第271話 暴虐の支配者

 一方その頃。


 海底都市の中ほどにある巨大巻貝状の王宮内には、サハギン王を名乗る四本腕のサハギンが我が物顔で君臨していた。


「おい、人魚の姫はまだ見つからんのか」


 類まれな巨体を持つ四本腕のサハギンは、地下牢へと向かう螺旋状の通路を泳ぎながら、配下のサハギンに問う。


 付き従う配下のサハギンは、怯えた様子で答える。


「はっ……。げ、現在、集落の外も含めて探させております。集落の人魚を利用しておびき出す、あるいは拷問にかけて聞き出すなど手を尽くさせておりますので、今しばらくお待ちいただければと……」


「いつまでかかるのだ」


「そ、それは……はっきりとしたことは申し上げにくく……」


「なんだ、貴様。このサハギン王である俺様を舐めているのか?」


「め、滅相もございません! 兵たちには死力を尽くして探させておりますゆえ、今しばらくお時間を。どうか、どうか」


「ふん、まあ良かろう。姫が見つかるまでは、別の愉悦に興じるとしよう」


 四本腕のサハギンはそう言って、隣を並んで泳ぐ従魔の体をなでる。


 なでられた巨大ザメはガチガチと歯を鳴らし、そのぎょろりとした目が配下のサハギンを見る。

 配下のサハギンは小さく悲鳴を上げたが、ひとまずのところ彼が害されることはなかった。


 二人のサハギンと一体の巨大ザメは、巻貝状の外壁に沿って緩やかに下るカーブの通路を泳いでいく。

 やがて彼らは、地下牢へとたどり着いた。


 地下牢には、四つの房があった。

 硬度の高い珊瑚を利用して作られた格子が、それぞれの房と通路の間を仕切っている。


 四つの房のうち、二つには人魚族の戦士たちが詰められ、別の一つには人魚族の王と王妃が、もう一つにはヒト族の女性が一人囚われていた。


 どの房の囚人も、拘束用の海藻を用いて厳重に縛られている。

 その特殊な海藻は、戦士の力を持った者でも引きちぎることができないほど強靭なものだ。


 四本腕のサハギンらが牢にやってくると、房に囚われている人魚族の戦士たちが、仇敵を憎々しげに睨みつける。

 四本腕のサハギンは愉快げに笑い、彼らを無視した。


「サハギン王バルシュディラ。お待ちしていました」


 牢の奥には、一人の雌のサハギンが待ち受けていた。

 ほかのサハギンとは異なり、フード付きローブを思わせる漆黒の衣に身を包んでいる。

 水中用の素材なのか肌に張り付くこともなく、袖や裾が優雅にたなびいている。


「司祭ネーテルよ。こいつらは口を割ったか?」


 四本腕のサハギンが問う。

 司祭と呼ばれた黒衣の雌サハギンは、おもむろに首を横に振った。


「いいえ。姫の居場所は知らない、『槍』も知らないとの一点張りです」


「やり方が手ぬるいのではないか?」


「人魚王や戦士たちでは我慢強くて埒が明かないので、王妃を痛めつけようかと考えておりました。ですが治癒魔法の及ばぬ限りある資源なので、バルシュディラ、あなたの許しを得ねばと思い待っていました」


