第158話 グリフォン

 採掘作業を終えた俺たちが、廃坑の外に出ようとしたときだった。


「待って、大地くん。何か大きいのが近付いてくる」


 廃坑の出口のところで、風音さんが俺たち一同を制止した。


 闇に慣れた目で、まぶしい外の景色を見ると、風音さんが指さした先には二つの飛行物体があった。


 それはバサバサと翼を羽ばたかせ、空中を駆けるようにしてこっちに向かってくる。


「まさか──」


「うん、だと思うよ。あれがグリフォンじゃないかな」


「でも二体いるっすよ。この山のグリフォンの出現数って、一体じゃなかったっすか?」


「そのはずだ。『イレギュラー』がなければな」


 冒険者ギルドで、受付のお姉さんから聞いた言葉を思い出す。

 最近、モンスターの出現に関してイレギュラーが多いとか何とか。


「う、嘘やろ……? なんで、そんな……」


「あ、姐さん! 気を確かに!」


 エスリンさんがその場でへたり込み、従者の男たちがその肩をゆさぶる。


 まあ、そのフィールドのボス格が二倍の数で現れたら、絶望感はあるか。


 俺はエスリンさんたちを守るように前に立ち、槍を構えつつ告げる。


「エスリンさんたちは奥に下がって、退避していてください」


「そやけど、あんたたちは」


「グリフォン二体程度、どうとでもなります。依頼のランクを一個上げて、実力のある冒険者を雇ったこと、忘れていませんか」


「ホ、ホンマか!? 助かるわ! 高い金払っただけの甲斐があったわ!」


 エスリンさんはそう言いつつ、従者たちとともに廃坑の奥へと引っ込んでいった。

 これであとは、あのグリフォンたちを片付けるだけだな。


 グリフォンたちが接近してくるまで少し間があったので、俺たちはいつもの補助魔法三点セット──【プロテクション】【クイックネス】【ファイアウェポン】を使いつつ、飛来する二体のモンスターを待ち構えた。


