第280話 神槍の勇者
人魚族の戦士たちとともに海底都市に帰還すると、集落の人魚たちが不安げな表情で出迎えてきた。
それを見て、人魚族の王は高らかに語る。
「皆よ、安心してほしい! 我らを脅かさんとするすべての脅威は潰えた! サハギンどもは打ち倒され、かつてこの海を恐怖に陥れた魔獣クラーケンも滅ぼされたのだ!」
その王の言葉を聞いて、不安げだった集落の人魚たちは、わっと喚声をあげ喜んだ。
男女で抱き合う者、子供を抱きしめて嗚咽する者、様々だ。
王は手を上げて、人々に静まるよう示唆する。
集落の人魚たちは一度静かになって、次なる王の言葉を待った。
王は再び、朗々と語る。
「この平和のときは、命を懸けて勇敢に戦ってくれた我が部族の戦士たち、そして何よりも、彼らヒト族の勇者たちの働きがあってこそ迎えることができたのだ。わしは彼らヒト族の勇者たち──ダイチ、カザネ、ホタルに心よりの感謝を伝えたい! 皆からも彼らを讃えてほしい!」
人魚族の王は、俺たち三人を矢面に立たせてきた。
集落の人魚たちの注目が、俺たちに集まった。
「ありがとう! 勇者ダイチ、カザネ、ホタル!」
集落の人魚の一人が、そう声をあげた。
それを皮切りに、人魚たちは合唱するように俺たちの名前を連呼しはじめた。
ダイチ! カザネ! ホタル!
ダイチ! カザネ! ホタル!
「ううっ、恥ずかしいよ、大地くん……」
「こ、こういうのは、先輩が代表して讃えられるといいっす」
「そうだよ。大地くんが私たちのリーダーなんだから。──皆さーん! 彼が私たちのリーダー、大地くんです!」
「讃えるなら先輩の名前を呼んであげてほしいっす!」
「ちょっ、お前ら」
二人に背中を押されて、俺が前に立たされた。
集落の人魚たちは、一度は不思議そうな顔をしたが、やがて空気を読むようにして俺の名前を連呼しはじめる。
──ダイチ! ダイチ! ダイチ!
俺は喚声の滅多打ちにあった。
恥ずかしくて死にそうだ。
くそっ、覚えてろよ後ろの二人。
あとでめちゃくちゃにしてやるからな。
しばらくしたところで、人魚の王が再び手をあげて場を静めた。
気が付くと、王女フェルミナも王のそばにいた。
ゲラルクさんが別働で、隠れていた洞窟から連れてきたのだ。
王は再び、集落の民に向かって訴える。
「わしは思うのだ、彼ら三人のヒト族の勇者は、海神ウォルニスによって遣わされた救いの手であると。そしてわが娘フェルミナは、彼らにこう約束した。我らに助力をしてくれれば、必ずふさわしい報酬を支払うのだと。そう、部族の王であるわしの許しも得ずに、勝手にな」
王はそう言って、それが冗談であることを示すかのように笑った。
フェルミナが「ちょっと、お父様! だってあのときは、しょうがないでしょ!」と食ってかかる。
集落の民の間に笑いがもれた。
それから王は、再び場が静まるのを待ち、今度は手にしていた槍を集落の民に向かって高らかに示した。
その槍は、神槍──「海神ウォルニスの槍」だ。
クラーケン討伐を終えて、俺が人魚族の王に返却したものである。
「この神槍は、かつて我らが部族の英雄王の手にあったと言われる秘宝である。今日では災厄の魔獣クラーケンを封印するため、封印の洞窟の奥にて眠っていたものだ。そしてかの災厄の魔獣は倒された、ここにいる勇者たちの手によって! ゆえにわしは、この神槍を海神ウォルニスの御使いに委ねようと思う。皆よ、どう思う!」
集落の人魚たちは、一瞬きょとんとした。
だがすぐに、自分たちが王から問われているのだと分かって、周囲の人々と顔を見合わせはじめた。
やがて一人の人魚が叫んだ。
「賛成だ! その神槍は、彼らにこそふさわしい!」
その声を皮切りに、次々と賛成の声があがった。
やがて満場一致とばかりに、人々の声が唱和する。
結論は出たと、王は再び場を静める。
それから俺に向かって、槍を差し出してきた。
「ヒト族の勇者ダイチよ、この神槍を受け取ってほしい」
「え、あ……はい。ありがたく使わせていただきます」
俺は、可能な限り恭しく──卒業証書授与ぐらい──神槍を受け取った。
集落の人々から喚声があがった。
勇者ダイチを讃える声が、再び巻き起こる。
えーっと……この神槍をもらえるのはめちゃくちゃ嬉しいんだけど、いいのかなこれ。
俺、一瞬だけど邪悪なことを考えてましたよ?
