第283話 限界突破の冒険者

 レイドクエストを引き受けた冒険者一行が港町バーレンを出立したのは、それから少したってのことだった。


 出立した三パーティ、合計十一人の冒険者たちの中には、当然俺たちも混ざっている。

 今は目的地であるベルトリントの町へと続く街道を進んでいた。


 人里から人里を繋ぐ街道は、多くの場合は森林を切り拓いてできたものだ。

 この街道も御多分に漏れずで、左右に無数の木々が並んだ代わり映えのしない風景の中を、一行は現地へと向かって進んでいく。


 そんな道すがらにも──


「おい黒ずくめ女、今のうちに俺に愛想よくしておいたほうがいいと思うぜ? お前の今の相棒は、このクエストが終わったときには無様な敗北者に成り下がっているんだからな」


 ゲルゼルはたびたび風音に声をかけていた。

 すぐ隣に俺がいるにも関わらずだ。


 なお当の風音の対応は、害虫に対するが如くである。


「何度も言ってますけど、用もなく話しかけてこないでください。もう声を聞くだけでも不愉快ですから」


「用ならあるさ。お前と仲良くなりたいってわけだ。分かるだろ?」


「だったら尚更、話しかけてこないでください。不愉快だと言っています」


「つれないねぇ。だが俺が下手に出ているうちに、なびいておいた方がいいぜ。じゃねぇと無理やり手籠めにしたくなっちまう」


「犯罪予告ですか? どこまでもクズですね」


「くくくっ。この場には十一人しかいねぇってことは忘れねぇ方がいいぜ。残ったやつが口裏を合わせりゃあ、何が起ころうが闇の中だ」


「やっぱり犯罪予告じゃないですか。あとそれってお互い様だって分かってます?」


「くっ、はははははっ! とことん気の強ぇ女だ。俺をどうこうできるつもりでいるのか!」


「やってみますか? いい加減、こっちの忍耐も限界なんですけど」


 風音が鋭い目でゲルゼルを睨みつけ、腰の短剣に手を伸ばしてみせる。

 ゲルゼルはおどけるように両手をあげて、身を引いた。


「おお怖ぇ。この俺に勝てるつもりでいるのか。モノを知らないってのは怖いねぇ」


 そう言ってゲルゼルは離れていく。

 パーティメンバーのもとに戻ったゲルゼルに、弓矢を装備した女性が寄り添って「ねぇゲルゼル、あんな小娘なんて放っておきなよ」などと言っているのが聞こえてきた。


 一方で風音は、警戒を解いてため息をつく。

 俺が「お疲れ様」と伝えると、「本当だよ。大地くん、癒して~」と言って俺に抱き着いてきた。


 ゲルゼルからのちょっかい、最初のうちは俺が間に割って入っていたのだが、途中から風音が「いいよ大地くん、ありがとう。あとは私が追い払うから」と言って自分で対応しはじめた。