「くくくっ、殺戮と混沌の神メルグィエに仕える司祭が、ずいぶんと慎重なことだな。だがお前のそういうところも嫌いではない。今後も俺様のために尽くせ」


「ありがとうございます、サハギン王バルシュディラ」


「そうだ、俺様はサハギン王。この海を統べる王なのだ。すべては我が手中にある。何も慌てることはない。ゆるりと余興を楽しもうではないか」


 四本腕のサハギンはそう言って、一つの房へと視線を向けた。


 そこに囚われていたのはヒト族の女性だ。

 明るい色合いの茶髪をショートカットにしたやや長身の女性で、露出度の高い奇妙な衣装を身に着けている。


 彼女はどういうわけか、サハギン族や人魚族と同じように水中で呼吸ができるようだ。


 この集落の近くを泳いでいたところを、サハギン族の戦士たちに見つかって、戦いの末に捕らえられた。

 それなりの力量はあったようだが、多勢に無勢であったため為すすべもなく敗れたのだ。


 今は房の中で、胡坐をかいた姿勢で両手両足を縛られ、不貞腐れたような顔でこの場の支配者たちの様子を見ていた。


 四本腕のサハギンは、その房の扉を開き、虜囚姿のヒト族の女性の前まで移動する。

 ヒト族の女性は、目の前にやってきた巨躯に向かって、蓮っ葉な様子で声をかけた。


「あんたがサハギン王とやらだね。何か用? あたし状況が全然分かってないんだけど。どうしてあたしを捕まえたの?」


「ぐわははははっ。威勢がいいな、ヒト族の小娘よ」


「小娘って歳でもないんだけどねー」


「なに、ヒト族の雌の齢など、卵の産み頃であればいくつであっても構わん」


 四本腕のサハギンは、その手の槍のうち二本を閃かせた。

 金属を引き裂くような不快な音ともに、ヒト族の女性が身に着けていた二枚の衣装が引き裂かれる。


 胸を守るへそ上までの衣装と、下腹部を覆う短いズボンが、どちらも真ん中あたりでパックリと断ち切られていた。


「なっ……!? う、嘘だろ。この水着には鉄の胸当てブレストプレート相当の防御力があるはずなのに」


「妙な手ごたえだな。だが、何も変わりはせん」


 四本腕のサハギンは、さらに数度、目にもとまらぬ速さで槍を閃かせる。


 金属が引き裂かれるような音が幾度か鳴り響いた後、ヒト族の女性が身に着けていた奇妙な衣装は、ずたずたに引き裂かれていた。


 大事な部分まで含め肌も露わな姿になったヒト族の女性は、わずかに羞恥の表情を見せながらも、目の前にいる暴虐の担い手を睨みつける。


「くっ……このクソ半魚人! あたしをどうするつもりだ!」


「ヒト族のメスは、こうして裸に剥いてやると、悲鳴をあげて泣き叫ぶものなのだがな。お前は少し反応が違う。人魚姫メインディッシュの前の前菜として、このまま苗床にしてやってもよいのだが、さて──」


