第320話 エチゴヤへの潜入(2)

 この町の住民姿に扮した俺と風音は、エチゴヤの店の奥、住居部へと踏み込んでいく。


 正面から見る分にはちょっと立派という程度だったエチゴヤの商家だが、実は奥行きがかなりあり、住居部はかなりの豪邸である。

 お屋敷と呼ぶのが適切と思える広さだ。


 何人かの家人とすれ違いながら、廊下を何食わぬ顔で進んでいくと、やがて二人の女中が廊下で立ち話をしている場面に遭遇した。


 俺と風音は近くの角に隠れ、女中たちの話を盗み聞きすることにした。

 女中たちの話は、こんな内容だった。


「ねぇねぇおトメさん。さっき金ピカの立派なお着物を着たお大尽が、旦那様とお話しているのを見たんだけどね。あのお大尽、何者だか知ってるかい?」


「なんだいおカヨ、知らないのかい。あれがお代官様だよ」


「お代官様!? どうしてお代官様がうちにいらしているのさ」


「しっ、声が大きい。内密にお会いしてるんだから、言いふらしたりしたらまずいよ」


「おっと。……てことは旦那様、まぁた何か悪いことでもしてらっしゃるのかね」


「そういうのは知らない方が身のためよ。あたしたちがたっぷりお給金をいただけるのだって、表の商売だけの話じゃないんだからさ」


「それもそうね、くわばらくわばら。──そうすると、あの裏口近くにある『主人の許しなく立ち入ることを禁ずる』の扉の先も、そういう何かってわけね」


「おカヨ、それも禁句だよ。この間、それに関わった新人が一人『いなくなった』のを、忘れたわけじゃないでしょ」


「おおっと。口は禍の元だね。あたしも気を付けないと」


「そういうこと。さっ、そろそろ仕事に戻らないと。こんなところで無駄話してるのが見つかったら大目玉だよ」


「そうだね。ああ忙しい忙しい」


 忙しいふりをした二人の女中は、俺たちが隠れている角の前の廊下を通りすぎて、そのまま立ち去っていった。


 俺と風音は、ホッと息をつく。


「さっそく収穫があったね。お代官様が内密に会いに来ていて、家の人でも入っちゃいけない立ち入り禁止の扉があって、か……。どうする、大地くん。ここで戻る?」


「いや、もう少し探っていこう。【隠密】スキルはしっかり効いてる。まだいけるはずだ」


「オッケー、了解」


 それからさらに、適当に道を選んで廊下を進んでいくことしばらく。


 今度は、俺たちが進む廊下の前方にある曲がり角の先から、どこか覚えのある声が聞こえてきた。


「まずい、大地くん。あいつらだ」


 風音が俺の耳元でささやく。


 そうだ。

 この声は、さっき遭遇した人さらいの男たちのものだ。


「さすがに【隠密】スキルでも心許ないな。隠れるか引き返すか」


「大地くん。ここの部屋、人がいないみたい」


「よし、ナイスだ風音」


「えへへーっ。もっと褒めて」


 俺と風音は近くにあった小部屋の扉を開き、中へと退避した。


 扉を閉めたあと、男たちの声が近付いてくる。

 扉の向こうからは、こんな内容の話が聞こえてきた。


「あー、クソッ。あのガキども、今思い出しても腹が立つ。面倒な下調べが終わって、ようやくとっ捕まえられた獲物だってのによぉ。あいつらのせいで全部が台無しだ!」


「落ち着けよ。俺だって腹ぁ立つが、冷静にならなけりゃ余計に足をすくわれるぜ」


「でもよぉ、旦那からは『こんな不様な仕事が続くようなら、お前たちの今の給金は少々多いかもしれんな』とか言われるしよぉ。あー、クソッ。あの女ども全員とっ捕まえて犯してやりてぇぜ」


「ははっ、そりゃいいな。地下牢にぶち込んで、死ぬまでヤりたい放題ってか?」


「応よ。なにせ武士モノノフの女だ。そんじょそこらの町娘と違って、屈服のさせ甲斐があるってもんだぜ」


「ま、取らぬ狸だが、旦那のほうでも動いているらしい。機はあるかもな」


「へへっ、そうなりゃ楽しみだぜ。泣いて許しを請おうが、絶対に許さねぇ。一緒にいた野郎が見ている前でってぇのも一興だぜ」


「ホントお前はよ。こういう世界でしか生きていけねぇ野郎だな」


「ハッ、てめぇに言われたかねぇや。腹黒野郎がよ」


「ちげぇねぇ」


 声は扉の前を通りすぎ、笑い声になって遠ざかっていった。


 万が一この部屋に入ってきたら、騒がれる前に口を封じなければと思い【アイテムボックス】から武器を取り出して構えていたが、その必要もなくなりホッと一息だ。


 声が十分に遠ざかったのを確認してから、扉を開き、目視で周囲を確認する。

 もう遠くに行ってしまったようだ。


「危なかったぁ。あいつらが部屋に踏み込んできたら私、首をかき切ってたとこだよ」


「あー、心配するの、そっちね……」


「だってあいつら、殺意が沸くようなことばっか言うんだもん。しょうがないよね」


 風音の暗黒微笑だーくねすすまいりんぐの奥にある真意は見えない。

 冗談なのか本気なのか……まあ、聞かないでおこう。


「でも地下牢がどうとか言ってたよね。この屋敷のどこかに地下牢があるのかな」


「可能性はあるな。拉致してきた人を隠しておく場所は必要だろうし」


「あるなら、それがどこにあるかも見つけないと」


「ああ。でもひとまず屋敷全体を回ろう。怪しい場所の見当がつくかもしれない」


 人さらいの男たちをやり過ごした俺たちは、【アイテムボックス】に武器を戻してから、さらに廊下を進んでいく。


 するとまたしばらくしたところで、今度は特徴的な扉の前にたどり着いた。


 扉には「主人の許しなく立ち入ることを禁ずる」と書かれた木札が貼り付けられており、開閉を封じるための頑丈そうな錠前がかかっていた。


「ここがさっきの女中さんたちが言ってた扉か。どうしよう、武器や魔法を使えば、錠前を壊して入れなくもないと思うけど」


 風音が俺に伺いを立ててくる。

 俺は少し考え、首を横に振る。


「いや、今はやめておこう。音が鳴るし、錠前が壊れているのが見つかったら騒ぎになる。それは最後の手段にしたい。やはり全体を見て回ってからにしよう」


 というわけで、その扉もスルー。


 屋敷内の外周にあたる廊下をひと通り回った俺たちは、次に屋敷の中心部近くの捜索を始めた。


 それからしばらく捜索を続けた頃のことだ。

 どこかから、こんな声が聞こえてきた。


「お代官様。あらためまして、本日はようこそ、おいでくださいました」


「うむ、苦しゅうないぞ。エチゴヤ、そちにはいろいろと世話になっておるからな」


 近くに見える障子戸の向こうに、二つの人物のシルエット。


 俺は風音とうなずき合うと、より近くで聞き耳を立てるべく、急ぎ足で障子戸の近くへと歩み寄った。

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