第284話 勝負開始

 モンスター討伐任務の目的地であるベルトリントの町を、目視で望める場所までやってきた、俺たちを含む総勢十一人の冒険者一行。


 これまで鬱蒼とした森林地帯をつらぬく街道を進んできたのだが、その森がついに途切れ、視界が開けた場所へとたどり着いたのだ。


 前方、数百メートルほど先に見えるベルトリントの町は、もともと市内人口が千人にも満たない小さな町だ。


 町を囲う市壁は、今はそのあちこちが崩れてその役割を十全に果たせなくなっていた。

 市壁の破壊は、町を襲ったモンスターどもの仕業に違いない。


 その町を取り囲むようにして、畑や牧草地帯が一面に広がっている。

 刈り入れが終わったあとの時期なのか、畑に作物はほとんど見られない。


 そうした畑や牧草地帯には、多数のモンスターどもが我が物顔で闊歩していた。

 町の中にも多くのモンスターが潜んでいるに違いない。


 住民の避難は済んでいるという話だが、いずれにせよ町を襲ったモンスターどもにはすっかりご退場いただいて、人が住める状態を回復しなければならない。


 見える範囲にいるモンスターは、そのほとんどがオーガだ。

 かつて幾度か戦ったことのある相手だ。

 鬼のような姿をした屈強な怪物だが、熟練の冒険者なら一対一で戦って特に苦戦することもなく撃破できる程度の強さである。


 だが何体か、オーガよりもはるかに大きい巨人型モンスターの姿も確認できた。


 ヒルジャイアント。

 人間の成人男性のおよそ三倍にも及ぶ背丈と、相応の体躯を持つ。

 大きさを除けば人間によく似ているが、身に着けているものは文明人のそれではない。

 裸に腰布を巻いただけの姿で、巨大な棍棒を手にしている。


 こいつも人間に似た姿形をしているだけで、あくまでもモンスターだ。

 以前に炎と氷のダンジョンで倒したファイアジャイアントもそうだったが、単に倒すべき敵であると考えるべきだろう。


 どちらかと言うと、そう易々と暴力によって解決するわけにいかない身近な敵のほうが、扱いが面倒であると思う。


 曲がりなりにも人間であるそいつ──無法者の冒険者ゲルゼルは、それまで背に負っていた巨大な斧を今は肩に担ぎながら、余裕の口ぶりで言う。


「おうおう、獲物がウヨウヨいやがるな。それじゃあ、ゲームの始まりってことでいいか、色男さんよ。あとでガチャガチャ言われてもつまらねぇ、何か気になることがあれば今のうちに言っとけや」


