第272話 決断
三体のサハギンを倒した俺たちは、救出した人魚を連れて、フェルミナとゲラルクさんが待っている洞窟へと戻った。
傷を負った人魚の女性を見て、ゲラルクさんはすぐに洞窟を飛び出していった。
少しして二種類の海藻を手に戻ってくると、それらを使って応急手当を始める。
海藻のうち一つは薬効のあるもの、もう一つは縛るのに使うものだという。
応急手当を終えたゲラルクさんは、ひとまずこれで命に別状はないだろうと告げる。
そしてあらためて、サハギンたちへの怒りをあらわにした。
覚醒者が使う治癒魔法は、覚醒者の力を持った者やモンスターにしか効果がない。
HPポーションなども同様だ。
一般人が傷を負ったら、容易くは治せない。
強力な薬効を持つ薬草があるだけ、俺たちの世界より幾分かマシではあるが。
海藻の薬効により、やがて患者はうとうとと眠りについた。
その後、俺たちはゲラルクさんから、どうやって人質を救出したのかを問われた。
俺は、俺たちが限界突破をしていることを含めて、洗いざらい話した。
今回に関しては、そうしたほうが話が早いと思ったからだ。
洞窟に戻ってくるまでに風音や弓月とも相談して、すでに決意をしていた。
俺たち三人のレベルを聞いて、ゲラルクさんは目を丸くした。
それからフェルミナと目を見合わせ、互いにうなずき合う。
フェミルナは俺たちに、こう頼み込んできた。
「ダイチさん、カザネさん、ホタルさん、どうかお願いします。あの侵略者たるサハギンたちを討ち倒し、集落を取り戻すのを手伝っていただけませんか? 私たちにできる限りの報酬はお支払いします。私にできることであれば、何でもします。どうか、どうか力を貸してください!」
人魚族の王女は、俺たちに向かって深々と頭を下げる。
護衛のゲラルクさんもまた、同じように頭を下げてきた。
俺は確認の意味で、二人の仲間の顔を見る。
しかし二人の相棒は、どちらも俺にジト目を向けていた。
「分かってると思うけど、ダメだからね、大地くん」
「ダメっすからね、先輩」
「え……な、何が?」
二人はどうやら、フェルミナが言った「何でもします」の部分で、俺がやましいことを考えたのではないかと思ったようだ。
相変わらず信用がない。
さておいて、俺はあらためてフェルミナに向かって言う。
「分かった、協力するよ。俺たちも知人が捕らえられているなら助けたい。それに何より、俺はサハギンが嫌いになった」
「うちもホント、あいつらゲロゲロに嫌いっす。卵を産ませるだの苗床だの、気持ち悪いったらねーっすよ。異種(ピーッ)モノのエロゲじゃねーんすから」
弓月がうげぇっと、心底気持ち悪そうな様子を見せていた。
俺はそこで一つ、疑問を覚える。
「でも卵を産ませるって、サハギンは卵生なのか。卵生の魚とかって、体の外で受精するんじゃなかったか?」
「そこ掘り下げるっすか、先輩?」
「大地くぅん、デリカシー」
「うっ……ご、ごめんなさい」
二人から怒られた。
だがそこにゲラルクさんが補足説明をしてくれる。
「サハギンどもは、異種族と交配して母体に卵を産ませるのだ。本来卵生でない母体の胎内にも卵を発生させる特殊な──痛てててっ」
「ゲラルク! デリカシー!」
「うっ……姫様、申し訳ありません」
今度はゲラルクさんが、フェルミナに耳を引っ張られて怒られていた。
ううむ、いまいち緊張感がないな。
しかし状況は当然、そんなほのぼのとしていられるようなものではない。
今このときにも、レベッカさんや集落の人魚族は窮地に陥っている可能性が高い。
それに10万ポイントの特別ミッションだ。
危険度がどの程度かは判然としないが、舐めてかかっていいものでないことだけは間違いない。
「ゲラルクさん、敵の戦力がどの程度か分かりますか?」
俺がそう問いかけると、ゲラルクさんもまた表情を引き締める。
「攻めてきたサハギンは全部で九体だった。武器戦闘を主とする者が七、魔法を得意とする者が一、そしてサハギン王を名乗る四本腕だ。また何かのスキルの効果なのか、四本腕がサメ型のモンスターを一体制御していたように見えた」
「それは多分【テイム】のスキルですね。俺もグリフォンを一体使役しています。今はスキルの力を使って小さくしていますけど」
「クピッ、クピィッ!」
「な、なんと……」
その後ゲラルクさんは、彼が知っている限りの敵戦力情報を教えてくれた。
話を聞いた感じでは、大きな脅威になりそうなのはサハギン王を名乗る四本腕のサハギン──つまり敵のボスだけのように思えた。
もちろん、ほかのサハギンたちも状況次第では大きな邪魔に成り得るだろうが。
特に漆黒の衣をまとっていたという魔法使いタイプのやつは、治癒魔法も使うようなので、捨て置けないだろう。
どうにか分断するなり各個撃破するなりして、自称サハギン王が一人でいるところを叩けるのがベストだが。
一方で最悪のパターンは、交戦に際して、集落の人魚たちを人質をとられることだ。
そうなることは絶対に避けたい。
強襲を仕掛け、混乱に乗じて一気に叩くような作戦が望ましいと思うが、あるいは──
「ゲラルクさん、ほかの人魚族の戦士たちはどうなったんでしょう? どこかに捕らえられているなら、うまく救出できればこちらの戦力を補強できる可能性もあると思うんですけど」
俺のその質問に、ゲラルクさんは首を横に振る。
「残念ながら、まったく分からない。殺されていなければ王宮の地下牢に幽閉されている可能性が高いと思うが」
「大地くん、【隠密】スキルを使ってその地下牢に侵入できないかな?」
風音がそう提案してきた。
俺は少し思案し、答える。
「普通のサハギンだけなら出し抜ける可能性は高いと思う。でも四本腕に遭遇したらかなり危ない。【隠密】スキルは彼我の実力差で効力が変わるから」
ゲラルクさんの話を聞いた感じでは、四本腕のサハギンは俺たち一人ひとりと同格か、それ以上の実力者である可能性が高い。
ニアミスした場合は【隠密】スキル発動状態でも気付かれる可能性が高いと想定しておくべきだろう。
「もともとのサハギンの数が九体っすよね。三体はさっき倒したから、残りは五体とボスだけっすか? あとサメ型モンスターが一体」
「そうなるな。できれば四本腕とぶつかる前にもう少し数を減らすか、こっちの戦力を増強するかしたいところだが」
何にせよ、できる限り有利な状況を作り、不利な状況になることは避けたい。
直接交戦する前から、戦いは始まっているのだ。
その後も俺たちはいろいろと話し合い、計画の細部を詰めてから、行動を開始した。
俺たちのミッションの目的は、レベッカさんを救出すること。
向かうはサハギンどもに支配された海底都市だ。
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