第338話 決戦、ヤマタノオロチ(1)
「さあ来い、ヤマタノオロチ。お前の大好物は、ここにいるぞ!」
山を下ってくる怪物に向かって、クシノスケが叫ぶ。
俺たちはタイミングを見計らって補助魔法をばら撒きつつ、巨大な魔物の到来を待ち構えた。
山を下り切ったヤマタノオロチは、地鳴りをあげて突進してくる
城ほどの大きさを持つ怪物が、砂煙をあげて向かってくるのだ。
だがいかに巨大な相手であれ、ステータスを持ったモンスターであるなら、やれるはずだ。
怪物がいよいよ、目と鼻の先までやってきた。
といっても、まだ彼我の距離は百メートル以上もあるが、それでも間もなく激突する間合いだと感じる。
俺たちの第一課題は、クシノスケがヤマタノオロチに食われないように保護あるいは退避させることだが──
「グリフ、頼んだぞ!」
「クアーッ!」
俺は従魔に指示を出す。
グリフはあらかじめ本来の大きさに戻してある。
「お酒臭くてすまないけど、頼んだよ」
グリフにそう声をかけるのは、巫女服姿のクシノスケだ。
将軍家の姫君は、お酒でずぶ濡れになったままの姿で、俺の従魔にまたがっていた。
「クアッ、クアーッ!」
指示を受けたグリフは、翼を羽ばたかせ、後方に向かって飛んでいく。
最初は地表近くを滑るように、低空飛行だ。
──シギャアアアアアアッ!
自らに捧げられたはずの生贄が逃げ出すさまを見てか、怪物ヤマタノオロチが叫びをあげる。
だがその行動は変わらない。
俺たちのほうへと向かって──厳密にはクシノスケに向かってだろうが──突進してくるばかりだ。
「そうだ、そのまま真っ直ぐに来い!」
炎をまとう名刀・菊一文字を構えたミコトさんが、怪物を見据えて言う。
俺もまた、燃え盛る神槍を握りしめ、あともう少しだと思っていた。
俺たちが待ち受ける場所の前方には、直径十メートルにも及ぶ巨大な落とし穴が用意してある。
クシノスケを「巫女」として準備する前段階で、俺たちと
ヤマタノオロチが、コシ山からクシノスケを結ぶ直線コースを通ってくるのであれば、その間に落とし穴を用意しておけば事を有利に進められるはず。
そう考えたのだが──
「あーっ、なんで迂回するっすか!」
「うそっ、落とし穴が視えているの!?」
弓月と風音の声。
ヤマタノオロチがどういうわけか、落とし穴の直前で、それを回避するように大きく横手に迂回する動きを見せたのだ。
俺たちから見て、右手側へだ。
「くっ……右翼部隊は一旦退避! 左翼は治癒魔法射程を維持しろ!」
ミコトさんが叫びつつ、右翼方面へと駆ける。
俺たちもまた、それに倣った。
なおミコトさんが声をかけた相手は、回復役として配置された水属性・土属性魔法を得意とする
俺、風音、ミコトさんが配置された中央部から、左右に一定距離だけ離れた位置に、右翼・左翼それぞれ半数ずつが配置されていた。
主力部隊である俺たちを、少し離れた場所から援護する役割を担うのが彼らだ。
だがそのうちの右翼部隊の布陣が、ヤマタノオロチの落とし穴迂回によって、一時退避を余儀なくされてしまった。
ちなみに遠距離砲台である弓月も、右翼部隊に混ざっている。
「あー、もう! こんなことなら落とし穴用意しなければよかったっすよ! でも──逃げる前に一発くれてやるっす、フェンリルアロー!」
退避していく右翼部隊の
光り輝く氷の矢が放たれ、ヤマタノオロチの胴体部に直撃する。
爬虫類を思わせる巨体に命中した矢は、そこから氷柱の華を咲かせて砕け散った。
幾本もの大蛇の口から、怪獣のような叫び声が上がる。
弓月はその結果を見ることなく、射撃直後にその場から退避。
ほかの右翼の
「の、残りHP、1923……! ダメージ277!」
左翼に配置されていた【モンスター鑑定】持ちの
両翼の
「に、277だと……!? あの娘の魔法の弓、だだの一撃でか!?」
「ミコト様の【二段斬り】でも100点ほどだったというのに」
「これなら本当に、あのヤマタノオロチを倒せるやもしれんぞ!」
全軍の士気が高まるのを感じる。
俺もまた、やれるぞという気力が満ちてくるのを感じていた。
それにしても、おそらく「対魔結界Ⅱ」とかいう特殊能力によってフェンリルボウの威力も減殺されているであろうに、この威力だ。
普段は300点を軽くオーバーするダメージを叩き出す弓月のフェンリルボウだ。
ヤマタノオロチの高い魔法防御力も何のそのという具合で、純然たるパワーでゴリ押ししたんだろう。
うちの大砲は相変わらず、頼もしい限りだ。
わずかの後、俺と風音、ミコトさんの三人が、変更されたヤマタノオロチの進路に到達した。
俺たちの役割は、クシノスケを狙う怪物の進路に立って、接触時に可能な限りの打撃を与えることだ。
オロチはもうすぐ目の前。
間もなく俺たちとぶつかる──そう思ったタイミングで、怪物の全身が淡く輝いた。
弓月がフェンリルボウによって与えた傷口の、大部分が塞がっていく。
「HPが回復──残り2123! おのれ、せっかくの大打撃が……!」
【モンスター鑑定】持ちの声が聞こえてくる。
だがそれに落胆するだけの暇は、俺たちには与えられなかった。
ヤマタノオロチの八本の首が、俺たち三人めがけて、別個の生き物のように次々と襲い掛かってきたのだ。
首の一本が、俺に食らいつこうと目前まで迫る。
竜に似たその頭部は、俺の全身が丸呑みされてもおかしくないほどの大きさ。
このままではあれに噛みつかれる──が、逃げるつもりはなかった。
俺は右手にスキルの力を宿し、解き放つ。
「──【三連衝】!」
炎をまとった神槍による三連撃を、竜頭めがけて放った。
神槍がまとう炎はもちろん、弓月の【ファイアウェポン】によるものだ。
ヤマタノオロチは火属性耐性を持っているが、それでも通常の半分のダメージ増加効果は期待できる。
肉を切らせて骨を断つ。
多少のダメージなど食らってやる前提で、こちらの攻撃も叩き込む。
そういう腹積もりだった。
だが──
「がっ……!」
一瞬の後、俺の胴に横合いから、竜頭の牙が食らいついていた。
その竜頭は、無傷。
直前で首が、想像を超える速度で軌道を変え、俺の【三連衝】を回避しつつ噛みついてきたのだ。
ガイアアーマーと【プロテクション】による防御の上から、肉体にまで牙が食い込む。
一撃で重傷を負うようなダメージではないが──
さらに俺の上半身、下半身へと、それぞれ別の首が食いついてきた。
「大地くん! ──くぅっ!」
風音の声が聞こえてきたが、それに構う間もなく、すぐに俺の視界はブラックアウトした。
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