第339話 決戦、ヤマタノオロチ(2)

 胴体に続き、俺の上半身と下半身にも、竜頭の牙が食らいついてきた。

 巨大な竜頭に呑み込まれた俺の視界が、真っ暗になる。


 肩に、脚に、鋭い牙が食い込んでくるのが分かる。


 俺は死ぬのか──とは、思わなかった。

 そういうダメージにはならないことが、探索者シーカーである俺の体には分かっていた。


 食らいついたオロチの首たちが、俺の体を放り投げた。

 地面に転がったが、俺はその勢いを利用してすぐさま立ち上がる。

 ぽたぽたと、地面に血が落ちた。


 ヤマタノオロチの巨体は、俺を無視するように進路を直進して、だいぶ先まで進んでいた。

 地面に放り投げられた俺は、置いていかれた形だ。


 俺のことなんて眼中になしかよ、と心の中で毒づく。

 分かっていたことだが、ヤマタノオロチはクシノスケを狙って突進を続けていた。


 体勢を整えた俺は、怪物の巨体を全速で追いかけ始める。


「大地くん、大丈夫!?」


 俺に並走した風音が、声をかけてくる。

 見れば風音の黒装束もところどころが破れ裂け、負傷した肌は赤い血に染まっていた。


「ああ、俺は大したことない。風音こそ大丈夫か」


「平気平気──ってこともないけど、致命傷じゃないよ」


「それならよかった。自分の怪我より人の怪我のほうが心配になるよな。自分のHPの減り具合は体感でなんとなく分かるけどさ」


「それね。分かる」


 竜頭の牙による攻撃、その一つ一つは、見た目ほどの威力ではなかった。


 一瞬で戦闘不能まで持っていかれるようなダメージを受けることは、ないとも言い切れないが、そう滅多になさそうだと思える。


 まあヤマタノオロチの攻撃力が大したことがないというよりも、俺たちの防御力や耐久力が並外れているというほうが妥当なんだろうが。


 見ればミコトさんも、俺たちと同じようにヤマタノオロチを追って駆けていた。

 やはり全身に痛々しい傷を負っているが、俺たち同様、見た目ほどの大事ではなさそうな顔色だ。


 と、そこに──


『【グランドヒール】!』

『【ハイドロヒール】!』


 回復役の武士モノノフたちから、治癒魔法が立て続けに飛んできた。


 複数の治癒の光に包まれ、俺のHPが全快したのが分かる。

 風音やミコトさんも同様に全快したようだった。


 治癒魔法部隊、非常に心強い。

 これならばヤマタノオロチと正面から対峙しても、そう易々とやられることはないだろう。

 何より俺が治癒を担当しなくてもいいのがありがたい。


 と言って、その俺が攻撃を外してしまっていては、面目が立たないのだが。

 確かに動きは速いが、ついていけないほどではないはずだ。

 さっきは思わぬ機敏さに翻弄されたが、そう何度も外すものかと神槍の柄を握りしめる。


 それよりも問題は、クシノスケに向かって突進するヤマタノオロチの速度に、物理的に追いつけないことか。


「先に行くね、大地くん」


「ああ、頼む。分かってると思うが──」


「無理はするな、でしょ。でもここまで来たら──程度だよね!」


 並走していた風音が、ぐんぐんと速度を上げていく。

 俺はあっという間に突き放された。


【クイックネス】によってブーストされた今の風音の速度なら、ヤマタノオロチにも追いつけないことはなさそうだった。


 俺も【クイックネス】の影響下にはあるのだが、その速度は風音には遠く及ばない。

 こういうとき、自分の敏捷力の低さが恨めしくなる。


 それにあまり距離が離れると、より足の遅い治癒魔法部隊が追いつけなくなる。

 ある程度のところで追いつきたいところだ──と、再生能力の輝きを再び発したヤマタノオロチを見ながら思う。


 一方、そのヤマタノオロチが追いかけているクシノスケだが。


 遠くに見える、巫女服姿の姫君を乗せた俺の従魔グリフォンは、今は急角度で上昇軌道をとっているところだった。


 グリフの首に抱き着くように捕まっているクシノスケの姿を見ると、振り落とされないかと心配になる。

 だが彼女も覚醒者の端くれだ、そう易々と落ちることはあるまい。


 グリフの飛行移動速度は、ヤマタノオロチの走行移動速度よりも遅い。

 普通の馬と同じような運用で、地面スレスレを飛んでいたのでは、いずれ追いつかれてしまう。


 だから──俺が考えた作戦は、実にシンプルだ。

 水平方向がダメなら、垂直方向に。

 上空に向かって飛べば、ヤマタノオロチの攻撃範囲から逃れられるのではないかというものだった。


 見たところ、水平方向では今にも追いつかれそうだが、垂直方向ではすでにオロチの首が届かないであろう高さまで浮上に成功している。


 これでヤマタノオロチがどういう反応を見せるかだ。


 いずれにせよ、距離は詰めておく必要がある。

 俺は、速度差で先行するミコトさんや風音の背中を追いつつ、全速力で駆け続けた。


 やがてヤマタノオロチが、クシノスケを乗せたグリフの直下まで到達する。


 その頃にはグリフはかなりの上空まで退避していて、ヤマタノオロチの攻撃は届きそうになかった。


 ヤマタノオロチは足を止め、その竜頭たちがもどかしそうに上空を見上げる。

 まるで天井から吊るされたバナナを取れずに地団駄を踏むチンパンジーのようだった。


「足が止まったっすよ! 今がチャンスっす──フェンリルアロー!」


 弓月の声がして、斜め後方から氷の矢が高速で飛来、ヤマタノオロチの首の一つに直撃した。

 氷柱の華が咲いて砕け散り、オロチに小さくない傷を与える。


「オロチの残りHP、1811!」


【モンスター鑑定】持ちの武士モノノフから、現在HPの報告が飛んでくる。


 そのHPの減り具合から、おそらくは風音やミコトさんも攻撃をヒットさせ、HPをいくらか削っていたのだと推測できる。


 最大値の2200からじりじりと削れてはいるが、たびたび再生能力が発動しているせいでなかなか致命打にならない。


 せめて俺が初手の【三連衝】を外していなければと思うが、過ぎたことを悔いても仕方がない。

 この先だ。現在と未来を見据えろ。


 俺ももう少しで、バナナチンパンジー状態で足を止めたヤマタノオロチのもとにたどり着く。

 そこで再び【三連衝】を叩き込んで、打撃を与えていけばいい。


 だがそのとき、ヤマタノオロチの八本の首が、鬱陶しい羽虫でも見るかのように弓月のほうへと向いた。

 弓月の周囲には、右翼の治癒魔法使いたちも集まっている。


 八つの竜頭が、弓月たちのほうへと向かってその口を開く。

 それぞれの竜頭の口の中には、煌々とした灼熱色のエネルギーが収束していく。


 まずい──と思ったときには、八つの竜頭すべてから、炎が吐き出されていた。

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