第325話 後始末
「さてと──」
俺は神槍を手に、エチゴヤと代官がいるほうへと歩いていく。
風音は、これ以上の手出しは無用とばかりに、両手の短剣をくるくると回転させてから腰の鞘に収めていた。
怯え戸惑った姿を見せるのは、エチゴヤと代官だ。
代官は震える手で刀を構え、呻く。
「げ、限界突破だと……!? 冗談ではない、冗談ではないぞ! わ、わしは代官だぞ! こ、こ、こんなことをして、ただで済むと思っているのか!」
「……っ! そ、そうだ! き、貴様ら、これは犯罪だぞ! 貴様らは裁きを受けねばならんのだ、わかっておるのか! いくら暴力に長けておっても、やってはならぬことがあるのだ、馬鹿め!」
代官の言葉をきっかけに、名案を思いついたとばかりにエチゴヤが言う。
そう、それがあるのだ。
「すげぇっすね、あいつ……自分を棚に上げてあれだけ言えるのは、大したもんっすよ」
弓月が呆れた声をあげる。
だよな。エチゴヤがやっていることだって犯罪に違いないのだから、こちらのことをとやかく言える筋合いはないはずだ。
だがエチゴヤは、不敵に笑う。
「ふふふっ……。そう思うならば、神妙にお縄について裁きを受けるのだな。お白州にて無罪を主張するがよい」
「で、そのお白州で裁きをくだすのが、そこの代官ってわけっすか」
「そうだ、それがどうした! それこそが秩序に基づく正当な裁きというものなのだ! わははははっ!」
エチゴヤは好き放題に持論を並べ立てる。
ていうか、それをこの場で言うの、悪手なんじゃないかなぁ。
それを聞いた俺たちが、神妙にお縄につくわけがなかろうに。
代官も「莫迦か貴様!」という目でエチゴヤを見ているが、当人は気付いていないようだ。
気が動転しているのかもしれない。
まあいずれにせよ、ここは彼女の出番だろう。
「クシノスケ、頼む」
「ああ、分かった」
俺の呼びかけを受けて、少年に扮した侍姿が前に出ていく。
そしてクシノスケは、腰の刀を抜き、結わえていた自らの髪をほどいた。
クシノスケが軽く頭を振ると、長い黒髪が背に流れる。
それまでの少年に扮した姿から一変、見目麗しい少女の姿へと変身した。
何事かといった様子で呆然とする代官とエチゴヤ。
クシノスケは代官のほうを見ると、こう口にした。
「代官オオハラ・ツグマサ。そなたとは城にて会ったことがあるな。私の顔を覚えてはいないか?」
「城で会っただと……? どこの城だ。貴様のような小娘など──」
訝しむ眼差しで、本来の姿となったクシノスケをまじまじと見る代官。
だが次の瞬間、代官はハッと何かに気付いたという顔になった。
「ま、まさか……姫様!? 将軍様のご息女、クシナ様ですか!?」
「ひ、姫様!?」
代官がその目を見開き、隣にいたエチゴヤも驚きの声をあげる。
クシノスケは、鷹揚にうなずいた。
「いかにも。トクヤマ将軍家当主、トクヤマ・ナヅチの一人娘、クシナだ。代官オオハラ・ツグマサ。そなたの悪行、私はすべて承知している。これより城に戻り父に報告するゆえ、神妙に沙汰を待つがよい」
将軍家──つまりこの国の王家の娘、クシナ。
それがクシノスケの正体だった。
俺たちはこの話を、あらかじめ聞かされていた。
悪徳権力をより上位の権力でぶん殴るというテンプレ技が、彼女の存在によって可能になったというわけだ。
ちなみにクシノスケ、この話を明かした際には「この国に来て、私の話を何か聞いているか?」と、何かに怯えるような様子で聞いてきた。
疑問に思いつつも「特に何も」と答えると、クシノスケは安堵する様子を見せていた。
さておき。
これで向こうは完全に詰みだ。
エチゴヤが、がくりと膝をついてうなだれる。
だが代官は、そうではなかった。
「ふっ、ふふふふふっ……! ふははははははっ! これは傑作だ! はははははっ!」
「……何がおかしい」
突然の高笑いを始めた代官に、クシノスケが訝しむ声をあげる。
代官は高笑いをやめ、クシノスケにこう告げた。
「本物の姫様が、このような場所にいるわけがなかろう! 姫様はオロチに捧げられる、最後の『巫女』なのだからな!」
その言葉を聞いたクシノスケの背中が、びくりと震えた。
そんなクシノスケに向かって、代官は刀を正眼に構えて駆けてくる。
「姫様の名を騙る偽物め、成敗してくれる──キェエエエエエッ!」
「──っ!」
「クシノスケ!」
俺は、自らも刀を構えて迎え撃とうとするクシノスケの前に飛び出して、代官が振り下ろしてくる刀を盾で受け止めた。
そしてはじき返し、代官が体勢を崩したところに、神槍の一撃を叩き込む。
「ぐはっ……!」
「クシノスケ!」
「あ、ああ! ──成敗!」
「ぐわぁあああああっ……!」
俺が横に跳び退くと、俺の背後から代官に接近したクシノスケが、一刀。
袈裟懸けの一撃を受けた代官は、しばらくふらついた後、その場にて崩れ落ちた。
「──さて、残るは一人か」
「ひ、ひぃっ……!」
俺は神槍を手に、エチゴヤに向かって歩み寄る。
再び腰を抜かして尻餅をついた姿勢のエチゴヤは、恐怖に引きつった顔を見せる。
しかも失禁したようで、下半身を覆う衣服に染みが広がっていく。
俺はそんなエチゴヤの首筋に向かって、容赦のない神槍の一撃を繰り出した。
もちろんそのまま突き刺すことはなく、首元で寸止めだが。
「お、お助けぇ……」
エチゴヤは口から泡を噴き、白目をむいて倒れた。
俺は槍を引いて肩に担ぎ、ため息をつく。
「まったく、男の失禁とか誰得だよ」
俺がそうつぶやくと、大股で歩み寄ってきたジト目の風音に頬をつねられた。
「ちょっと、大地くん! 女の子のなら嬉しいみたいな言い方やめてくれる?」
「痛たたたっ! ち、ち、違うって」
「何が違うのよ」
「いや、何がって、その……ごめんなさい、違いません」
「まったくもう」
弓月も寄ってきて、呆れた顔を見せる。
「先輩はホント、デリカシーがないっすね。今の、言ったのが先輩じゃなかったらドン引きしてるところっすよ」
「逆に言うと、言ったのが俺ならドン引きしないでくれるわけか」
「バイト時代だったら慕うのやめてたかもっす。今は好感度が振り切ってるから実質意味ないっす」
「弓月の俺への気持ちは好感度システムなのか」
「皆まで言わせるなっす。恥ずかしいっす」
弓月は俺の尻に軽く蹴りを入れてきた。
どうやら照れ隠しのようだ。
しかしうちの嫁たち、暴力的すぎやしませんかね。
今どき暴力ヒロインとか嫌われるよ?
いや俺がそんなことで二人を嫌うことはないから、実質問題はないんだけど。
このあたりはお互い様か。
まあいずれにせよ、これですべての悪は倒れたわけだ。
クシノスケが浮かない顔をしていたのが、少し気にはなったが。
彼女が何に悩んでいるのかは、後に知ることとなるのである。
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