わりと邪悪ですよ? いいの?
いいか。黙っていればバレなさそうだ。
そうして人魚族の人々から賞賛を受け、神槍を受け取った俺たち。
あとはちょっとした話の後に、解散の流れとなった。
俺たちはその後、少しの間だけ海底都市を観光させてもらってから、集落を去ることにした。
別れ際にもう一度、王女フェルミナとその護衛ゲラルクさんが見送りにきてくれた。
「ダイチさん、カザネさん、ホタルさん。私たちを助けてくれて、本当にありがとう。皆さんが来てくれなかったら、今頃どうなっていたか」
「私からも、あらためて礼を言わせてほしい。本当にありがとう、ヒト族の勇者たち」
「はい、こちらこそありがとうございました。フェルミナとゲラルクさんも、お元気で」
「あと二人とも、お幸せにね♪」
「そうそう。二人とも元気でよろしくやるっすよ。にひひっ」
風音と弓月に茶化されて、気まずそうな顔をして頬を赤らめるフェルミナとゲラルクさん。
小型化状態のグリフォンが「クピッ、クピィーッ♪」と鳴きながら、水中をパタパタと泳ぎ回っていた。
それから俺たちは二人とも別れを告げて、海底都市をあとにした。
レベッカさんともども人魚岩まで戻って、ボートで港町バーレンへと帰還する。
その頃には、すっかりと夜の帳が下りていて、俺たちは街の灯りを目指してボートを漕ぐことになった。
一時間ほどボートを漕いで、港町バーレンの波止場に到着する。
船乗りにボートを返却してから、レベッカさんは俺たちを集めて、その前に立った。
「いやぁ、とんでもない冒険になっちゃったけど。これで少年たちに依頼したクエストは達成だね。はいこれ、約束の報酬。お疲れちゃーん」
レベッカさんが俺に、報酬入りの巾着袋を渡してくる。
その横では、弓月がこんなことを口にする。
「あー、そういえばそんなのあったっすね。いろいろ大変なことがあったから、すっかり忘れてたっす」
「え、ホント? しまったー、言わなきゃよかった。そしたら報酬払わずに済んだのに」
「冒険者ギルドでブラックリスト入りしたければどうぞ」
風音がにっこり笑って言うと、レベッカさんはわたわたと慌てる素振りを見せる。
「ご、ごめん、今のなし! ていうか、ちゃんと報酬払ったからセーフ! セーフだよね! ね、少年?」
「分かりました。この場で土下座したら許してあげます」
「そこまで!? うぐぐぐぐっ……!」
「いや、冗談ですから。やらなくていいです」
悔しそうにしながら土下座しそうになったレベッカさんを見て、俺たちはまた笑ってしまった。
ちなみにこの段階で、ミッションも達成と判定されたようだ。
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ミッション『Sランククエストを1回クリアする』を達成した!
パーティ全員が30000ポイントの経験値を獲得!
新規ミッション『Sランククエストを3回クリアする』(獲得経験値80000)が発生!
弓月火垂が49レベルにレベルアップ!
現在の経験値
六槍大地……1496254/1573489(次のレベルまで:77235)
小太刀風音……1364146/1417965(次のレベルまで:53819)
弓月火垂……1440071/1573489(次のレベルまで:133418)
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その後、レベッカさんとは街の食堂でともに夕食を取ってから、解散の運びとなった。
なおレベッカさんは別れ際に「あの、今夜一晩だけでいいから少年を貸してほしいなーなんて……いえ、何でもないです」などと言って、風音の
それから俺たち三人は、街の少しお高めの宿でいつものように三人一緒の部屋を取った。
そして楽しくも心地の良い夜を過ごし、翌朝を迎える。
宿から外に出ると、さんさんと降り注ぐ朝日に目を細める。
元の世界への帰還まで、あと73日。
なおこの後、ふと思い立ってダンジョンの妖精二号の店に行ってみると、入り口の扉に「店じまい」と書かれた掛札がかかっていたことを付け加えておく。
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