第332話 城へ

 往来でいきなり土下座をされてはかなわない。

 夜に差し掛かった時刻ながら、まだ人通りもそれなりにあり、衆目に晒されてしまう。


 話を聞くので頭を上げてほしいと伝えると、その女性からはひどく感謝された後、よければ城までついて来てもらえないかと言われた。


 どうやら彼女は、将軍家に仕える城勤めの覚醒者(この国では武士モノノフと呼ばれているようだが)のようだ。


 特に断る理由もなかったので、俺たちは城まで一緒に歩きながら、その女性の話を聞くことにした。


 女性はミコトと名乗った。

 控えめにだが、「剣聖」の二つ名で呼ばれていることも彼女は付け加えた。


 ミコトさんは訳あって、俺たちのことを探していたそうだ。


 城の人手を動員して、俺たちのような特徴を持った人物の情報を集めた結果、それらしき人物たちを街で見掛けたという情報を得て、一目散に走ってきたとのことだった。


 ミコトさんが、どうして俺たちを探していたのかというと──


「クシノスケ……クシナ姫が、俺たちのことを?」


「ああ。姫様が、信じられないほど強い冒険者たちと出会ったのだと言っていた。だから希望はある、そう思ったのだ」


「希望、ですか?」


 俺がそう問い返すと、ミコトさんは力強くうなずいた。


「実際に会ってみて、確信に変わった」


 そう言って、先導していたミコトさんは立ち止まる。

 俺たちは城の門前まで来ていた。


 見上げる先にあるのは、堀と城壁に囲まれた、日本建築様式に見える立派な城塞だ。

 月明かりに照らされたその姿は、どこか幻想的ですらある。


 入り口の門扉は閉じられている。

 その傍らには薙刀を手にした男の覚醒者が一人、門番として立っていた。


 ミコトさんが声をかけると、門番は鍵を使って通用口を開き、俺たちを城の中へと案内してくれた。


 その際に門番は、俺たちに向かって深く頭を下げてきた。


「異国の冒険者たちよ、どうか頼む! あの怪物ヤマタノオロチを討伐できるのならば、是非に、是非に。そして姫様を、どうかお救いくだされ」


 それを受けて、ミコトさんが少し苦い顔をした。

 彼女は門番に「まだ詳しく話していないのだ」と伝える。

 門番はしまったという顔になって、手で口を押さえた。


 俺たちはミコトさんのあとについて、通用門をくぐり、城壁の内側へと足を踏み入れていく。


 城壁内の庭園には庭石が敷き詰められており、池泉ちせんや松の木などもあって、いかにもな夜の風情を感じさせた。


「うちらに頼みたいことって、ヤマタノオロチを退治してほしいって話っすか?」


 少し歩いたところで、弓月がミコトさんにそう問いかけた。

 先導していたミコトさんは、ぴくりと反応しつつも、そのまま足を止めずに進んでいく。


「そうだ。事情を知っているならば話は早いが、どこまで知っておられるのか」


「町の人たちから聞いた話ですけど──」


 俺が話を引き継いで、知っていることを洗いざらい話した。

 途中、二つ目の城門をくぐり、やがて城中へと入っていく。


「どうやらすべてを知っているようだな。城下にもそこまで広まっていたか」


 俺がひと通り話し終えると、ミコトさんはそう応じて、それからしばらく口をつぐんだ。

 城中の廊下を、無言で先導して進んでいく。


 無言のままについてこいという態度は、横柄なようにも見える──かというと、俺の印象はそうでもなかった。


 何をどう話せばいいのか、言葉を選びあぐねているようにも見えたのだ。

 コミュニケーションが不器用な人なのかもしれない。

 そんなミコトさんの姿に、俺は少しだけ親近感を覚えた。


 それを見かねてか、風音が助け舟を出すかのように声をかける。


「ヤマタノオロチにはこの国の総力で挑んでも、まるで敵わなかったと聞きました。私たちが協力すれば、勝てると思いますか?」


 それにはミコトさん、わずかの沈黙の後、こう答える。


「分からない──というのが、正直なところだ」


「楽勝だ」などと適当なことを言って乗せようとしないあたりに、俺はミコトさんの誠実な人柄を感じた。

 いきなり土下座をしたあたりを見るに、俺たちの協力は喉から手が出るほど欲しいのであろうに。


 俺たち自身の身にも危険が及ぶ可能性を、ミコトさんは重々承知しているのだ。

 それも踏まえて、俺たちがどうするかは、俺たちが決めることだと分かっている。


 代わりにミコトさんは、こう質問してきた。


「失礼だが、三人のレベルを聞いても?」


「私が51レベル、大地くんと火垂ちゃんが52レベルです」


 風音が答えると、ミコトさんは感嘆のため息を漏らす。


「……すごいな。私も51レベルだ。初めて会ったときの印象で、同格ぐらいであろうとは感じたが、やはりか。これでも私は、このヤマタイの国随一の力を持った武士モノノフであろうと自負しているのだがな」


「じゃあ今うちら、この国にいるトップフォーってことっすね。うちらがその気になったら、三人でこの城を攻め落とせるかもしんないっすね──って、冗談っす冗談! そんなことやんねぇっすよ! ね、先輩?」


「お、おう」


 弓月の軽口を聞いて、ミコトさんが愕然とした表情を見せて振り返ったので、わが後輩は慌てて取り繕った。


 ミコトさん、そんなことは微塵も考えてなかったという様子だ。

 よほど余裕がないらしい。


 いやまあ、俺自身も微塵も考えてなかったけどな。

 そんなことをしても何もいいことないし。


 ミコトさんはホッと息をつき、気を取り直して、こう付け加えた。


「だが、それほどの強者つわものならば心強い。あの怪物ヤマタノオロチとて、敵わぬ相手ではないだろう。これは本心から言えることだ」


 さらにいくぶんか廊下を進んだところで、ミコトさんは足を止めた。

 ふすまで遮られた、一つの部屋の前。


 ミコトさんはふすまの向こうに声をかける。


「姫様。おられますか」


「……ミ、ミコト?」


 聞き覚えのある声が返ってきた。

 こちらに向かってくる足音がして、ふすまがそーっと開かれる。


「あ……」


 わずかに開かれたふすまの隙間から、顔を見せた少女。


 その人物──クシノスケことクシナ姫は、俺たちの姿を見て絶句したのだった。



 ***



(作者より)

 いよいよ本作『朝起きたら探索者になっていたのでダンジョンに潜ってみた』のコミカライズがスタートします!

 6月24日(月)より、カドコミ(旧コミックウォーカー)にて連載開始です!


 皆様、是非ともご覧になってくださいませ!

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