第279話 戦いの後

 俺が放った【三連衝】は、瀕死のクラーケンの体を過たず穿った。

 災厄の魔獣は、その身を黒い靄にして消滅していき、あとには大きな魔石が残る。


「か、勝った……」


 脳内でピコンッとミッション達成の通知音が鳴ったが、今はそれもどうでもいい。


 俺はクラーケンの魔石を拾いつつ、あたりを見回す。


 十人ほどいる人魚族の戦士たちは、その全員が動かなくなっていた。

 そして、もう一人──


「風音!」


 俺はすぐ近くに、ぐったりとして動かなくなった相方を見つけて、慌てて泳ぎ寄った。

 胸に手を当てる。息はあるようだ。


「先輩! 風音さん、大丈夫っすか!?」


 弓月も慌てた様子で泳ぎ寄ってきた。

 勢い余って俺にぶつかってきたので、抱きとめる。


「ああ、息はある。大丈夫だ」

「よかったぁ……」


 ぐるりと見回すと、動けるのは俺と弓月、それにグリフォンだけのようだった。


 ステータスを確認すると、俺のHPが残り64、グリフォンが残り72だった。

 これにも背筋が凍りそうになった。


 俺はともかく、グリフォンはHPが0になったら消滅してしまう。

 結果オーライだったが、何か一つでも歯車がズレていたらと思うと……。


 ともあれ、俺は意識を失った人たちを全員一ヶ所に集めて、傷が癒えるまで【エリアアースヒール】を連続行使した。


 全員のHPが全快したことを外傷から確認、安堵する。

 これであとは、時間さえ待てば意識を取り戻すはずだ。


 意識を失った人たちを海底都市まで曳行していこうかとも考えたが、ちょっと人数が多すぎる。

 俺たちはその場で、彼ら彼女らが回復するまで待つことにした。


 その間に、弓月に頼んで俺の手にある神槍を【アイテム鑑定】してもらった。

 すると鑑定を終えたらしき弓月が、半笑いになった。


「は、ははっ……何すかこれ。強いわけっすよ。めちゃくちゃな性能っす」


「ほう。具体的には?」


「アイテム名は『海神ウォルニスの槍』、攻撃力+65、特殊効果は装備者の筋力+5、敏捷力+5、魔力+5、防御力+15、魔法防御力+5、水属性魔法魔力+10っす」


「うっわぁ……。確かにめちゃくちゃだな」


 ちなみに俺がもともと装備している槍「アルシェピース」の性能は、攻撃力+28だ。

 これでも金貨170枚、すなわち170万円相当の店売り最上位品である。


 ヤバい、欲しすぎるぞ、「海神ウォルニスの槍」。

 このままこっそり俺のものにできないかな……。


 いや、無理か。

 かつて人魚族の英雄が手にした武器で、部族で代々言い伝えて祭っていた感じのアイテムだし。


 まあ戦力的には、人魚族の戦士たちを蹴散らして奪い去ることもできなくはないが……いやいやいや、何を考えている。邪悪邪悪。邪悪退散。


 ちなみに先刻のミッション達成の通知だが、内容はこんな具合だった。


───────────────────────


 特別ミッション『クラーケン(不完全体)を討伐する』を達成した!

 パーティ全員が150000ポイントの経験値を獲得!


 ミッション『クラーケンを1体討伐する』を達成した!

 パーティ全員が200000ポイントの経験値を獲得!


 新規ミッション『ヤマタノオロチを1体討伐する』(経験値250000)が発生!

 新規ミッション『フェンリルを1体討伐する』(経験値300000)が発生!

 新規ミッション『ベヒーモスを1体討伐する』(経験値350000)が発生!


 六槍大地が49レベルにレベルアップ!

 小太刀風音が48レベルにレベルアップ!

 弓月火垂が48レベルにレベルアップ!


 現在の経験値

 六槍大地……1466254/1573489(次のレベルまで:107235)

 小太刀風音……1334146/1417965(次のレベルまで:83819)

 弓月火垂……1410071/1417965(次のレベルまで:7894)


───────────────────────


 完全復活でなかったのに、通常のクラーケン討伐判定まで入ったらしい。


 特別ミッションの15万ポイントと合わせてトータル35万ポイント獲得という意味不明の莫大経験値で、全員が一気に2~4レベルのレベルアップだ。

 うめぇ……。


 いやまあ、それに匹敵するかそれ以上にヤバい山だった気もするし、うめぇっていうのもちょっと違う感じもするが。


 あと俺の経験値がいつの間にか弓月を上回っていた。

 クラーケンの撃破経験値だろうが、ずいぶん入ったな。


 さておいて、そのまま待つことしばらく。


 最初に意識を取り戻したのは、今回の事件の元凶──は言いすぎだが、サハギンに捕まってここまで連れてこられていたレベッカさんだった。


「あれ……ここは……? おー、少年じゃん。どうしてここに。どゆこと?」


 相変わらず能天気な自称冒険家である。

 助けに来なければよかったかな。


 俺はなんとなく、レベッカさんの頭側面に両こぶしを当て、ぐりぐりとやった。

 俗に言う「うめぼし」という技である。


「痛い痛い痛い痛いっ! ちょっ、少年、何すんの、痛いよ!」


「いや、ちょっとイラッとしたもので」


「いいっすよ先輩、もっとやれっす。レベッカさんは少し痛い目を見たほうがいいっす」


「ううっ……なんだか分かんないけど、あたしの扱いひどくない? あたしだって結構ひどい目に遭ったんだよ? 槍でお腹刺されてぐりぐりされたり、サハギンの卵を産まされそうになったり」


「それはご愁傷様ですけど、俺たちそれ見てないんで」


「ひどい!」


 一同に笑いが漏れる。

 弓月とは違う意味でムードメーカーだなこの人。


 それからしばらくして、人魚族の戦士たちも次々に意識を取り戻しはじめた。

 そして、風音も。


「あ……れ……? 大地くん、私、どうして……」


「風音!」


 俺は目覚めた風音に抱きついて、その体を強く抱きしめた。

 風音もまた、俺をやんわりと抱き返してくる。


「あー……そっか、私、クラーケンにやられたんだ……」


「よかった、風音……! ごめん、いつも危険な役回りをさせて」


「もう、何言ってるの。大地くんと一緒なら、どこまでも行くって言ったよ私? 大丈夫、ずっと愛してるよ、大地くん」


 風音は俺の頭を、子供によしよしするようになでてきた。

 こうやって子供扱いしてくるのも風音らしくて、心地よく思える。


 と、そこにさらに弓月が、俺たち二人を包むようにしてべたーっと抱き着いてきた。


「そろそろ二人だけのイチャラブタイムは終わりでいいっすか? うちも混ぜてほしいっす。羨ましいっすよ」


「そうだね。じゃあ火垂ちゃんも一緒」


「ああ、弓月も一緒だ」


 風音が弓月を一緒に抱いて、俺も弓月を一緒に抱いた。

 お団子状態完成。


「クアッ、クアーッ!」


「グリちゃんが仲間外れにするなって言ってるっす」


「あははっ。じゃあグリちゃんも一緒」


 結果、今度はみんなでグリフォンに抱き着くことになった。

 何だこれ?

 なお例によって、人魚族の戦士たちからどう思われているかは気にしないことにする。


 そうして、全員が意識を取り戻してから、俺たちは海底都市へと帰還した。

 今度こそ、本当の凱旋だな。

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