第319話 エチゴヤへの潜入(1)
エチゴヤに侵入する覚悟を決めた俺たちは、当の商家の近くまでやってきた。
「あれがエチゴヤか……」
俺は路地の陰から、通りを挟んで斜向かいにある立派な一軒家の商家を見る。
ほかの三人と一体──風音、弓月、クシノスケ、グリフも同様に、すぐ近くの物陰からターゲットとなる店の様子をうかがっていた。
エチゴヤの建物は、この町では珍しい石造りの二階建てだ。
瓦葺きの三角屋根も、ほかの住居のそれとは趣きが異なる上等そうな代物である。
建物の一階正面にある店舗の入り口には暖簾がかかっていて、その上部には大層な看板が掲げられていた。
エチゴヤで取り扱っている商品は、壺や掛け軸などの調度品や装飾品、あるいは外来の品などのようだ。
主に金持ち向けの高額商品を扱っている商店と見える。
ずいぶんと儲かっているであろうことは、想像に難くない。
今は夜も更けてきた遅い時間。
エチゴヤはいまだに営業をしていて、客も少数だが店内に残っているようだ。
ただ客から見えないところでは、従業員がこっそりと店じまいの準備を始めてもいた。
俺たちのさしあたりのミッションは、あの商家に潜入して情報収集を行うことだ。
人さらいの男たちがあの建物に入っていったことは、風音が確認している。
店の裏手にある住居部の勝手口から、鍵を使って入っていったとのことだ。
やつらがエチゴヤの関連人物であることは間違いないだろう。
クシノスケの話では、俺たちが遭遇した人さらい事件のほかにも、何件もの「神隠し」がここ最近で起こっている。
さらわれたほかの娘たちは、どこかに売られるなどしていなければ、あのエチゴヤの建物内部のどこかに囚われている可能性がある。
「問題は、どうやって侵入するかだよね。正面口から堂々と行く?」
風音がそう聞いてくる。
一方では弓月が、俺の服の裾をくいくいと引っ張ってきた。
「先輩先輩。よく時代劇とかで、座敷で密談してる最中に『曲者!』って槍で天井を突くやつあるじゃないっすか。あの曲者を見習って、忍者みたいに天井裏に隠れ潜むってのはどうっす?」
「なるほど名案だ。ところで天井裏にはどうやって入るんだ?」
「んー、分からねぇっす」
「うむ、俺も分からん」
というわけで、弓月の名案はあえなく却下された。
これがフィクションを参考にする俺たちの限界である。
まだしも素直に【隠密】スキルに頼り切ったほうがマシだろうな。
俺と風音が修得している【隠密】スキルは、この世界の覚醒者の中でも修得者がきわめて少ないと言われているレアスキルだ。
【隠密】スキルには、足音や物音を立てずに移動できる効果のほか、使用者の存在が他者から認識されにくくなる効果もある。
雑踏の中のモブのように、あるいは路傍の石ころのように、そこにあることが意識されにくくなるのだ。
ただその効果にも、一定の限界がある。
一つは、一般人に対しては効果的だが、覚醒者(特に実力が近しい相手や格上の相手)に対しては効果が薄いこと。
もう一つは、いくら認識されにくいといっても、目立つ姿をしていたらその分だけ効果が弱くなることだ。
例えば、俺がガイアアーマーとガイアヘルムを身につけた完全武装の姿で堂々と乗り込めば、さすがの【隠密】スキルでもカバーしきれないだろう。
またそこまででなくとも、異国風の格好をしているだけでも、相当に目立ってしまうと予想できる。
「あの中に混じっても違和感のない服を、どうにか調達したいな。何かいい手がないものか……」
俺はそうつぶやきつつ、考える。
エチゴヤで働いている従業員たちは男女いるが、いずれも着物姿だ。
あれと同じような格好になったほうが、より確実な【隠密】スキル効果を期待できる。
「うーん……。──あ、そうだ! お店の人をおびき出して気絶させて、着ているものを奪うとかはどう?」
「……風音さんも、言うことがだいぶ過激になってきたっすね」
「あ、あれ……?」
風音の提案に、弓月の容赦のないツッコミが入った。
顔を真っ赤にした風音は、俺にしがみついて言い訳をしてくる。
「ま、待って。違うの大地くん。今のはほんの出来心っていうか……き、嫌いにならないで……!」
「あのね、俺がそんなことで風音を嫌いになるわけないだろ。俺は何様だよ。それに俺もプランとしては、似たようなことも考えていたし」
「──っ! ほ、ほぉら火垂ちゃん! 私と大地くん、考えてたことお揃いだし?」
「風音さん。どんどん惨めになるから、そのぐらいにしといたほうがいいっすよ」
「ふぇええんっ! 火垂ちゃんがいつになく冷たいーっ!」
小声でコントを繰り広げている風音と弓月はさておいて。
実際どうするか。
今から衣服店を探して着物を買ってくる?
