第157話 ハーピィと採掘
崖の陰から飛び出してきたのは、翼を持った三体のモンスターだった。
そいつらは人間の女性と、大鷲を掛け合わせたような姿をしている。
頭部や上半身は裸の人間女性で、腕は翼となり、脚は猛禽類のかぎ爪という姿。
ただ裸の人間女性といっても、その顔は怪物と呼ぶにふさわしい醜悪なものだ。
ぎょろりとした目は赤く光り、口は耳元まで裂けている。
「ハーピィか! エスリンさんたちは下がって!」
俺は叫びつつ、魔法発動のために魔力を高めていく。
すぐ隣では、弓月と風音さんも同様に、魔力の燐光をその身にまとわせていた。
「チッ、モンスターのくせに、おっぱいデカいっすね。先輩には目の毒っす」
「裸なの、やめてほしいよね。大地くん、あんなのに惑わされちゃダメだよ」
「いや惑わされませんて。それより『魅了の歌声』が来る前に仕留めますよ」
「うちに任せるっすよ──終焉の劫火よ、焼き尽くせ、【エクスプロージョン】!」
三体のモンスターが射程内まで飛来したのを見計らって、まずは弓月が得意の範囲攻撃魔法を放つ。
弓月の杖の先から発射された燃え盛る光球は、三体固まっていたモンスターたちのド真ん中の空間で爆発した。
一瞬の後、魔法の爆炎がやむと、三体のモンスターは黒い靄となって消滅していった。
「うっし! 一撃で全部仕留めたっす!」
弓月がガッツポーズし、俺と風音さんは魔法発動準備を解除する。
戦闘はあっさりと終了した。
「思ってた以上にあっけなかったね」
「ですね。まあデータを見る限り、そうなるはずではあるんですけど」
いま弓月が倒した三体は「ハーピィ」という名のモンスターだ。
『魅了の歌声』というわりと厄介な特殊能力を持っていたはずなのだが、それも出会い頭に瞬殺してしまえば何の意味もない。
ハーピィのステータスは森林層のデススパイダーと同格ぐらいだし、弓月の【エクスプロージョン】一発で消し飛ぶのは道理である。
「ほえーっ、すごいなぁ。Cランク地帯のモンスターを、たったの一発で全部仕留めてしまうんか。やっぱあんたら、実力は本物みたいやな」
エスリンさんが感嘆の声を漏らす。
実力「は」というところに含みを感じるが、それは完全に俺たちの自業自得なのでしょうがない。
というわけで、ハーピィの群れをあっさりと倒した俺たちは、さらに山道を登っていく。
その後はモンスターとの遭遇もなく、順調に登山が進んだ。
登山を始めてから二時間ほどで、俺たちは、山の中腹にある廃坑へとたどり着いた。
廃坑は、切り立った断崖絶壁にぽっかりと開いた、大きめの洞穴のような場所だった。
木造の古びた枠が入り口から等間隔に設置された洞穴は、ずっと奥まで続いている。
俺とエスリンさんがランプに明かりをつけ、全員で洞穴の奥へと踏み込んでいく。
エスリンさんの従者の一人は、小鳥が入った鳥籠を手にしていた。
しばらく進むと、突き当たりにたどり着いた。
壁をランプで照らすと、緑とも紫とも見える不思議な色合いの輝きが、岩壁のそこかしこに見て取れる。
「ん、ここが目的の鉱石の採掘場やな。したらここでしばらく採掘作業をするから、そのあいだ冒険者さんたちは、モンスターが近付いてきたりせんか見張っててくれるか」
「分かりました。でもグリフォン山というわりに、グリフォンが出てこなかったですね」
「そやなぁ。ま、襲われんかったら、それはそれで万々歳や。あんたらも報酬丸儲けやろしな」
エスリンさんのその言葉に、俺は曖昧に笑って応じる。
俺たちとしては、グリフォンが出てこないと困るんだけどな。
獲得予定だったミッションの経験値が得られなくなってしまう。
帰り道にでも出てきてくれるといいのだが。
俺たちはその後、しばらくの間、廃坑内での採掘作業を見守ることになった。
ムキムキ従者たちが壁に向かってつるはしを振るい、ガキン、ガキンと大きな音が断続的に鳴り響く。
たびたび休憩を挟みながら数時間にも及んだ採掘作業は、さすがの従者たちをも疲れさせたようだ。
最後のほうでは三人ともへとへとになっていて、その様子が作業の過酷さを物語っていた。
それを見たエスリンさんが、腕を組んで難しい顔をする。
「うーん、この鉱石の採掘、思ったより難儀なんやな。まだ台車に積める量の半分にも足りとらん」
「あ、姐さん、不甲斐なくてすいやせん。でもこの壁、硬すぎますって」
「そやなぁ。みんなもう体力の限界やろし、この量であきらめるしかないか。あたしが手伝ったところで、たかが知れてるし。でもここまで来といてもったないなぁ」
エスリンさんは考え込みながらうろうろする。
そこでエスリンさんは、ちらりと俺のほうを見た。
俺とエスリンさんの視線が交錯する。
女商人は、にっこり笑顔で微笑みかけてきた。
「あのな、冒険者の皆さん。もともとの仕事と違うんやけど、採掘作業も頼まれてくれへん? 一人あたま追加報酬金貨1枚ずつ。どや?」
さすが商人、臨機応変だ。
使えるものは何でも使う、柔軟な思考というやつか。
俺たちとしても、特に不都合はない。
「いいですよ。見張りをしているだけなのも退屈でしたし」
「私もやってみたーい」
「ふっふっふ、非力とはいえ、うちも冒険者っす。ていうか暇だから、体を動かしたいっす」
そんなわけで、俺たち三人はムキムキ従者たちからつるはしを借りて、採掘作業を始めた。
ガキン、ガキンとつるはしの先で壁を叩いていると、さっそく壁の一部分がひび割れはじめる。
やがて壁の一部が、岩塊となってごろりと転がり落ちた。
「うおおっ、すげぇ! あっという間に崩したぞ」
「これが冒険者の力か」
「ぐぬぬっ、俺たちの筋肉をもってしてもなかなか砕けなかったものを、こうもあっさりと。妬ましい。だが助かるぞ」
ムキムキ従者たちが称賛の声をあげる中、俺たちは彼らの数倍の速さで採掘作業を進め、じきに台車を鉱石でいっぱいにした。
ふぅっ、いい汗かいたぜ。
風音さんと弓月も、額にきらきらと輝く汗を流しつつ、さわやかな笑顔だった。
「いやぁ、ありがとう。ホント助かったわ。ただのイチャイチャバカップルじゃなかったんやね。疑って悪かったわ」
エスリンさんからお礼の言葉をもらった。
俺たち自らが招いた残当な汚名も、どうやら返上することができたようだ。
そうして採掘作業を終えた俺たちは、廃坑をあとにする。
あとは街まで帰還するだけだ──そう思ったのだが。
このあと俺たちは、求めていたものに遭遇することとなったのである。
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