第278話 クラーケン

 封印解除後の「無敵状態」が解け、魔獣クラーケンがついに動き出した。


 海中の洞窟内で、幾多の長大な触手がうねり、のたうつ。

 タコともイカともつかない本体も、転がってひっくり返って蠢いてと、まったく予測のつかない奇妙な動きを見せる。


 しかもその動きは、あの巨体から想像されるような緩慢なものではない。

 獲れたての生きたタコの動きを何倍速にも早送り再生したかのような、見ていると脳がバグりそうな速度で動き始めたのだ。


「な、何すかあれ、キモッ! 照準が定まらねぇっすけど──フェンリルアロー!」


 クラーケンへと接近する俺と風音の間を、弓月が放ったエネルギーの矢が瞬速で過ぎていく。

 その一射は魔獣の巨体に激突し、氷柱の華を咲かせ、砕け散った。


「うっし! ダメージ200以上! ちゃんと通るっすよ!」


 手ごたえありという弓月の声。

 最大HPは1800と言っていたから、一撃でずいぶん削れたことになる。


 散々ビビらされたが、いざ戦ってみればそれほどでもない……か?

 いずれにせよ、向こうに下手に動かれないうちに一気に畳みかけたい。


 俺と風音、グリフォンは、魔法の炎をまとった武器や鉤爪を携え、巨大モンスターに向かって一息に距離を詰めていく。


 ちなみに、俺は接近戦に参加するかどうか少し迷ったのだが、考えた末に攻め手に出ることに決めた。


 というのも、神槍が俺の手に委ねられたことが大きい。

 これを受け取っておいて、後衛で悠長に回復役はないだろう。


「私たちも行くぞ!」

「「「うぉおおおおおっ!」」」


 俺たちとほぼ同時に、十人ほどいる人魚族の戦士たちも動いており、槍を手にクラーケンへと殺到していく。


 だがそのとき、クラーケンの数多ある触手が、一斉にスキルの輝きを帯びた。

 直後、それらが荒れ狂うように激しく振り回される。


 嵐のごとき触手の乱舞撃は、俺たちと人魚族の戦士たちの行く手を遮り、その支配領域に侵入した者たちを無差別に打ち据えた。


「ぐわぁああああっ」

「がはっ!」


 人魚族の戦士たちの何人かが、大きく吹き飛ばされた。


 俺もまた、振り回される触手の一撃を受けた。

 ものすごい勢いの丸太に横殴りにされたような衝撃が胴に来て、防具効果や【プロテクション】による不可視の防御に守られながらも、小さくないダメージを負った。

 どうにか吹き飛ばされることなく踏ん張ることはできたが、あと五、六発も貰ったらHPがもたないだろう。


 触手の嵐を切り抜けて本体に接近することができたのは、俺、風音、グリフォンに加えて、人魚族の戦士が四人だけだった。

 その四人の中には、人魚族の王とゲラルクさんが混ざっている。


 触手たちが攻撃の手を休め、意味のない動きを見せている。

 あの乱舞撃を、絶え間なく放ち続けることはできないのかもしれない。


「くらえ、悪魔め!」

「不完全体ならば!」


 人魚族の戦士たちが、今が好機とばかりに攻撃を仕掛ける。

 幾本かの槍が、魔獣の体に突き立てられた。


 だがクラーケンの堅い皮膚に阻まれて、肉に食い込んだのは槍の穂先のわずかな部分だけだった。


「くっ、硬い……!」

「ひるむな、少しでも打撃を与えるのだ!」


 予測のつかない動きで暴れ回るクラーケンに振り回されながら、どうにか槍を引き抜き、隙を見て再び突き立てようとする人魚族の戦士たち。


 そして俺たちもまた、クラーケンに攻撃を仕掛けていた。


「当たれよ──【三連衝】!」

「やぁあああああっ!」

「クアーッ!」


 炎をまとった武器による合計七連撃が、瞬時の間に叩き込まれる。


