撃を放つ。


 地面に投げ出され天地をひっくり返されたせいで、周囲の状況を正確には把握できていない。


 風音やミコトさんもまだ健在で、ヤマタノオロチへの攻撃を続けていることは確認できる。


 一度間合いをとり数秒を状況把握に使えば、より正確に全体状況を知ることもできるが、それは悪手だろう。


 信じるしかない。

 風音を、弓月を、ミコトさんを、回復役を担う幾多の武士モノノフたちを。


 今の俺の役割は、一個のアタッカーとして可能な限りの最大効率でヤマタノオロチにダメージを与え続けることだ。


 相手に高い再生能力がある以上、とにかく立て続けに大火力による攻撃を重ねて、再生を追いつかせないうちに一気に倒さなければならないのだから。


 そんな猪突猛進な俺に向かって、再びいくつものオロチの首が食らいついてくる。

 俺はまたダメージを受け、転がされた。


 牙による攻撃で戦闘不能にするほどのダメージを与えられないなら、拘束したままにするなり丸呑みするなりすればいいものを、律儀なことだと思う。


 これもまた、探索者シーカーやモンスター、ダンジョンといった世界を支配する不思議な制約ルールの一つなのかもしれない。


 それにしても、どれだけ攻撃すれば倒せるんだ──

 俺は再び立ち上がり、自己再生を続ける巨大な怪物に立ち向かいながら、不安を抱く。


【ファイアウェポン】【クイックネス】【プロテクション】といった補助魔法の効果時間は一分間だ。

 ヤマタノオロチと接触する少し前段階で準備を始めているから、交戦開始からの実質はそれよりも少なく、三十秒から五十秒程度だろう。


 補助魔法が切れたら、今よりも不利な戦いを強いられる。

 それまでには決着がつかないと、かなりまずいことになる。


「残りHP、768! ──ぐわぁあああああっ!」


【モンスター鑑定】持ちの武士モノノフが、残りHP報告の直後に悲鳴を上げた。

 悲鳴はそればかりではなく、多数聞こえてくる。


 俺の頭上では、ヤマタノオロチの八つの竜頭が、その口から再び炎を吐き出していた。


 狙われたのは、治癒魔法で俺たちをたびたび回復してくれていた、左翼部隊の武士モノノフたちだ。

 詳しく確認する余裕はないが、全滅した可能性もある。


 だとしたら、もう回復は飛んでこない。

 ヤマタノオロチめ、知能が低そうなわりに、こっちがやられたくない攻撃パターンを選んできやがる。


「いい加減に落ちろよ──【三連衝】!」


 もう一撃。渾身の攻撃を叩き込む。

 確かな大打撃の手ごたえ。


 反撃に備えたが、炎を吐いた直後の八本の竜頭たちは、すぐには攻撃してこなかった。

 俺は次の攻撃のために、スキルの力を再び腕に宿しつつ、わずかばかり周囲へと視線を向ける。


「フェンリルアロー!」

「このっ、まだ終わらないの……!?」

「もう少しで倒せるはずだ、【二段斬り】!」


 弓月、風音、ミコトさんも、次々と攻撃を重ねていた。

 ヤマタノオロチの苦悶の叫びが聞こえてくる。


 一方では、怪物の全身が再三の淡い輝きを見せる。

 これまでに幾度も見た、再生能力の輝き。


「しつこいんだよ──!」


 俺は再びの三連撃を叩き込む。

 手ごたえありだが、まだ消滅しない。


 竜頭が噛みついてくる。

 ダメージを受ける。

 放り出された。体勢を立て直す。


「弓月、残りHP!」


 俺は叫びながら、再び槍を手に巨獣に立ち向かう。

 回復に回るべきか、攻撃に特化するべきか。


「270っす! これが当たれば──フェンリルアロー!」


 光り輝く氷の矢が、オロチの首の一本に直撃する。

 氷柱の華が咲き、砕け散った。


 一瞬、時が止まって、静寂が訪れたような錯覚。


 そして、次の瞬間──

 ヤマタノオロチの巨体は、黒い靄となって霧散し、消滅した。

 あとには宝箱が出現する。


 その場に残った全員が荒く息をつく中、ミコトさんがぽつりとつぶやく。


「や、やったのか……?」


 答える者は、誰もいなかった。

 ただ、俺は──


「──うぉおおおおおおおおおっ!」


 天に向かって、快哉の雄叫びを上げたのだった。

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