第326話 一件落着
エチゴヤと代官、およびその用心棒たちを討ち倒した俺たちは、エチゴヤの懐から鍵を拝借して「主人の許しなく立ち入ることを禁ずる」の扉の先へと向かった。
地下へと続く階段を下りていくと、そこには案の定、地下牢があった。
町娘と見える数人の女性が囚われていたため、彼女らを救出して地下牢を出た。
なお用心棒たちと大立ち回りを演じた結果、騒ぎはかなり大きくなった。
誰かが通報したのか、しばらくすると町方同心たちがやってきた。
その頃には、弓月とグリフは裏口から出て身を隠し、俺と風音は【隠密】スキルの効果を発動してエチゴヤの家人の中にモブとして混ざっていた。
これは俺たちのせいで雇い人であるヴォルフさんに迷惑が掛かってしまう可能性を極力減らすためだ。
話の流れ次第では、俺たちのほうが悪人扱いされるなどの可能性がゼロではないからな。
結果として町方同心たちと直接対峙したのは、囚われていた町娘たちを除けば、クシノスケ一人となった。
やってきた町方同心は、先の詰所で遭遇した二人だ。
彼らはひと通り事情を聴取した後、困惑した様子を見せた。
髪を下ろした侍姿の女性がクシノスケであることに気付くと、一度は彼女を捕縛しようとした。
だがクシノスケが身分を明かして家紋が入った刀身を見せると、二人は顔を見合わせた後に恐縮してかしこまり、声を裏返らせて非礼を詫びた。
どうも偽造などはきわめて困難な代物らしい。
二人の町方同心は自分たちでは判断できないと言い、だいぶ上の上司である
この人がそれなりの人物だった。
彼は代官に対して疑いを持っており、その身辺をひそかに調べていたというのだ。
これまで決定的な証拠を掴めていなかったこともあり、どうすることもできずにいたが、これで思い切って動くことができる──筆頭与力の男はそう言って、クシノスケに感謝の意を示すとともに深く頭を下げた。
なお彼は、協力者にも礼を言いたいと口にした。
状況的に出て行っても大丈夫かなとも思ったが、別に誰かにお礼を言われたくてやったことでもないし、念のためやめておいた。
その筆頭与力の男の責任で、エチゴヤと代官、それに用心棒たちは全員逮捕となった。
クシノスケは彼に、この状況は必ず将軍に伝えると約束した。
この代官の行為──将軍より統治を任された地で、私利私欲のために悪行を働いたことは、決して許されるものではないという。
地下牢に囚われていた町娘のうち一人は、エチゴヤの前まで野次馬に来ていた町人のうちの一人に涙ながらに抱きしめられて、わんわんと泣いていた。
抱きしめていた方は年配の女性で、どうやらその娘の母親のようだった。
「神隠し」に遭った娘が、生きて帰ってきたというわけだ。
囚われていたほかの町娘たちにも、家族や愛する人がいるのだろう。
彼女たちに関してもこの後、俺たちが見ていないところで、似たような光景が繰り広げられるに違いない。
隣にいる風音が「よかったね、大地くん」と言ってきたので、俺は「ああ、本当によかった」と返した。
風音がそっと寄り添ってきて、俺はその身をやんわりと抱き寄せた。
また少し前の段階で、特別ミッション達成の通知も出ていた。
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特別ミッション『エチゴヤと代官を打倒し、さらわれた娘たちを救出する』を達成した!
パーティ全員が50000ポイントの経験値を獲得!
小太刀風音が51レベルにレベルアップ!
