第318話 路地裏会議

 あらかじめ決めておいた合流場所である、路地裏へと向かう。


 そこにはクシノスケと風音ばかりではなく、弓月とグリフも待っていた。

 聞けば、町娘は家までつつがなく送り届けたという。


 俺は二人の町方同心が口にしていた言葉を、面々に伝えた。

 それを聞いたクシノスケが、険しい表情を見せる。


「お上、お上って! この町の同心たちは、何をすべきなのか、自分で判断することもできないのか!」


「いやまあ、独断で動かないのは、組織の構成員としては間違ってはいないんだろうが……」


 俺は、やや突っ走りがちな考えをするクシノスケにそうツッコミを入れつつも、しかし、と思う。


 エチゴヤ絡みの件は、深入りせずに上に報告しろ──

 特定の商家を名指しにしているあたりには、どうにも不正の匂いが拭えない。


 それに加えて、あの人さらいたちがエチゴヤに入っていったという事実。

 さらに特別ミッションの内容もある。

 これだけ材料が揃えば、もう決め打ちをしてもいいのではないかと思えた。


 ただ、これだけは確認しておこう。

 俺は風音、弓月、そしてクシノスケを前にして問う。


「【隠密】スキルを持っている俺と風音なら、エチゴヤに忍び込んで情報収集をすることも不可能ではないと思う。場合によっては、動かぬ証拠のようなものもつかめるかもしれない」


 俺のその言葉に、面々は真剣な面持ちでうなずく。

 それを見回しつつ、先を続ける。


「でもそれは曲がりなりにも犯罪行為だ。そこに踏み込んだらもう、引き返せなくなる可能性がある。これまであった事を見なかったことにして、あとは町方同心たちに任せようと思うなら、ここが最後の分水嶺だ。──どうする?」


 すると少しの間をおいて、弓月が挙手をした。

 俺がどうぞと手で示すと、後輩はこう口にした。


「そもそも、エチゴヤに潜入して何かの情報を手に入れたとして、うちらそのあとどうすればいいんすかね? お巡りさんがあれじゃ、決定的な証拠をつかんでも、うちらには何もできないかもしれないっす」


 意外と冷静な意見だった。

 その声と表情は険しいので、感情と理性がせめぎ合っているのかもしれないが。


「それは残念ながら、俺にも分からない。犯罪行為によって手に入れた情報だと、真っ正直に同心たちに伝えても、俺たちのほうがお縄につく可能性が高いだろうな」


 俺も極力冷静になって、弓月に向かってそう答える。


 誘拐されたのは、いずれも若い娘。

 その背景にどういう需要があって、さらわれた娘たちがどういう目に遭うかはだいたい想像がつく。

 そして、今この瞬間もどんな目に遭っているか分からないという、クシノスケが町方同心に向けていた言葉の意味も分かる。


 ただだからと言って、「正当でない手段」が社会的に許容されるかというと、それは無理だろう。


 エスリンさんが豪商ゴルドーにさらわれた際には、俺たちには領主の後ろ盾というワイルドカードがあった。


 だが今回はそれがない。

 それどころか「その逆」の可能性も考えられる。


「最悪『お代官様』が加担してる可能性まであるんだもんね……。でもだとしたら、ホント許せない!」


 風音もまた、そう言って拳を握り、怒りをあらわにする。


 俺の脳裏にも、あの町方同心たちが言っていた「お代官様直々の命」という言葉が引っ掛かっていた。


 クシノスケに確認すると、お代官様──すなわち代官というのは、この国の王である「将軍」から領地を預かり、その地の統治を一任された存在なのだそうだ。


 将軍がこの国の王であるというあたりから、少し頭が混乱してくるのだが。

 このヤマタイという国には、天皇陛下のような存在はいないらしい。

 俺たちの世界の歴史で言うところの、幕府の将軍にあたる地位の人が、統治体制の一元的なトップのようだ。


 まあ将軍はさておき。

 いずれにせよ、代官は国王から領地経営を委任された、絶対王政下の貴族のような存在であるわけだ。

 この町の最高権力者であることに違いはない。


 その地の最高権力者が、悪党である可能性がある。


 こういうとき、勧善懲悪な時代劇ではどうしていたっけ──と考えると、水戸の御老公だとか幕府の将軍様ご自身だとか、より上の権力でぶん殴っていたような気がする。


 やはり権力、権力がすべてを解決するのか。

 そのあたり俺たちはパンピーでしかないわけで、絶大な権力の前には無力だ。


 どこぞの三匹の浪人なんぞは悪代官などを容赦なく斬り捨てていたような気もするが、あれ現実的に考えるとお尋ね者になるんだろうな……。


「代官を凌駕する権力でもないと、どうしようもないか……?」


 俺はぽつりと、そうつぶやく。


 するとクシノスケが、何か躊躇うような、思い悩むような仕草を見せた。


 それからしばらく。

 侍姿の少女は、意を決したという表情で、こう伝えてきた。


「それは私のほうで、どうにかなるかもしれない。──だから頼む、ダイチ殿、カザネ殿、ホタル殿! あなた方の力を貸してほしい!」


 設定上、権力とはほど遠いところにいるはずの自称貧乏旗本の一人娘がそう言ってのけ、頭を下げてきたのである。


 クシノスケから詳しく話を聞いてみたところ、その概ねにおいて、なんとなく想像していた通りのテンプレ展開だった。


 そして俺たちもまた、クシノスケと気持ちは同じだ。


 下手を踏んでヴォルフさんに迷惑がかかったらどうしようとか、今夜中に片が付くのかなどいろいろと不安要素も大きいが、だからと言って、この件を見なかったことにしてここでお終いにはしたくなかった。


 俺は風音、弓月とうなずき合うと、クシノスケに協力する旨を伝えた。


 それからクシノスケを含めた四人で円陣を組み、互いに手を差し出して合わせた。

 そこにグリフが乗っかって、「クピーッ」と小さく鳴いた。


 さあ、作戦開始だ。

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