 それは俺に向けてかけられた言葉だ。

「色男」という表現に相変わらず違和感は覚えるが、そこを突っ込んでもしょうがない。


「勝負のルールは『獲得した魔石の価値総額が大きかったパーティの勝ち』でいいんですよね?」


「おうよ。シンプルでいいだろ」


 ゲルゼルが持ちかけてきた勝負のルールは、本人も言うとおりに至ってシンプルなものだった。


 この討伐クエストでモンスターを倒して獲得した魔石の価値総額が、より大きいパーティが勝者となる取り決めだ。

 各パーティの戦果を測るには、非常に分かりやすく、かつ可能な限り最も公平なルールと思える。


 なお魔石獲得の権利は、そのモンスターにトドメを刺した者に与えられる。


 だが別のパーティが戦っているモンスターのトドメを横からかっさらうような真似は、基本的にご法度だ。

 万一そのような行為が行われた場合は、もともと交戦していたパーティに魔石獲得の権利が与えられる。

 例外は、両者の合意に基づいて特別の取り決めがなされた場合と、先に戦っていた冒険者がすべて戦闘不能になったときぐらいだ。


 また当然ながら、いずれのパーティもほかの冒険者を攻撃することは禁止。

 モンスターを巻き込む範囲攻撃などであっても原則として許されず、そのような行為があり次第ルール違反とみなされ失格、すなわち敗北決定となる。


 ちなみに現段階で魔石を持っていないかどうかは、【アイテムボックス】の中身も含めてあらかじめチェック済みだ。


 その際にゲルゼルが「身体検査が必要だよなぁ」と言ってニヤニヤしながら風音に触ろうとしたが、当然それは阻止して、女性冒険者に担当させた。


 なお魔石の一個あたりの価値だが、オーガは銀貨6枚、ヒルジャイアントは銀貨450枚相当である。


 つまり実質的には、ヒルジャイアントを何体倒せたかで勝敗が決まることになるだろう。

 ヒルジャイアントの討伐数が同数のときのみ、オーガの討伐数が勝敗に噛んでくるといった程度か。


 しかしこのゲルゼルという男、初見ではよほどの無法者かと思ったが、このあたりのルールをしっかり決めようとするところを見ると一応はまともな人間なのかと思う。

 もちろん全般的に非常識であることは変わらないが。


 ならばこっちも、あとからイチャモンをつけられそうな部分は、あらかじめ断っておいた方がいいかと思う。

 俺はゲルゼルに問う。


「スタートの前に、あらかじめパーティの頭数を一体増やしておきたいんですが。俺たちは三人パーティで、ゲルゼルさんたちは四人パーティです。不公平もないと思います」


「あぁん、頭数を増やすだぁ? そっちの雑魚どもと交渉して一人補充するってことか?」


 そう言ってゲルゼルが示したのは、第三のパーティのメンバーたちだ。


 もちろん俺の意図するところはそれではない。

 向こうのパーティのリーダーからは、手は貸さないと言われたしな。


「いいえ、【テイム】というスキルを使います」


「聞いたことがねぇな。どんなスキルだか知らねぇが、スキルならテメェの能力の範囲内だ、使うなとは言わねぇ。だが同じ理由でスタート前の使用はダメだ。補助魔法と同じで、使いたけりゃスタート後に使え」


 意外と道理を言ってくる。

 補助魔法等の使用はスタート後だとあらかじめ取り決めしていたから、ここは従うのが筋だろう。


「分かりました。ただしこのクエスト中にグリフォンに遭遇しても、それは俺たちのパーティメンバーなので攻撃しない。それだけは約束してください」


「グリフォンだあ~? ひょっとしてそっちのメスガキの頭に乗ってるペットのことか? 分かった分かった、何だか知らねぇが、ペットの手も借りたいってわけだ。往生際の悪い野郎だぜ」


 ゲルゼルはそう言って、ひらひらと手を振ってみせる。


 しかしグリフォンが現在は小型化状態なので、あらかじめ本来の大きさに戻しておいたほうが有利だと思ったのだが、なかなかどうしてうまくいかないな。

 ここに至る前にあらかじめ戻しておけばゴリ押しできたかもしれないが、それも後の祭りか。


「ほかになけりゃあ、ゲームスタートと行こうぜ。そっちの雑魚パーティのリーダー、テメェがスタートの合図をやれ」


「……分かった」


 第三のパーティのリーダーが、苦々しく表情を歪めながらも承諾する。


 ゲルゼルの言葉が不愉快でも、軽率に逆らわないことを決めているのだろう。

 過去に何かあったのかもしれない。


 そういった態度をとる理由は、分からないでもない気はする。

 少なくとも俺は、力ある無法者がいかに厄介なものであるかを、探索者シーカーになってすぐの頃に味わっている。


 あのときも風音にちょっかいを出す男だったな。

 当時の俺はまだ5レベルで、相手は25レベル。まるで太刀打ちができなかった。


 たまたま武具店のオヤジさんが助けてくれたが、誰も助けてくれない世界なら、力がなければ理不尽に押しつぶされる。

 力に支配される世界がそういうものであることを、俺は知っている。


 だけど、今の俺たちは──


 俺、風音、弓月の三人が、森の出口となる地点にて、スタート位置につく。

 グリフォンは小型化状態のままだ。


 ゲルゼルとそのパーティメンバーも、俺たちのすぐ近くにスタンバイした。


 第三のパーティは勝負には参加しないため、俺たちのように身構えてはいない。

 彼らもレイドクエストを受けたメンバーとして討伐には参加するが、それだけだ。


「双方とも、準備はいいか。それじゃ──開始!」


 第三のパーティのリーダーが、頭上に掲げた腕を振り下ろす。

 戦いの幕が切って落とされた。

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