 俺の神槍による三連撃は、一撃一撃が人魚族の戦士たちのそれと比べて何倍も深く巨大魔獣の体を穿ち、同時に炎による損傷も与えた。

 風音とグリフォンによる攻撃も、それぞれに小さくない打撃を与えたようだった。


「半分近くまで削れたっす! 行けるっすよ──フェンリルアロー!」


 後輩の声とともに、二発目の氷の矢が着弾する。


 初撃で吹き飛ばされた人魚族の戦士たちも、再び向かってきて攻撃を仕掛けようとする。

 俺もまた、二手目の攻撃を仕掛けようとした。


 だがそのとき、クラーケンの全身がバチバチと激しく帯電した。

 次の瞬間、稲妻が嵐となって、あたり一面にほとばしる。


「「「うわぁあああああっ!」」」


 人魚族の戦士たちの悲鳴、ばかりではない。

 風音や弓月の声も混ざっていた。


 この稲妻が弓月のところまで届いているとすれば、ほとんど画面全体攻撃という感じだろうか。


 無論、俺も稲妻によるダメージを受けていた。

 全身が痺れ、焼き切られるような衝撃に襲われる。


 俺はそれでも致命傷ではない。

 だが人魚族の戦士たちの大半が、稲妻の嵐が収まった後、ぐったりと動かなくなったようだった。


「風音、弓月、大丈夫か! ──【三連衝】!」


 事態を完全には把握しきれない中、俺はクラーケンに向かって突進し、必死に攻撃を仕掛ける。


 弓月の報告によれば、クラーケンの残りHPは五割を下回っているはずだ。

 下手に回復を考えるより、一手でも早く撃破を狙った方がいいと判断した。


 怪物の尋常ではない動きと速度に翻弄され、危うく攻撃を外しそうになったが、かろうじてヒットを与える。

 炎をまとった神槍が、ガガガッと、魔獣の体を激しく穿った。


 今の俺はおそらく、この場にいる全員の中で最大火力だ。

 手ごたえはあった。

 だが魔獣はまだ動きを止めない。


「このぐらいなら、まだ大丈夫! はぁああああっ!」

「こっちも生きてるっすよ! フェンリルアロー! ──げぇっ、外した!?」

「クァアアアアッ!」


 仲間たちの声が聞こえてくる。

 一安心だが、珍しく弓月がフェンリルボウによる攻撃を外したようだ。


 って、この状況でそのミスは、結構痛くないか?

 いや、弓月を責めてもしょうがない。切り替えろ。


 クラーケンの触手が、スキルの輝きを帯びる。

 アレが来る、と思った次の瞬間には、触手の暴力が吹き荒れていた。


「くっ……! うぁあああああっ!」


 風音の悲鳴が聞こえてくる。


「ぐっ、がっ、がはっ……!」


 俺もまた、ほとんど同時に三方から激しく打ち据えられていた。

 HPが凄まじい勢いでえぐり取られていくのが分かる。


 あと一発か二発もらったらまずい、というところで触手の動きが止まった。

 どうにか耐えきったみたいだ。


 風音はどうなった?

 分からない。視野が狭くなっている。悲鳴は聞こえた。


 俺の目前には、攻撃後の無防備な姿を晒した災厄の魔獣。見たところかなり弱っている。

 俺の手には、燃え盛る神槍。


 おそらくあと一発、【三連衝】を叩き込めれば落とせると思う。

 だけど万が一、これを外したらどうなる……?


 回復に回るか?

 いや、悪手だ。この大火力を相手に悠長に回復なんかしたって焼け石に水、あっという間に押し切られる。


 やれ、攻めるしかない──!


「落ちろぉおおおおっ! 【三連衝】!」


 俺はクラーケンに向かって突進すると、右手の槍にスキルの力を宿らせ、渾身の三連撃を放った。

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