 もう少しで戦闘距離だ。

 獅子の胴体と、大鷲の翼や頭部を持った大型モンスターが二体、まっすぐにやってくる。


 こちらは当然ながら、攻撃魔法の準備をして待ち受けている。


「弓月、グリフォンのHP報告頼む」


「【テイム】を試すつもりっすか?」


「ああ。経験値5000と10000、両取りのチャンスだ」


「了解っすよ。とりあえずグリフォンの最大HPは350っすね」


「最悪でも、残り三割までは削ってから【テイム】を試したいところだな」


【テイム】は厳密には魔法ではないようだが、実質的には魔法と似たようなものだ。

 MPを消費して、魔法を使うように行使する。


 しかも消費MPが大きく、20ポイントも使う。

 なるべく無駄撃ちはしたくない。


「二体固まって近付いてきてる。弓月と風音さんは範囲魔法を」


「「了解!」」


 やがて二体のグリフォンは、攻撃魔法の射程まで来た。

 弓月と風音さんが、一斉に魔法を発動する。


「【エクスプロージョン】!」

「【ウィンドストーム】!」


 うちのパーティの基本の範囲攻撃コンボ。

 爆炎と風刃の嵐が、二体のグリフォンを包み込んだ。


 だがもちろん、それで終わることはない。

 二体は魔法を突き破るようにして、飛び出してきた。


 グリフォンの体のあちこちが傷つき、黒い靄が漏れ出している。

 確かにダメージは与えているが、重要なのはどの程度削ったかだ。


「弓月!」


「左が残り219、右が227っす!」


「結構残ってるな──【ロックバズーカ】!」


 弓月から残りHPの報告を聞いてから、俺も攻撃魔法を放つ。


 抱えるほどの岩塊が猛スピードで発射され、左右二体のグリフォンのうち、左側に直撃した。

 左側のグリフォンはわずかに揺らいだものの、構わずに直進してくる。


「左、残り171っす!」


 弓月からの報告を聞いて、頭の中で計算する。

 俺の【ロックバズーカ】のダメージは48点か。


【ロックバレット】より上位の魔法とはいえ、そもそも俺の攻撃魔法に大した威力はないんだよな。

 ないよりはマシ、程度のものだ。


「大地くん、接近戦来るよ!」


「了解です! 弓月は後退!」


「言われなくてもっす!」


 弓月が廃坑の中へと後退し、俺と風音さんで二体のグリフォンを迎え撃つ。


 左側のグリフォンが俺に、右側のは風音さんに飛び掛かってきた。


「風音さんはダメージだけ与えて! 俺がまず左を落とします──【三連衝】!」


「えぇえええっ、難しいな! ど、どうしよう──とりあえず、一撃だけ!」


 炎をまとった俺の槍による三連撃は、目前までやってきたグリフォンに直撃し、ターゲットを黒い靄へと変えて消滅させた。

 足元に魔石が落ちる。


 よし、まずは一体撃破だ。

 一応のボス格とはいえ、今の俺たちにとっては雑魚敵とそう大差はない。


 一方の風音さんは、グリフォンのくちばしやかぎ爪による攻撃を素早くかいくぐりつつ、片方の短剣だけで斬りつけていた。


 炎をまとった短剣の斬撃により、グリフォンの胴体が鋭く切り裂かれる。


「弓月、残りは!」


「143っす!」


「よし! 風音さん、もう一撃だけ入れてください!」


「ううっ、大地くんの注文が多いよ~!」


「す、すみません。あとで何か埋め合わせします」


 風音さんに指示を出しつつ、俺自身は【テイム】の発動準備をしつつ待機。

 残ったグリフォンと、風音さんとの戦闘を注視する。


「っと、あぶなっ……! ──これで、二発目!」


 風音さんはグリフォンが振り回してきたかぎ爪による攻撃をすんでのところで回避し、また素早く懐に潜り込んで、グリフォンのどてっ腹を燃え盛る短剣で斬り裂いた。


「残りHP、63っす!」


「最大値の二割弱、このへんで試してみるか──【テイム】!」


 俺はグリフォンに向かって左手を広げて突き出し、スキルを発動。

 放たれた光球がグリフォンに命中した。


 俺は開いた手のひらを、力いっぱい握りしめる。

 不可視の力による強い抵抗があったが、俺の力はそれを押し切って、握りつぶした。


 パキィンと、何かが砕けたような感触。

 グリフォンの巨体が一度びくんっと跳ねてから、動きを止めた。


「ふぅっ……」


 俺は安堵の息を吐く。

 先ほどまで風音さんに激しい攻撃を仕掛けていたグリフォンは、見事におとなしくなっていた。


 その後、グリフォンはトコトコと俺の元までやってくると、その顔を俺にこすりつけてきた。

 予想以上にふわふわした豊かな毛並みが、俺の頬をなでる。


「せ、成功したの……?」


「グリフォンが、先輩にすり寄ってるっす……」


 風音さんと弓月が、その様子を呆然と見つめていた。


 ──かくして俺は、グリフォンの【テイム】に成功した。


 もちろんミッションも、ダブルで達成だ。


───────────────────────


 ミッション『グリフォンを1体討伐する』を達成した!

 パーティ全員が5000ポイントの経験値を獲得!


 ミッション『モンスターの【テイム】に成功する』を達成した!

 パーティ全員が10000ポイントの経験値を獲得!


 新規ミッション『ロック鳥を1体討伐する』(経験値50000)を獲得!


 六槍大地が33レベルにレベルアップ!

 小太刀風音が34レベルにレベルアップ!

 弓月火垂が34レベルにレベルアップ!


 現在の経験値

 六槍大地……222444/235435(次のレベルまで:12991)

 小太刀風音……238056/267563(次のレベルまで:29507)

 弓月火垂……245441/267563(次のレベルまで:22122)


───────────────────────


 全員が1レベルずつレベルアップ。

 グリフォン一体の撃破経験値も俺に入って、三人の経験値格差も多少なりと縮まった。


 戦闘が終わったことを告げると、廃坑の奥に退避していたエスリンさんたちが、おそるおそるやってくる。


「え、なんでグリフォンが懐いとるん? そいつもう、あたしらのこと襲わんのか?」


「ええ。【テイム】というスキルの効果です。こいつは俺の言うことを聞きますし、勝手に人間を襲ったりもしません」


「そ、そんなんアリなん? グリフォンを、飼い馴らしたってこと? 嘘やろ……」


 エスリンさんは唖然とした様子だった。


 そりゃまあ、恐るべき脅威だと思っていたものが、雇った冒険者の一人に飼い馴らされたとあれば、驚くのも無理はないか。


 さておき、これで目的はすべて果たした。

 あとは街に帰還して、クエスト達成のミッション経験点をもらえばコンプリートだな。

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