第276話 サハギン王との激突
俺たちは四本腕のサハギンと、王宮内の出口前ホールで遭遇した。
王宮の出口に姿を現したそいつの傍らには、彼が【テイム】しているのであろうサメ型モンスターが一体と、別のサハギンが二体。
見たところ、ローブ風の黒衣をまとっているという女サハギンの姿はない。
俺たちは王宮の出口がある大ホールの反対側にいて、彼我の距離は、魔法等の遠隔攻撃射程の外ギリギリといったところだ。
四本腕のサハギンは、俺たちの姿を見て、その魚顔を不愉快そうに歪める。
「あぁん、何だこの状況は? 人魚族の
四本腕は俺、風音、弓月のほうを見据えて、スッと目を細める。
そして次の瞬間には、その口元をニヤリと歪めた。
「くくくっ……面白いのがいるようだな。そこのヒト族三人、大したプレッシャーだ。蹂躙し甲斐のある強者と見たぞ?」
「風音、弓月、まずは遠隔攻撃でできるだけ削るぞ」
「了解」
「うちの領分っすね。任せろっす」
四本腕の言葉には答えずに、二人の相棒に指示を出し、俺自身も魔法発動のために体内の魔力を高めていく。
やはりあの四本腕は、危険な相手だ。
対峙しても実力が計り知れない。
ダークエルフの英雄、ユースフィアさんと初めて遭遇したときと似たような印象だった。
四本腕のサハギンは、なおも俺たちに興味津々という様子で語りかけてくる。
「お前たちが何者で、なぜここにいるかは知らん。だが雑魚ばかりで飽いていたところだ。お前たちも屈服させ、メス二人には俺様の卵を産ませてやろう。光栄に思え!」
そして長い舌でべろりと舌なめずりをしてから、四本の槍を構えて突進してきた。
サメ型モンスターと残り二体のサハギンも、それに続く。
有無を言わさず、さっそくの戦闘か。
だがこっちも話し合いが通じる相手だとは思っていない。
相手が遠隔攻撃の射程内に無造作に入ってきたのを見計らって、一斉攻撃を開始した。
「グリフォンはあのサメを止めろ! 【ロックバズーカ】!」
「斬り裂け! 【ゲイルスラッシュ】!」
「凍てつかせろっす! フェンリルアロー!」
こちらに向かって突進してくる四本腕のサハギンに向かって、三人で最大火力の遠隔攻撃を放つ。
三つの攻撃がターゲットに向かって高速で
覚醒者同士の戦いは、互角の実力者同士であっても、最初の一手や二手で決着がつくことが十分にあり得る。
ボス格のモンスターと比べると、双方ともにHPが低く、それに比して攻撃力が大幅に高いケースが少なくないからだ。
例えば、俺の【三連衝】や弓月のフェンリルボウは、そうした特大火力攻撃の筆頭と言える。
風音の【二刀流】だって攻撃力重視の戦闘スタイルだが、それが霞むぐらいの高威力である。
もちろん双方が防戦的に戦えば、お互い攻撃をなかなかヒットさせられずに長期戦になることもあるのだが、どちらも前のめりなら短期決戦が見込まれる。
ゆえに、相手が前のめりに突進してくるこの状況下では、遠隔攻撃で最初の一手をぶち込めるのは非常に大きなアドバンテージであると言えた。
傲慢ゆえの油断か、それとも。
いずれにせよこの勝負、かなり有利に進められる──そう思ったときだった。
四本腕のうち二つの腕が、その手の武器ともどもスキルの光を帯び、異常な速度で閃いた。
「なっ……!?」
俺は思わず驚きの声を上げていた。
俺が放った【ロックバズーカ】と、弓月が放ったフェンリルボウによる氷の矢が、衝撃音とともに槍と衝突。
一瞬の後、俺の【ロックバズーカ】は嘘のように消滅していたのだ。
一方で弓月のフェンリルボウから放たれた氷の矢は、威力を減殺された様子はありながらも、サハギン王の胴に命中して氷華を咲かせた。
さらに風音の【ゲイルスラッシュ】は槍で弾かれることなく、そのまま直撃した。
サハギン王の全身をつむじ風が覆い、風刃がその身を切り裂いていく。
あの槍を使った防御技、スキルの一種だろうと思うが、どういう効果だ?
