第162話 コネ

 街の高級住宅街を通ってたどり着いたのは、堅牢な城壁に囲まれたお城だ。


 俺は城門前に立っている門番に声をかけ、要件を伝える。

 二人いた門番のうち一人が、城の奥へと駆けていった。


「うぉおおおおおっ!」

「すげぇぜ、ダイチの兄貴! 領主様にコネがあるなんて!」

「さすがダイチの兄貴だ!」


 やんややんやと騒ぎ立てるムキムキ従者たち。


 まあ、うん。

 たまたま縁があっただけなんだけどな。


 城門前でしばらく待っていると、呼びにいった門番と一緒に、見知った人物がやってきた。

 金髪碧眼の美女であり、この領地の次期当主にして、冒険者でもある人物だ。


「ようこそダイチさん、カザネさん、ホタルさん。今日は何か相談があって来たと聞きましたわ。ここで込み入った話をするわけにもいかないし、どうぞ中に入って」


 その人物──領主の娘アルテリアことアリアさんは、俺たちを城の中へと誘導する。

 一方で、


「じゃあダイチの兄貴、俺たちは現場周辺で聞き込みをしてきますんで!」

「よろしく頼みます!」

「あとで中央広場で合流しやしょう!」


 ムキムキ従者たちは、そう言って散っていった。


 彼らに聞き込みを任せるのはちょっと不安だが……。

 まあ、何かしら手掛かりをつかんでくれることを祈ろう。


 その後、アリアさんについて城館に入り、応接室に通された俺たちは、そこで領主と対面することになった。


「おおっ、ダイチくんたち。さっそく困り事だそうだね。頼ってくれて嬉しいよ。では話を聞こうか」


 あれから二日ほどたって、領主の体調はおおむね快復した様子だった。


 ソファーを勧められた俺たちは、三人並んで腰かける。

 テーブルを挟んで対面には、領主とアリアさんが座った。


 俺は二人の前で、エスリンさんの失踪や、彼女と豪商ゴルドーとの確執について話していった。


 すると話を聞き終えたアリアさんが、意外にも、こんな言葉を口にした。


「またゴルドーですの? お父様、やっぱり──」


「ああ。断定はできないが、やはりゴルドーはクロである可能性が高いと見るべきだろうな」


「……? というと、ゴルドーには何か前科があるんですか?」


 俺がそう問うと、領主は渋い顔でうなずく。


「前科という表現は適切ではないかもしれないがな。ゴルドーには以前より、人身売買幇助ほうじょの疑いがあるんだ」


 そこにアリアさんが付け加える。


「一時期この領内で、誘拐事件が多発したことがありましたの。それで調査に乗り出したのだけれど、犯人は見付からず仕舞い。誰かが犯人を匿っているとしか思えない状況でしたわ」


「そのときに得たいくつかの情報から、ゴルドーが怪しいと睨んだのだ。私は兵たちに命じて、一か八かの強硬捜査に出た。だが捜査は空振りに終わった。私はゴルドーに対して、公に冤罪えんざいを疑った形になってしまった」


「ゴルドーは街の有力者だから、お父様でもそれ以上は踏み込めなくなって。ゴルドーへの捜査は、打ち切るしかなくなりましたわ。それ以降、誘拐事件もなりを潜めたのだけれど」


 アリアさんの言葉がそこで途切れた。


 それで今に至る、というわけか。

 だいたい状況は分かったが──


 このとき俺は、「人身売買」と聞いて、一つの事件を思い出していた。


 この街の近くの森で遭遇した、エルフを誘拐した人さらいたち。

「親分」と呼ばれるリーダーに率いられた、犯罪者集団と思しき一団のことだ。


「あっ……!」


 そこで、俺の脳内連想ゲームによって、さらにもう一本の糸が繋がった。


「ん? どうしたの大地くん。また何か気付いた?」


「風音さん、誘拐したエルフを連れていた、人さらいの『親分』って覚えてますか?」


「あー、うん。そんなやつもいたね。あいつがどうかしたの?」


「いたんですよ、ゴルドーが連れていた取り巻きの中に。そうだ、あいつだ」


 完全に抜けていたな。

 最初にゴルドーと遭遇したときに、気付くべきだった。


 街の中央広場で、ゴルドーがエスリンさんに絡んできた、あのとき。

 取り巻きの中にいた、俺を睨みつけていた男。


 髭を蓄えていて大柄な、髭面の巨漢。

 フードを目深に被っていたこともあって気付けなかったが、今思えば、あれは間違いなく人さらいの『親分』だった。


「ダイチさん、それはどういう話ですの?」


 アリアさんがそう聞いてきたので、俺は事の一部始終を話した。


 街の近くの森でエルフを連れた人さらいに遭遇し、そいつらから三人のエルフを救出したこと。

 その人さらいのリーダーであった『親分』が、ゴルドーの取り巻きの中にいたこと。


 俺の話を聞いたアリアさんと領主は、目を合わせてうなずき合う。


「ダイチさんが言うなら間違いありませんわ、お父様」


「だろうな。その『親分』という誘拐犯は、この領内での誘拐を控え、よその街で活動を行っていたというところか。だが誘拐した人物の売買には、ゴルドーを通していたのだろう。これで誘拐犯とゴルドーのつながりは、確定したと見ていいな。問題は──」


「その上でどうするか、ですわね。お父様はゴルドーに冤罪を吹っ掛けたとして、街の有力者たちの前でさんざん非難をされましたわ。これ以上、確たる証拠もなく公に捜査を行うのは、お父様の命取りになる」


「正攻法は難しいだろうな。となると、絡め手──アルテリア、ダメ元で聞くのだが。お前、単身でゴルドーの屋敷に忍び込んで、バレないように内情を探ることはできないか?」


「お父様、娘使いが荒くなっていませんの? さておいて、実際難しいと思いますわ。冒険者の力を持っていても、何でもできるわけではありませんの。【隠密】スキルを持った冒険者でもなければ、誰にも気づかれずに屋敷の内側を探ることなんてできませんわ」


「ならばその【隠密】スキルを持った冒険者を雇うか? いやしかし、よほど口が堅い実直な人物でもなければ、それこそ私の立場が危うくなりかねんな。ほかに何か手段は──」


「「うーん」」


 ひとしきり検討の言葉を重ねたあと、領主とアリアさんは、どちらも腕を組んで考え込んでしまった。

 似てるなぁ。親子って感じ。


 アリアさんがチラッと、俺たちに視線を向けてくる。


「ダイチさんたち、三人のうち誰か【隠密】スキルを持っていたり……しませんわよね」


「俺、持ってますよ」


「私も持ってるよー」


「ですわよね。【隠密】はかなりのレアスキルという話だし──って、今なんて?」


 アリアさんが首を傾げる。

 領主も目をぱちくりとさせていた。


 ふぅん、【隠密】ってレアスキルだったんだ。

 まったく存じ上げませんでしたね。

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