いや、すでに店が閉まっている可能性も高いし、時間がかかる上に、値段も安くはなさそうな気がする。
いろいろ考えると、いっそ風音の案も悪くない気がしてくるが……。
「それならば、私の替えの衣装を貸そうか? 変装のために男用、女用とも持ち合わせているが」
クシノスケがアイテムボックスを呼び出し、その中から二着の着物を取り出してみせた。
男女用一着ずつ。
クシノスケがいま着ているような侍風のものではなく、町人風の着物だ。
変装用って何、とツッコミを入れたい気持ちを横に置けば、渡りに船のファインプレーだ。
だが風音が、クシノスケが取り出した二着の着物をじーっと見て、こんなことを口にする。
「ねぇクシノスケちゃん。これってどっちも、クシノスケちゃんが着たことあるやつ?」
「……? そうだが、不服か?」
「ううん、私はいいの。問題は、大地くんのほう」
風音はじとーっとした目で、俺のほうを見てきた。
……あー、そういうことか。
彼女が着た服を俺が着ることに、思うところがあるわけだ。
言われなければ気にもしなかったのに、チェック厳しいなぁ。
だがクシノスケは、風音の言葉の意味を、違う文脈で受け取ったようだった。
「むっ……。そうか、ダイチ殿は人が着た衣服を身につけることを、強く不快に思う御仁であったか。いや無論、ほかに手があるなら、それで構わないのだが」
しかし風音、勘違いさせたままにしておけばいいものを、そうはしなかった。
自分が着ている黒装束をクシノスケにひらひらと見せて、こんなことを言う。
「うーん、それも違うんだ。大地くん、ちょっと変態さんだからさ。私が着たあとのこの服も、大地くんに匂いを嗅がれたことがあるんだよ。くんかくんかって」
「えっ……」
クシノスケは俺から少し離れ、ドン引きした視線を向けてきた。
「ちょっと待って風音。俺への名誉毀損がひどい」
「えーっ。大地くんが変態さんなのも、私の服の匂いを嗅いだのも事実じゃん」
「じ、事実でも名誉毀損は──とにかくその話はやめよう。前に進まない」
どんどんドツボに嵌っていくのが分かったので、無理やり話を打ち切った。
場を落ち着かせること、しばし。
結局、俺と風音はクシノスケから衣装を借りて、潜入捜査を行うことになった。
「では……ダイチ殿。これは貸すが、その……あまり妙な使い方はしないでほしい……」
クシノスケは少し頬を赤らめ、もじもじとした様子で男物の町人衣装を俺に渡してきた。
ほらぁ、風音が余計なことを言うから、変な感じになったじゃないか。
ともあれ、俺と風音はそれぞれ路地の奥の暗がりに引っ込んで、着替えをした。
クシノスケの着用済みという衣装を身につけることに関して、俺もまた少し意識してしまった。
ちくしょう、全部風音のせいだ。あとでとっちめてやる。
しばらくの後、着替えを終えた俺と風音。
黒髪などの容姿もあって、この町の住人として溶け込める姿となったと思う。
武器や防具などはアイテムボックスの中に収納してある。
「じゃあ、行ってくる」
「おみやげ、持ってくるからね。情報っていう」
「頼むっすよ。先輩、風音さん」
「二人とも、武運を祈る」
「クピッ、クピィッ」
弓月、クシノスケ、グリフに見送られて、俺と風音の二人は、それまで隠れていた路地を出た。
もちろん【隠密】スキルは発動している。
俺たち二人は、人通りがすっかりなくなった大通りを何食わぬ顔で横切り、エチゴヤへと向かっていく。
そのとき店内にいた最後の客が店を出て、それを身なりのいい店員たちが店の外まで出て深々と頭を下げて見送った。
そうした店員たちの横をそそくさと通り抜け、エチゴヤの暖簾をくぐる。
さすがに少し緊張はしたが、店員たちが俺たち二人を気に留めた様子はなかった。
店内に入ると、数人の店員が店じまいの作業をしている光景に遭遇したが、やはり俺たちに注意を向ける者はいない。
風音が俺に耳打ちしてくる。
「いけそうだね、大地くん」
「ああ。油断せずに行くぞ」
「了解」
ここから先は敵地と言っても過言ではない。
俺たちは高級な調度品などが並べられた店内を縦断し、従業員たちに無視されるまま、店の奥へと踏み込んでいった。
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