一定確率で発動、かつ減殺できる攻撃の威力にも制限がある、といったところだろうか。
いや、だとしてもクッソ強いが。
初手で大打撃を与えられる予定が、その威力を激減されてしまった。
この影響はあまりにも大きい。
「ぐぬぅううううっ、何だこのバカげた威力は! 小癪な!」
サハギン王は攻撃のダメージを蹴散らし、そのまま突進してくる。
向こうも想定外のダメージのようだ。
おそらくフェンリルボウの威力に困惑しているのだと思うが。
とはいえ、俺たちの最初の一手はこれで打ち止めだ。
こちらの遠隔攻撃の二射目よりも、向こうが近接攻撃を仕掛けてくるほうがわずかに早いはず。
一秒を数倍にも感じる体感時間の中で、まずいな、と直感する。
覚醒者同士の戦いは、双方とも攻撃力に対してHPが低いから、短期決戦になりやすい──この道理は、当然ながら俺たちが攻撃を受ける際にも当てはまる。
「弓の小娘、まずは貴様から仕留める!」
恐ろしい速度で突っ込んでくるサハギン王は、そのターゲットを弓月に定めたようだ。
遠隔攻撃の威力だけ見れば、最大火力は明らかに弓月だから、当然の動きと言える。
「弓月、下がれ!」
「わ、分かってるっす!」
俺は貝殻状の盾を構えて、弓月をかばうように前に出る。
風音もまた弓月を守るように、俺の隣についた。
だが問題は、俺や風音にやつの一連の攻撃を凌げるか、ということだ。
あの四本の槍、おそらくは風音の【二刀流】と同質のものだろう。
四本の武器を同時に操り、一瞬で四回攻撃を仕掛けてくる類の代物。
しかも相手はこちらより格上だから、土台の攻撃力も当然に高いだろう。
それに加えて、覚醒者と覚醒者の戦いの特性。
つまり──やつと近接戦闘距離で交錯した瞬間、俺や風音は一瞬でHPをすべて刈り取られる可能性もあるのではないか。
その瞬間、俺の脳裏に、この戦いに負けるイメージが浮かんだ。
俺がやつの一手で、瞬殺的にHPを削り切られる。
俺の意識はブラックアウト。
残った二人では敵のHPを削り切れず、あっという間に風音が叩き伏せられ、次いで弓月までもが落とされる。
それでゲームエンドだ。
そうなれば──
くそっ、バカな想像をしているんじゃない。
さっき二人と、絶対に生きて帰るんだと約束したばかりじゃないか。
俺が一撃で落とされなければいいんだ。
集中しろ。
やつの動きをよく見て、盾による防御を駆使すれば──
だが、そのときだ。
俺にとって、良い意味での想定外が起こった。
「うぉおおおおおおっ!」
「ヒト族の戦士たちは希望だ! 絶対に守り抜け!」
人魚族の戦士たちのうち何人かが、サハギン王に打ちかかったのだ。
さしものサハギン王も、この手勢を完全に無視することはできない。
彼は突進の動きを阻まれることになった。
「ぐっ……! 雑魚どもが、邪魔をするなぁああああっ!」
「がはっ……!」
「ぐぅううううっ……! だが、時間は稼いだぞ……!」
打ちかかっていった戦士たちのうち二人が、それぞれサハギン王の二本の槍に貫かれて、ぐったりと力を失う。
サハギン王は槍を引き抜き、別の人魚族の戦士たちに槍を向けていく。
その戦いは、サハギン王にとっては鬱陶しい羽虫を払うようなものだったのだろう。
だがそれは、彼にとっては致命的な羽虫となった。
「【ロックバズーカ】!」
「【ゲイルスラッシュ】!
「フェンリルアロー!」
人魚族の戦士たちが身を挺してサハギン王の足止めをしてくれている間に、俺たちは立て続けに遠隔攻撃をぶつけた。
その何割かは例の防御スキルで弾かれたり威力を減殺されたりしたが、当然ながらすべてを防ぎきることはできない。
また人魚族の戦士たちの攻撃も、まったく意味がないわけではなく、わずかだがダメージを与えていく。
多勢に無勢。
卑怯といえば卑怯だが、構うものか。
つまりこの戦いは、この状況──俺たち三人を含んだ圧倒的多勢でサハギン王を相手取れる状況が作れた時点で、はなから勝負がついていたのだ。
「くそっ、くそぉおおおおおおっ! この俺様が、こんな、こんな雑魚どものせいで──! ふざっ、ふざけるなぁあああああっ! ぐわぁあああああっ……!」
サハギン王の耐久力も、無尽蔵ではない。
十数秒の奮闘の後に力尽き、白目をむいた姿で動かなくなった。
その頃には、ほかの二体のサハギンとサメ型モンスターも、グリフォンや別の人魚族の戦士たちの攻撃によって打ち倒されていた。
「「「うぉおおおおおおっ! サハギンどもを討ち取ったぞぉおおおおっ!」」」
人魚族の戦士たちは
俺と風音、弓月の三人もハイタッチと抱擁で勝利を祝い、戻ってきたグリフォンにもよくやったと撫でてやった。
だが、「司祭」と呼ばれる黒衣の女サハギンの姿がない。
レベッカさんもまだ見付かっていない。
俺たちと人魚族の戦士たちは、勝利の余韻に浸る時間もそこそこに、王宮を出て封印の間があるという海底洞窟へと向かった。
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