第329話 剣聖と姫
(作者より)
本作『朝起きたら探索者になっていたのでダンジョンに潜ってみる』書籍版第4巻(7月30日発売)の予約が各販売プラットフォーム等で開始されたようです。
▼KADOKAWAの作品ページ
https://www.kadokawa.co.jp/product/322404000595/
4巻はweb版からかなり大きく改稿しているエピソードがあります。
毎回、書籍化に際してある程度の改稿や加筆修正はしているのですが、今回は特に大きく修正を加えたものと認識しています。
大幅改稿したのは、聖騎士ミャルラと聖騎士ジェラルドのエピソードです。
Webでの感想を見て、いろいろ考え、作者なりの結論を出して改稿しました。
大筋は変わっていませんが、台詞や地の文にかなりの加筆修正が入り、さらにシーンも一つ追加されています。
どうぞよろしくお願いします。
***
風呂場を出たミコトは、湯浴みで火照った体に急いで装束を身につけ、浴場をあとにする。
そして大股の急ぎ足で、廊下を進んでいく。
目指すのは将軍のいる本丸御殿だ。
途中、城勤めの女中の一人と廊下の角でぶつかりそうになり、女中が悲鳴をあげて尻餅をついた。
普段のミコトであれば謝って手を差し出すところであるが、鬼気迫る表情を見せる今の彼女に、それだけの余裕はない。
怯える女中など眼中にないといった様子で、なおも廊下を歩んでいく。
(私はどうして、姫様にあのようなことを。真にお辛いのは姫様ご自身だと分かっているだろうに、莫迦め!)
ミコトは心の内で、自らを罵る言葉を放つ。
だがそれでも、彼女の苛立ちが治まることはない。
ミコトには、希望があるのにそれを掴もうとしないクシナが許せなかったのだ。
クシナを守りたいのに、その当人を許せないという矛盾した感情に挟まれ、今のミコトは言いようのない苛立ちを覚えていた。
ミコトがクシナ姫に出会ったのは、ミコトがまだ齢十七の年若い少女剣士であった頃──つまりミコト自身が、今のクシナと同じぐらいの年頃だったときのことだ。
その当時、クシナはまだ六つの歳の幼い子供だった。
将軍の命で、クシナの護衛と子守りと教育係を兼任することになったミコトは、慣れない任務に悪戦苦闘する日々を送った。
だがそんなミコトの必死の頑張りが通じたのかもしれない。
まだ幼いクシナ姫は、ミコトにすっかりと懐いた。
一方でミコトは、クシナのことを年の離れた妹か弟のようにかわいがるようになった。
なお姫とは言うが、クシナは将軍家唯一の跡取りとして、男子のように育てられた経歴がある。
これは将軍が当初、第一子であるクシナを産んで命を落とした
そんなミコトとクシナの縁だが、ある時を境に、それまでほどの結びつきを持たなくなる。
それはミコトが、城仕えの
ミコトはひょんなことから、ただ一人で未踏破のダンジョンへと足を踏み入れ、消息を絶つこととなったのだ。
それからひと月以上の時が経ち、かの女
彼女はそれまで、帰る道もないダンジョンでただ一人、来る日も来る日も魔物と戦っていた。
命を落としそうになったことも、一度や二度ではなかった。
それでもミコトは、件のダンジョンを踏破し、生還した。
食料や水はどうしたのかと聞かれると、ダンジョンにあった不思議な果実や泉の水によって凌いだと彼女は答えた。
ダンジョンから生還したミコトは、他の
見知らぬダンジョンで魔物を倒し続けた彼女は、大幅な「限界突破」を遂げていたのだ。
やがてミコトは「剣聖」の二つ名で呼ばれるようになり、ヤマタイの国の防衛の要となった。
ミコトはあらゆる場面で戦力として重用され、クシナ姫の身辺警護などの些末な任務は、別の
そんな経緯があり、ミコトがクシナ姫と初めて出会ってから、およそ十年。
今やクシナ自身も
ここ数年では、ミコトとクシナが同じ魔物討伐の任務に就くことも多くなった。
そんなある日のこと──怪物、ヤマタノオロチが復活した。
およそ百年の時を経て復活すると書物には記されており、世代をまたぐ口伝もあったが、それでも今の人々にとっては寝耳に水の出来事であった。
書物や口伝によれば、七つの日ごとに一人、全部で八人の「巫女」を生贄として捧げることによって、ヤマタノオロチは再び百年の眠りにつくという。
ヤマタノオロチを鎮める「巫女」となれる者には、いくつかの条件がある。
年若き生娘であることや、該当する日が誕生日であることなどが、その条件として伝えられていた。
先の七人の「巫女」は、国じゅうの娘の中から条件に合うものを探し、候補者の中から一人が選ばれた。
それら一人ひとりにも紆余曲折の出来事があったが、いずれもすべて過去のこと。
今となっては取り返しがつかない。
そして八人目の巫女は、条件に合う候補者が一人しかいなかった。
それが何の因果であるのか、クシナ姫──将軍の一人娘であったのだ。
将軍がヤマタノオロチを討伐せんと足掻いたのは、そのせいもあったのかもしれない。
現将軍は公私混同をまったくせずにいられるほどの名君ではなかったし、そのことは唯一の八人目の「巫女」であるクシナの希望を汲んで、最後の旅を許したことからも伺える。
だがいずれにせよ、そうした怪物退治の試みは、無為の被害を出すばかりの惨敗という結果に終わった。
あの怪物は到底倒せないという無力感も、彼らは同時に味わわされた。
二度目以後にも、ヤマタノオロチ討伐のための様々な試みが行われたが、いずれも成果には至らず。
用意した「巫女」を贄として捧げるよりほかに、国の民たちを守る手段はなかった。
そして明日が、ヤマタノオロチが目を覚ます八度目の日だ。
クシナが「巫女」として捧げられる、運命の日。
「──させるものか。その冒険者たちを、なんとしてでも見つけ出してやる」
ミコトは据わった目で、行く先を睨みつける。
それは運命を打ち壊そうとする、意志の眼差しであった。
件の冒険者たちが見つかったとして、その実力が期待するほどでなければ、ヤマタノオロチを討伐しうるには足りないかもしれない。
あるいは、そもそも協力などしてもらえないかもしれない。
命懸けの戦いになるであろうことは、ほぼ間違いのないことなのだ。
自らの命は、誰しも惜しい。
国の民を守る使命と矜持を持った
だがそれでも、欠片でも希望があるのなら──
剣聖ミコトは、都の兵力を総動員して件の冒険者たちを探させるべく、将軍の元へと急ぐのだった。
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