第274話 王宮突入

 身近にいた人魚たちから手早く話を聞いたところ、重要な情報を得ることができた。


 曰く、サハギン王をはじめとした数体のサハギンが、少し前に集落を出て、遠くのほうへと向かって泳いでいったとのことだ。

 また、どうやら人魚族の王族や戦士たちが、王宮の地下牢に囚われているらしいとの話も聞けた。


 これは千載一遇のチャンスだ。

 俺たちは集落の中ほどにある王宮へと急行した。


 集落を出ていったというサハギン王は、いつ戻ってくるかも分からないとはいえ、現在はこの集落内にいない。

 地下牢に囚われた人々を救出するには、これ以上ない絶好の機会だ。


 全速力で泳いでいくと、王宮前にはすぐにたどり着いた。

 巨大な巻貝の形をした王宮は、目前で見ると圧倒されるほどの途方もない大きさだ。


 だがゆっくりと観光を楽しんでいる場合でもない。

 俺たちはゲラルクさんの案内で、王宮の正面入り口から突入した。


「ギャギャッ!? お、お前たちは──ぐわぁあああああっ!」


 正面口には門番よろしく一体のサハギンがいたが、これは当然、難なく撃破。

 障害にもならない障害を突破して、王宮内へと侵入する。


 王宮の内部は、これまた巻貝の内側を思わせる有機的なデザインのものだった。

 ただし階や部屋を分ける間仕切りがあって、そういった意味では普通の塔に近い。


 上階へ続くと思われる通路もあったが、俺たちはゲラルクさんに従って、それとは別の地下牢へと続く道を泳いでいく。


 巻貝の外延部に沿った螺旋状の通路を緩やかに下っていくと、やがて目的の地下牢へとたどり着いた。


 地下牢には四つの房があり、そのうち三つに、全部で十数人の人魚たちが囚われていた。

 いずれも海藻で縛られ、ろくに身動きも取れない状態にされている。


 もう一つの房には誰も囚われておらず、珊瑚製と思われる格子状の扉が開かれたままの状態だった。

 なお、サハギンの姿はどこにも見当たらない。


「陛下、ご無事で何よりです」


 ゲラルクさんが、奥の牢に囚われていた壮年の人魚に話しかける。

 どうやら彼が人魚族の王のようだ。


「おおっ、ゲラルク! どうやってここに。フェルミナはどうした? いや、それよりも──」


「陛下、失礼ながら、積もる話は後に。あの四本腕のサハギンが、いつ戻ってくるか分かりません。まずはここから脱出を」


「む、そうだな。だが牢の鍵はやつらの手にある。この格子を破れるか、ゲラルク」


「やってみます」


 ゲラルクさんが槍を使って、人魚族の王が囚われている房の珊瑚の格子に攻撃を仕掛けていく。


 鉄格子代わりの珊瑚は相当に硬いらしく、一度の攻撃では破れなかった。

 だが二度、三度と攻撃を仕掛けていくうちに、端が欠け、ヒビが入り始める。


 それを見て、俺と風音もまた自らの武器を使い、それぞれに別の房の格子を破壊しようと試みた。

 弓月は【ファイアウェポン】を使い、俺たち三人を援護する。


 珊瑚の格子を攻撃するたび、ガンガンと大きな音が立つ。

 サハギン王はいつ戻ってくるか分からない。

 不安が募る中、俺たちは珊瑚の格子を絶え間なく攻撃し続けた。


 やがて俺と風音の担当した格子が先に破壊され、人ひとりが通れるほどの穴を作ることに成功した。

 次いでゲラルクさんが担当した格子も、同様にその一部が破壊される。


 俺はできた穴をくぐって房の中に入り、中の人魚たちを拘束する海藻を千切って回った。

 この海藻も相当に強固だったが、槍の穂先を使えばどうにか切ることができた。


 俺が助けたのは、人魚族の戦士たちのようだった。

 そのうちの一人が、声をかけてくる。


「解放してくれたこと、心より感謝する。だがキミたちは一体……。あそこの牢に囚われていたヒト族の仲間か?」


 彼はそう言って、空きの牢を指さした。


 聞き捨てならない情報だ。

 ここに囚われていると思っていたレベッカさんの姿が見当たらない。


「あそこにヒト族が囚われていたんですか? それは女性? このぐらいの背丈で、明るい茶髪をショートカットにした、楽天的な感じの」


「ああ、おそらくその人物だ。『司祭』と呼ばれる黒衣の女サハギンに連れていかれたのだが」


「『司祭』? 『黒衣の女サハギン』ですか? 連れていかれたって、どこに」


「分からない。四本腕のサハギンが出ていってから少しして、そのヒト族の女性を気絶した状態のまま連れて出ていったのだ」


「その女サハギンを、すぐに追わねばならん!」


 話の腰を折るようにそう叫んだのは、人魚族の王だった。

 ゲラルクさんに拘束を解かれながら、人魚王は焦りを隠せない声で訴える。


「やつは扉を開くための『合言葉』を知っていたのだ! 『槍』が引き抜かれることは、絶対にあってはならん! このままでは、すべてが終わってしまうぞ!」


「あー、人魚のおっちゃん、何言ってるか分かんねーっすよ。少し落ち着いて喋るっす」


 人魚王の言葉足らずな物言いに、その隣で王妃らしき女性の拘束を解いていた弓月が冷静なツッコミを入れる。

 王様をおっちゃん呼ばわりは、さすがは弓月といった感じだが。


 弓月が言うとおり、俺たちには人魚の王が何を言わんとしているのかよく分からない。

 ひどく焦っていることだけは伝わってくるのだが。


 頭上に疑問符を浮かべる俺たちに対して、人魚の王はなおも焦りを孕んだ様子で、こう叫んだ。


「かの扉の奥に、確かに『槍』はある。だがあの神槍は、かつてこの海を地獄へと変えた災厄の魔獣を封印しておるのだ! あの槍が引き抜かれることだけは、絶対にあってはならんのだ!」

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