第281話 無法者

 麗らかな朝。俺たちは港町バーレンにある冒険者ギルドへと向かった。


 高い青空の下、潮風に吹かれながら、町を縦断する坂道を上っていく。


 海底都市関連で大変なことがあった翌日にもミッションのために出勤(?)する俺たちは、大変に勤勉だと思う。


 もう少し休んでもいい気もするのだが、時は経験値なりと思うと、根が貧乏性なせいか勤勉になってしまうのだ。

 100日間だけの期間限定だしな。


 残りは73日。

 まだ73日もあるのかと思ったりもする、密度の濃い毎日である。


 冒険者ギルドに到着した俺たちは、やがて開店に合わせて中へと入っていく。

 いつものクエスト争奪戦だ。


 ちなみにこの港町バーレンも聖王国の国内なので、冒険者資格はそのまま有効である。


「あまりいいのがないな。この中だと、これか」


 俺は掲示板に貼られていたクエスト依頼の貼り紙の中から、一枚を手に取った。

 内容はこうだ。


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 クエスト概要……レイドクエスト/モンスター討伐(ヒルジャイアント、オーガ)

 クエストランク……A/レイド(推奨レベル:25レベル)

 依頼者……ベルトリントの町・市参事会

 クエスト内容……町を襲ったモンスターの群れを討伐してほしい。モンスターの総数は五十から百ほど。大半はオーガで、ヒルジャイアントが少数。

 その他……現地までは徒歩で半日ほど。三パーティ合同でのレイドクエストとなる。

 報酬……金貨150枚(一パーティにつき)


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 今回はあまり理想的と思えるようなクエストが見当たらなかった。

 掲示板に貼られていた中では、これが最善だと思う。


 ちなみに現在の未達成ミッション一覧はこんな感じだ。


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▼ミッション一覧

・人口10万人以上の街に到達する……獲得経験値20000

・砂漠の都に到達する……獲得経験値70000

・空中都市に到達する……獲得経験値100000

・ワイトを3体討伐する(0/3)……獲得経験値8000

・ヒルジャイアントを1体討伐する(0/1)……獲得経験値10000

・フロストジャイアントを1体討伐する(0/1)……獲得経験値50000

・ロック鳥を1体討伐する(0/1)……獲得経験値50000

・レッサーデーモンを3体討伐する(0/3)……獲得経験値50000

・ヴァンパイアを1体討伐する(0/1)……獲得経験値70000

・ドラゴンを4体討伐する(3/4)……獲得経験値100000

・エルダードラゴンを1体討伐する(0/1)……獲得経験値100000

・ヤマタノオロチを1体討伐する……経験値250000

・フェンリルを1体討伐する……経験値300000

・ベヒーモスを1体討伐する……経験値350000

・Aランククエストを3回クリアする(1/3)……獲得経験値30000

・レイドクエストを3回クリアする(1/3)……獲得経験値70000

・Sランククエストを3回クリアする(1/3)……獲得経験値80000


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 今回手に取ったクエストで達成できる見込みが立つミッションは「ヒルジャイアントを1体討伐する」(経験値1万)だ。


「レイドクエストを3回クリアする」も1回ぶん消化できるが、これは経験値獲得には一手すきになる。


 これをしょぼいと思うべきではないだろう。

 何十万という経験値のほうが圧倒的イレギュラーなのであって、こちらのほうが普通なのだ。


 獲得経験値がバカ高くないのであれば、その分だけリスクも小さいだろうしな。

 毎回毎回ハイリスクなミッションに挑んで死にそうな目に遭っていたら、いつか本当に死んでしまうに違いないから、普段はこういうのでいいのである。


 クエスト内容を風音や弓月にも見せたが、文句はないようだった。

 いつも一応の確認はしているが、今まで俺が決めたクエストに二人が大きな文句を言ったことはない。だいたい二つ返事で俺についてきてくれる。

 ありがたいことだ。世の中には文句を言うだけは達者な人間も少なくないからな。


 というわけで、方針を決めた俺たちは、クエストの貼り紙を持って受付に向かおうとしたのだが──


 そのとき外から、何やら騒がしい声が聞こえてきた。


 やがて冒険者ギルドの入り口の扉が開き、四人の冒険者らしき人物がギルド内へと入ってきた。


「おらどけ、邪魔だ!」

「ゲルゼルさんがクエストを探しにきたんだ。テメェら雑魚はさっさと道を開けろ」


 そう言ってクエスト掲示板前にいた冒険者たちを押しのけはじめたのは、ガラの悪い二人の男だ。


 だが彼らは、どちらかというと取り巻きという雰囲気。

 本命は、その背後にいた一人の大柄な男だった。


「そろそろ酒代がなくなってきたからよぉ、この俺がクエストを受けにきてやったぜ」


 二人の取り巻き風に続いてずんずんとギルド内に入ってきた、その男。

 年の頃は三十ぐらいだろうか。

 いかにも男らしい恵まれた体格で、無精ひげを生やし、背には巨大な斧を負っている。


 かたわらには二十代後半ぐらいの女性が一人寄り添っている。

 長い前髪で片目が隠れた、赤髪の美女だ。

 こちらは弓矢を身に着けていた。


「ゲ、ゲルゼルか……」

「おい、前を空けとけ。逆らうと面倒なことになるぞ」


 周囲の冒険者たちは、現れた一党の首魁と思しき大柄な男を見て、彼から距離を取るように身を引いていく。

 どうやらあの男は、ゲルゼルという名前のようだ。


 ゲルゼルは冒険者ギルド全体を支配するかのように、悠然と周囲を見回す。

 その視線が、風音の姿を見つけて、ぴたりと止まった。


 ゲルゼルはニヤリと口の端を吊り上げると、ずんずんと風音の前までやってくる。

 風音は警戒するような視線をゲルゼルに向けつつ、すがるように俺に寄り添ってきた。


 目の前までやってきた尊大な男は、風音に向かって口を開く。


「おい、黒ずくめ女。お前のことが気に入った。俺の女になれ」


「……はあ?」


 風音が心底不愉快そうな声を上げる。


 俺もまた、このわずかの間に、突然現れたこの男は「敵」だと認識していた。


 俺は風音をかばうように前に出て、その男、ゲルゼルと向かい合う。


「何ですかあなたは。いきなり失礼だと思わないんですか」


 俺が発した言葉には敵意のニュアンスがこんもり乗っかってしまっていたが、状況が状況だけに仕方がないだろう。


 ゲルゼルは俺に、鬱陶しい羽虫を見るような目を向けてくる。


「テメェに用はねぇんだよ雑魚が。退いてろ。その女はテメェにはもったいねぇ」


「断ります。あなたの指図に従ういわれはありません」


 俺は相手を睨み返した。

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