 四本腕のサハギンは、しばし動きを止めた。

 それから、槍の一本をくるくると器用に回しはじめる。


 ヒト族の女性は、どうにかこの場から逃げ出す手段はないかという視線で様子をうかがっていたが──


 ずぶりと。

 その腹部に、槍の先端が突き刺さった。


「えっ……? ──いぎゃぁあああああああっ!」


 ヒト族の女性が悲鳴をあげる。

 四本腕のサハギンが持つ槍の一つが、彼女の腹部に深々と突き立てられたのだ。

 虐待者はさらにぐりぐりと、傷口をえぐるように槍を動かす。


「──あぁああああっ! うぁああああああああっ!!!」


「ぐわははははっ! やはりこうして槍でえぐれば、よい悲鳴を奏でるか。もっといい声で泣き叫べ。俺様は雌の悲鳴を聞くのが大好きなのだ」


 四本腕のサハギンは、叫び声をあげるヒト族の女性に向けて、さらなる虐待を続けた。

 裸も同然の女性の体を、四本の槍で幾度も穿ち、痛めつけていく。


「あっ……あ、あっ……」


 やがてヒト族の女性は、びくびくと痙攣してから、力なくぐったりとした姿で浮かんだ。

 煙のような鮮血が、房の中に広がっていく。


「ぐははっ、意識を失ったか。このサハギン王に生意気な口をきいておきながら、なんと他愛のないことよ。司祭、こいつを癒しておけ。次に目を覚ましたら苗床にする」


「はい、サハギン王」


「泣き叫ぶ声を聞きながら雌を犯す。これもまた王の権利よ。この雌が俺様の卵を産んだ後には、兵たちにも下賜してやろう。ぐわはははっ」


 四本腕のサハギンは笑いながら、その場から離れていく。

 入れ替わりで、漆黒の衣をまとった雌のサハギンが房に入り、傷ついたヒト族の女性に治癒魔法を施しはじめた。


 四本腕のサハギンは次に、人魚王と王妃が囚われている房へと入った。

 そして彼を睨みつけてくる人魚王に向かって、こう口にする。


「さて、そろそろ気が変わったかね、惰弱なる人魚族の王よ。姫の居場所と『神槍』の在り処、おとなしく吐いたほうがよいのではないか」


「くっ、貴様……! 何度も言わせるな。我が娘の居場所は、もはやわしにも分からぬ。『神槍』とやらの在り処も、与り知らぬことだ」


「やれやれ、強情なことよ。美貌の姫も、かつて人魚族の英雄が手にしたと言われる海神の槍も、このサハギン王の手に渡るのがふさわしいとなぜ分からん。そうやって無駄な抵抗をしても、苦しむ者が増えるだけだぞ」


 四本腕のサハギンは、今度は王妃の前に立った。

 その手にある四本の槍の穂先が、王妃のほうへと向く。

 人魚王の顔が青ざめた。


「待て、貴様、何をする気だ! 妻は戦士の力を持っていないのだぞ!」


「いけません、あなた! 私のことは構わないで!」


「ぐははははっ、話すなら今のうちだぞ、人魚の王よ」


 四本の槍の穂先が、王妃の身へと差し向けられようとする──

 と、そのときだった。


「サハギン王! ご報告がございます!」


 一人のサハギンが、地下牢へとやってきた。


 口を開こうとしていた人魚の王が、その口を噤む。


 槍を止めた四本腕のサハギンは、現れた配下のサハギンをギロリと睨みつけた。


「何だ、俺様の愉しみの邪魔をして。姫を見つけ出したのか?」


「ヒッ……! い、いえ、人魚の姫は見つかっていないのですが……」


「では何だ。さっさと言え。寛大な王にも限度はあるぞ」


「あ、いえ、その……この集落の近くにある洞窟の奥に、意味深なオーブと扉を見つけまして……」


 そのサハギンの報告を耳にして、反応を見せた者が、四本腕のサハギンのほかに二人いた。


 一人は人魚の王。

 もう一人は、司祭と呼ばれた黒衣の雌サハギンだ。


 四本腕のサハギンはそのうち、人魚王の反応を見咎めた。

 魚に似た顔を愉快げに歪め、人魚王に声をかける。


「おやぁ、これは『槍』のほうが見つかったかな?」


「…………」


「ぐははははっ! その沈黙が何よりの答えよ。よぅし貴様、でかしたぞ。俺様をそこまで案内しろ。このサハギン王を、相応しい神槍のもとへと導くのだ」


「はっ。すぐにご案内します」


 サハギンたちは笑い声をあげながら、地下牢を出ていった。

 あとに残ったのは、牢に幽閉された虜囚たちと、司祭と呼ばれた黒衣の雌サハギンだけ。


 黒衣の雌サハギンは、くつくつと笑う。

 そして人魚の王に語りかけた。


「良かったですね、人魚王。あの報告がなければ、自ら『槍』の在り処を話すつもりだったのでしょう? それが無意味な時間稼ぎにしかならないと分かっていても」


「…………」


 人魚の王は、黙して語らない。

 黒衣の雌サハギンは、なおも笑う。


「あきらめなさい、人魚王。あなたたちにとって、盤面はとうの昔に詰んでいるのですから。──ああ、我が神メルグィエよ、もう少しです。この海に、いいえ、この世界に、真なる殺戮と混沌のときがもうすぐ訪れるのです」


 治癒を終えたあと、意識を失ったままのヒト族の女性をべろりと舐め、雌サハギンは恍惚とした表情を浮かべたのだった。

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