第337話 軍議(2)

「我らからも一つ意見がある。よろしいか」


 そう発言したのは、重鎮と思しき武士モノノフの一人だった。

 ミコトさんが発言を促すと、壮年の男はこう続ける。


「国の防衛に関する一大事じゃ。姫様とミコト様、異国の冒険者たちのみに命をさせ、民を守るべき我ら武士モノノフがそれに追随せぬは武人の恥。是非とも我らもヤマタノオロチ討伐に参じさせていただきたく存じまする」


 自分たちも戦場いくさばに連れていけ──と、そんな内容だった。

 それを聞いた俺は、半ば反射的に難色を示していた。


「そうは言いますけど、それは本当に──失礼ですけど、無駄死をしに行くだけになるんじゃないですか? ミコトさんの話では、生半可な攻撃では傷一つ付けられないとのこと。言い方はキツいですが、それでは足手まといにしか……いや、待てよ」


 そこまで言ったところで、俺はある戦術の可能性に気付く。

 いや、しかしそれは、犠牲者を増やす結果になる可能性も──


 一方で、重鎮と思しき武士モノノフは俺の反応を見てニヤリと笑う。


「お気付きになられたか、異国の冒険者殿。我らの中には、土属性や水属性の魔法を使える者も数多くござる。攻撃の足しにはならずとも、回復役を担うことはできましょうぞ」


 その発言に、軍議の場には「おおーっ」という感嘆の声が漏れる。

 最初気付かなかった俺が言うのも何だが、どうにも素朴な軍議だよな。


 さておき、それはかなり魅力的な提案だと思った。


 俺が回復を気にせず攻撃役アタッカーに専念できれば、神槍や【三連衝】の威力を遺憾なく発揮することができる。


 正直に言って、頼みたいのは山々だ。

 戦力に大きなプラスとなる要素は、是非とも積み重ねておきたい。

 その分だけ、俺たちが負うリスクは大きく下がるのだから。


 だがそれでも、これは言っておかなければいけないと思った。

 俺は発言をした重鎮らしき武士モノノフに、こう返した。


「これも失礼ですが、武人として命を賭ける働きをしたいというのは、あなたの意見ですよね。その治癒魔法を使える人たちは、自ら戦場に向かうことを望んでいるんですか? 回復役であっても、強敵相手の戦場に出る以上、命に危険が及ぶ可能性は少なくない。俺は当人の意志を尊重するべきだと考えます」


 このとき俺の脳裏に浮かんでいたのは「上官に死んで来いと言われ、不本意に死地に向かわされる部下」という構図だった。

 ブラック企業経験者の端くれとして、そういった理不尽の片棒は担ぎたくない。


 だがそれは俺の杞憂だったようだ。


 発言をした重鎮らしき武士モノノフが、一度唖然とし、次に激昂した様子で立ち上がろうとしたとき、軍議が行われていた広間のふすまがぴしゃりと開かれた。


「話は聞かせてもらいましたぞ、異国の冒険者殿! それがしは水属性魔法の使い手、トウベエと申す者! 某にも参戦の御許可をいただきたく存じます!」


「拙者の名はヤシチ、土属性魔法を得意とする者にござる! あの憎きヤマタノオロチ討伐の力になれるのであれば、是非とも拙者もお連れいただきたい!」


 そのような言葉を口にしながら、大勢の武士モノノフたちが次々と軍議の間に転がり込んできて、おしくら饅頭のように倒れて潰れた。


 そうした様子を見て、重鎮らしき武士モノノフが呆れた様子で、頭が痛いという仕草を見せた。


「……お前たち、部屋の外でならば話を聞いていてもよいとは言ったが、中に入ってきてよいとは言っておらぬぞ。分かっておるのか、懲罰ものだぞ」


「承知の上にござる! ヤマタノオロチめの討伐とあらば、是非とも我らにも、戦場に出向けと命じてくだされ!」


「分かった分かった。だからわしは冒険者殿にそう申しておる」


 ……うん、雰囲気はだいたい分かった。

 どうやら俺が無粋だったみたいだな。


 いろいろアットホームすぎて大丈夫かこの国と思うところはあるが、まあそのあたりは気にするまい。


「ということで、よろしいかな冒険者殿」


「分かりました。ご本人たちが望んでいるのであれば、是非ともお願いしたく思います」


「そもそも当人の意志がどうこうで戦場に向かわぬとあらば、軍として成り立たぬのだがな。冒険者殿の考えは、我らとは違うものであるようだ」


「……なるほど。それはそうかもしれません。失礼しました」


 そういう考え方もあるのか、と俺は少し反省した。


 その後もいくつかの議題が論議され、やがてヤマタノオロチ討伐に関する方針がまとまった。


 うまくいくかどうかは、やってみなければ分からない。

 考えられるだけのことは考え、翌日の本番に挑むのだった。


 そして当日、当の時に至る──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る