現在の経験値
六槍大地……1915904/1927788(次のレベルまで:11884)
小太刀風音……1791536/1927788(次のレベルまで:136252)
弓月火垂……1894651/1927788(次のレベルまで:33137)
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やがてお縄についた悪党たちが連行されていく。
野次馬に来ていた町民たちも、三々五々散っていった。
残されたクシノスケのもとに、弓月とグリフが姿を現し、俺と風音も【隠密】スキルを解除して合流する。
クシノスケは、俺に向かって手を差し出してきた。
「あらためて、協力に感謝する。本当にありがとう。こういう言い方も不謹慎かもしれないけど──あなたたちとともに悪党を追っている時間は、楽しかった」
何か複雑な感情を抱えていそうな、淡い微笑み。
俺は彼女の手を取り、握手をする。
「俺たちのほうこそ。クシノスケがいなかったら、この結果は実現できなかったと思う。囚われていた人たちを助けることすら、できなかったかもしれない」
「そうか……そうだね、そうかもしれない。であれば、私がここにいたことにも意味があったと思えるよ。もっとも私が役に立ったのは、地位だけだけどね」
わずかに自嘲するようなクシノスケの微笑み。
そこに弓月が、空気を読まずに爆弾をぶち込んだ。
「そういえばクシノスケっち。あのクソ代官、『オロチ』がどうとか『巫女』がどうとか言ってたっすよね。あれって何なんすか?」
「あ……」
クシノスケの笑顔が、脆いガラスのようにヒビ割れた。
侍姿の少女はうつむき、うつろな目でこう口にする。
「それは……聞かないでくれると嬉しい。ホタル殿らは知らないのだろう、その話。だったら……私の口から、言いたくはないな……」
「あ、ご、ごめんっす。ちょっと聞いてみただけっす。言いたくないなら、いいっすよ」
「こちらこそ、すまない……。何も聞かずに、協力してくれたのに……いや、言ってもいいのだが……でも……」
「む、無理しなくていいっすから」
わたわたと応える弓月に、クシノスケは再び「すまない」と言って淡い笑顔を向ける。
これは作り笑顔だなと、今なら確かに分かる表情だった。
弓月が俺のほうを見てくる。
俺は、聞かなくていいという意志を込めて、首を横に振った。
よく分からないが、何か複雑な事情があるのだろう。
興味はあるが、クシノスケの態度から繊細な何かであることは伺える。
本人が話したくないと言っているものを、無理に言わせたいとは思わなかった。
と、そのときだ。
「姫……じゃなかった、若様! このようなところにおられましたか! そんなお姿になって、何をしておられるのです!」
すっかり解散しようとしていた野次馬の向こうから、一人の老人が駆けてきた。
それを見たクシノスケが、「ヤバッ、爺やだ」と言って、俺の後ろに半身だけ隠れた。
老人はぜぇはぁと息を切らせて俺たちの前までやってくると、俺の背後に隠れたクシノスケに向かって叱咤の言葉を紡ぐ。
「若様、『ヤバッ、爺やだ』ではございませぬ! なかなか帰ってこぬゆえ、どこをほっつき歩いているかと思えば。どれだけ心配したと思っておられるのですか」
「い、いや、それは、その……い、今から帰ろうと思っていたんだ。あはは……」
俺の背後でしどろもどろになるクシノスケ。
どうでもいいけど俺、電信柱か何かだと思われている?
「明朝には都に帰るのですぞ、分かっておられるのですか。ささっ、若様、すぐに宿へ戻りますぞ。だいたいどうして髪を下ろしておられるのですか。それでは変装の意味が」
「いや、これには話すと長い、深~い事情が……わ、分かった! 帰る、帰るから爺や、引っ張らないでくれ……!」
老人に引きずられるようにして連れ去られるクシノスケ。
老人には覚醒者の力は感じないから、クシノスケが抵抗していないだけだと思うが、ひょっとしたらそこには何か俺たちには計り知れないパワーバランスがあるのかもしれない。
「で、ではダイチ殿、カザネ殿、ホタル殿! 短い時間だったが、共にいることができて楽しかった! 私はこれにて!」
最後にそう言い残して、老人に引きずられたクシノスケは道の角を曲がって姿を消した。
手を振って見送った俺たちは、顔を見合わせ、くすっと笑う。
いろいろあったが、今度こそ、これにて一件落着だろう。
グリフが頭上を飛び回り、「クピッ、クピッ♪」と上機嫌な様子で鳴いた。
そうして俺たちもまた、自分たちの宿へと帰還したのだった。
明日の朝には、ヴォルフさんの商隊について、将軍家のお城があるという都へと出立だ。
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