第336話 軍議(1)

 軍議が行われることになったのは、クシノスケとの話がついた少し後のことだった。


 畳敷きの広間で、俺たちを含めた十数人が車座になっている。

 その中にはミコトさんやクシノスケのほか、この国の最高権力者である将軍や、軍の重鎮と思しき武士モノノフたちが含まれていた。


 広間の奥の壁には、小学校の発表で使った模造紙のような、大判の紙が貼られている。

 その大判紙には、想定される戦場の地形や、ヤマタノオロチの特殊能力やステータスなどが記されていた。


 大判紙に記されたステータスを見て、腕を組んだ弓月が、唸るような声をあげる。


「う~ん……HP2200、攻撃力110、防御力240、敏捷力65、魔力80っすか。不完全体のクラーケンと比べると、防御力が段違いに高いんすよね」


 確かに弓月の言うとおり、ヤマタノオロチの防御力はこれまでお目にかかったことがないほどの高数値だった。


 ちなみにクラーケン(不完全体)のステータスは、HP1800、攻撃力110、防御力135、敏捷力55、魔力65である。


「それに特殊能力も相当に難儀だな。『八回攻撃』は無茶苦茶だろ。ヒュドラみたいに攻撃力が低いわけでもないし」


 俺はそう付け加える。


「八回攻撃」を持っているということは、八本の首がそれぞれ、別個のモンスターのように攻撃してくるということだろう。


 同じ高手数攻撃でも、クラーケンの「触手乱舞」は一度放つとクールタイムが必要な特殊能力だったようだが、こちらはそういう種類のものではないはずだ。


「それに加えて『ファイアブレス』『再生能力(200)』『対魔結界Ⅱ』っすか。Ⅱ以前に『対魔結界』とかいう特殊能力は初めて見たっす。でもって火属性に耐性あり。うちは相性が悪い相手かもしれないっす」


「ねぇ大地くん。まさかと思うけど、ドラゴンみたいな『ファイアブレス』を八本の首が別々に撃ってくるわけじゃないよね?」


「それは多分ないと思う。『五回攻撃』持ちのヒュドラが『ポイズンブレス』を撃ってきたときは、全部の頭が一斉に毒液を吐いてきて一つの特殊能力って感じだったし」


「あー、そういえばそっか」


 俺、弓月、風音は、大判紙に記されたヤマタノオロチの能力を見て、思い思いの意見を交わす。

 そこにミコトさんが口を挟んできた。


「攻撃力も恐るべきものだが、ヤマタノオロチの強さとして何より特筆すべきは、その防御力と再生能力の高さだ。物理、魔法とも生半可な攻撃では傷一つ付けられない上に、少々のダメージではすぐに回復してしまう」


「いろいろヒュドラに似てるなぁ。ヒュドラの上位版みたいなものと考えると、その防御力と再生能力を上回れるだけの攻撃力を、こっちが叩き出せるかどうかだよね」


「生半可な攻撃が通らないっていっても、ミコトっちの攻撃は通ったんすよね?」


「ああ。この将軍様より賜った名刀・菊一文字を用いた私の【二段斬り】ならば、ヤマタノオロチの堅固な鱗を断ち切り、HPを100ほど減らせる程度の打撃を与えることができた。もっともそれも、すぐに回復されてしまったのだが」


 ミコトさんは俺たち三人のことを、じっと見つめてくる。

 期待しているぞという眼差しだ。


 ミコトさん一人の火力ではヤマタノオロチの再生能力を上回れずとも、彼女と同格の実力を持った覚醒者があと三人いれば、話はまるで違ってくる。


 四人がかりでヤマタノオロチの再生能力が追い付かない速度でダメージを与え続けることができれば、勝機は見いだせるはずだ。

 もっともそれも、その間にこちらがやられなければの話だが。


 と、そこでそれまでずっと黙して議論を聞いていた将軍が、おもむろに口を開いた。


「だがミコト、問題はそれだけではなかろう。クシナを『巫女』としてあの怪物をおびき寄せぬことには、我らは後手に回り、民に甚大な損害が出る。おびき出さぬ手はないとして、いかにしてクシナを守るのか」


「それは……」


 ミコトさんは言葉を詰まらせた。


 ちょっと話の筋が分からなかったので、俺は質問をして詳しい話を聞いてみた。

 するとそれは、こんな内容だった。


 特に何も手を打たなかった場合、ヤマタノオロチは当日の夕刻過ぎ、コシ山と呼ばれる山中のいずれかの場所に神出鬼没で現れる。

 それまでは、実体としてのヤマタノオロチは確認できない。


 山中のどこかに現れたヤマタノオロチはその後、山を下り、人里を襲い始める。

 だが山のどちら側に向かい、どこの村や町が襲われるかは事前に予測できない。


 そこから導き出される可能性すべてに対応する布陣は不可能。

 自然出現を想定して討伐を目論んだのでは、討伐隊がヤマタノオロチに追いついたときには、村や町の一つや二つは壊滅している可能性が高い。

 そのやり方では国の民を守ることができない。


 だがヤマタノオロチの進行方向を制御する唯一の方法がある。

 それが「巫女」を使った誘導だ。


 当日に条件を満たした「巫女」の準備が整うと、ヤマタノオロチはそのタイミングで出現し、巫女を食らうために一目散に向かってくるのだという。


 その誘導性を利用した様々な戦術も考えられたようだが、これまではいずれも失敗に終わっている。

 だが今回、それを利用しない手はないというのだ。


 なのだが、それにも一つ問題がある。

「巫女」となって狙われるクシノスケを、どう守るかだ。


 ヤマタノオロチの巨体による突進は、まず誰にも止められないだろう。

 最大戦力である俺たちとミコトさんが協力して止めようとしても、暴走するダンプカーに立ち向かう生身の人間のように、弾き飛ばされるか踏みつぶされるかするのがオチだ。


 俺たちが最初の接触時に最大火力を叩き込んで瞬殺できればいいが、そんな簡単な相手であれば苦労はしない。


 そう考えると、「巫女」の条件を満たしたクシノスケを何らかの手段で保護あるいは退避させ、ヤマタノオロチの注意を俺たちに引き付ける必要があるという話になる。


「クシノスケちゃん──クシナ姫が馬とかに乗って逃げるんじゃ、ダメなんですか?」


 風音がそう聞くと、ミコトさんは難しい顔をする。


「その場合、馬に乗って逃げる姫様を追うヤマタノオロチを、私たちがどうやって追いかけ攻撃するかの問題がある。それにオロチはああ見えて、恐ろしく速い。国一番の駿馬しゅんめでも、逃げ切れるかどうか」


「ということは、グリフでも難しいか。……いや、待てよ」


 俺は一つの案を思いついたので、その場で発表してみた。

 軍議の場で素人考えの作戦を提案して、笑われないかどうかが心配だったが──


 俺が作戦をひと通り説明し終えると、ミコトさんがこう応えた。


「その手ならばひょっとすると、うまくいくかも知れない。別案を考えつつ、第一案はそれでよいのではないか。うまくいけば儲けものだ」


 その意見に、その場にいた者たちがうなずく。

 どうやら素人考えの作戦は、第一案として採用されたようだった。


「我らからも一つ意見がある。よろしいか」


 続いてそう発言したのは、重鎮と思しき武士モノノフの一人だった。

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