 風音のゲルゼルに対する態度は、不快感をあらわにした敵対的対応に違いないのだが、ゲルゼルがめげることはない。

 あのハートの強さだけは感心に値すると思う。

 いや、単にどこまでも勘違い野郎なだけの気もするが。


 ちなみに、ゲルゼルを追い払ったあとは、定例イベントのように風音が俺に抱き着いてくる。

 曰く、「大地くん成分を補充させて~」とのこと。


 その際には、俺の胸に顔を埋めて、背に回した腕でぎゅっと抱きしめてくる。

 もちろん俺も苦しゅうないので、抱き着いてきた風音の身をこっちからも抱き返したりするのだが。


 なお例によって例のごとく、ほかの冒険者たちもいる場ではばからずのバカップルぶり披露である。

 常識が抜け落ちているのはゲルゼルだけではないかもしれない。

 一番迷惑を被っているのは、三つ目の冒険者パーティかもしれないな。


 なおその三つ目の冒険者パーティは、わりとまともに見える四人パーティである。

 男性冒険者が三人、女性冒険者が一人。

 年の頃はだいぶ若く、俺たちと同じか少し上程度に見える。

 ほかに特筆すべき点はあまり見当たらないが、チンピラ風でない良識ある冒険者パーティというだけでも特筆モノかもしれないと最近は思いつつある。


 やがて風音が、満足したとばかり俺から身を放す。

 さっきまで不機嫌オーラを放っていたのが、今はほわほわして幸せそうである。


 ミニグリフォンを帽子の上に乗せた姿で遠巻きにしていた弓月が、てててっと小走りで寄ってきた。


「それにしても風音さんも大変っすね。クソみたいな男によく絡まれるっす」


「嬉しくなぁい。絡むのは大地くんだけにしたぁい。けど火垂ちゃんだって絡まれてたんじゃない?」


「うちはギルドのときだけっすから。目立つ風音さんが前衛で防波堤になってくれてるっす。やっぱ原因は、美貌に加えてこれっすかね」


「は……? ──ひゃんっ!」


 ふにょん、ふにょん。

 風音の背後に回り込んだ弓月が、その両手で風音の胸の双丘を弄びはじめた。


「やっ、あっ、んんんっ……! ほ、火垂ちゃん、やめっ……!」


「黒装束の上からでもたっぷりと分かる、この柔らかさ、弾力、重み。そりゃ男どもも寄ってくるっすよ──って痛い!」


「はぁっ、はぁっ……い、いい加減にしなさい! もう、そういうのは三人だけのときにしてって、いつも言ってるでしょ」


「ううっ、また頭にたんこぶできたっすよ……」


 弓月の頭に風音のゲンコツが落ちる直前に、グリフォンが弓月のもとから飛びたって俺の頭の上に移動しているあたり、うちの従魔の危機察知能力は大したものだ。

 あと風音、その言葉は酒を飲んで酔ったときの自分にも言ったほうがいいと思うぞ。


 と、そんなアホなことをやっていると、一人の青年が俺たちの近くまで歩み寄ってきて、コホンとひとつ咳払いをした。

 第三の冒険者パーティのリーダーらしき人物だ。


 あ、さすがに注意されるか、すいませんすいません。

 でもそれならゲルゼルのほうも注意してくれてもいいんじゃないか……などと思っていると、その青年は俺に向かって手招きをしてきた。


 また彼は、ちらちらとゲルゼルたちのほうを注視しているように見えた。

 ゲルゼル一行は、今は前方を歩いていて、こちらの動向には気付いていない様子。


 何事かと思って青年の手招きに応じて寄ってみる。

 すると青年は、小声で俺に耳打ちしてきた。


「おい、ゲルゼルのやつをあまり怒らせない方がいいぞ。あいつはヤバい。もう手遅れかもしれないが、一応言っておく」


 どうやらバカップル丸出しの俺たちに注意をするのではなく、忠告をしにきてくれただけのようだ。


「ヤバいと言うと? 性格がクソで乱暴者だからとかですか?」


「もちろんそれもあるが、問題はそこじゃない。あいつはな──いいか、よく聞け。ゲルゼルのやつはな、『限界突破』をしているんだ」


「……はあ」


 俺は生返事をしてしまった。

 そうだろうなとは思っていたし。


 相手の青年は、俺の反応が想像していたものと違うのか、怪訝そうな顔を見せる。


「いや、『はあ』ってお前、そのことの意味が分かってるのか? やつは25レベルを超えているんだぞ。お前たちだってレイドクエストを受けるからには十分な経験を積んでいるんだろうが、それとは根本的にレベルが違うんだ」


「えっと……ご心配ありがとうございます。でも、大丈夫です」


「は……? い、いやお前、俺の話をちゃんと聞いていたか? 先に言っておくが、俺たちはお前たちのために手を貸すつもりはないからな。こっちだって自分たちに火の粉がかからないようにするので精一杯なんだ。ゲルゼルのやつが参加するって知っていたら、こんなレイドクエストは受けなかったってのに」


 やはり純粋に心配してくれているだけらしい。

 うう、いい人だなぁ。


「本当に大丈夫ですから。自分たちに降りかかる火の粉だけを気にしていてください」


「ああもう、ここまで言っても分からないのか、この分からず屋が。俺は忠告したからな、どうなっても知らないぞ」


「はい、ご心配ありがとうございます」


 俺は青年に向かって頭を下げてみせる。

 青年はバリバリと頭をかいて、困ったような顔を見せた。


 だがあきらめたのか、自分たちのパーティのほうへと戻っていこうとして──

 そこで何かを思い出したかのように、もう一度、きびすを返した。


「あ、そうだ、あともう一つ」


「はい、まだ何か」


「その、なんだ……あまりこう、公衆の面前で仲睦まじい姿を見せるのは……できれば少し控えてもらえないか。目に毒なんだ」


「あ、はい。それは本当すみません」


 俺は今度こそぺこぺこと頭を下げ、平謝りをした。

 そっちは何も言えないのである。


 とまあ、そんなあれやこれやのやり取りをしながら、街道を移動すること半日ほど。


 レイドクエストを受けた総勢十一人の冒険者一行は、モンスター討伐任務の目的地であるベルトリントの町へとたどり着いたのだった。

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