第155話 女商人エスリン

 グリフォン山に向かうクエストを受けた俺たちは、所定の場所で依頼人と顔合わせをした。


 街の中ほどにある、中央広場の噴水前だ。


「やあやあ、あんたたちがクエストを受けてくれた冒険者やね」


 そう声をかけてきたのは、俺たちよりもやや年上ぐらいの若い女性だった。


 二十代前半ぐらいだろうか。

 赤髪でメガネをかけた、からっとした印象の女性だ。


 彼女がクエストの依頼人、商人のエスリンさんだろう。


 ちなみに依頼人の後ろには、筋肉ムキムキの男が三人ほどついている。

 どうやら彼女の部下のようだ。

 パッと見では俺たちよりよほど肉体派に見えるが、冒険者の力は持たない一般人だと思われる。


 男たちのかたわらにはかなりの大きさの台車があり、つるはしなどの採掘道具が積まれていた。


「けど三人とも、ずいぶんと若いね。実力のほうは大丈夫なんよね?」


 そう付け加えてくる依頼人に向けて、俺は右手を差し出す。


「はい。三人パーティですけど、Aランクのクエストだって問題なく受けられるつもりです」


「はははっ、頼もしいな。まあそのあたりは冒険者ギルドでチェックしてるやろから、ステータス見せてとかは言わんよ。ともかく仕事をしっかりやってくれれば文句はないわ」


 エスリンさんは俺の手を取り、がっちりと握手をしてきた。


 まあギルドのチェックは、最初の登録時以外は受けてないんだけどな。

 25レベルだと、そのあとのチェックはいちいち行わないらしい。


 エスリンさんは手を離すと、親指で後ろの台車を示してみせる。


「クエストの依頼書に書いてあったと思うけど、仕事内容の確認や。うちらは『グリフォン山』の中腹にある廃坑まで行って、そこでとある稀少鉱物の採掘をする。ただ『グリフォン山』って地名の通り、その山には『グリフォン』が出没するって話や。それ以外のモンスターとの遭遇も含めて、あんたたちにはうちらをしっかり護衛してほしい」


「分かりました。グリフォンぐらいなら、問題なく討伐できるはずです」


「自信ありそうやな。それも虚勢やない。実力に裏打ちされた、静かな自信ってやつやろ。違うか?」


「まあ、そうですね」


 さすがにエアリアルドラゴンと戦ったあとだと、自信もつく。

 自信過剰はまずいが、自分たちの実力はおおむね客観視できているつもりだ。


 ちなみにグリフォンの強さは、エアリアルドラゴンどころか、ワイバーンよりもはるかに格下だ。


 一応はボス格っぽい強さではあるのだが、今の俺たちにとっては取るに足らない相手という印象。

 なんなら俺一人でも勝てるかもしれない。


 なおグリフォン山にはグリフォン以外のモンスターも出現するというが、モンスター図鑑のデータを見る限り、どれも大した強さではない。


「さて、準備ができてるなら、さっそく出発しよか。今日はよろしゅうな、冒険者さんたち」


 エスリンさんがそう号令をかけて、出発しようとした──そのときのことだった。


 ざわざわと、あたりがざわめき始める。


 中央広場へと続く目抜き通りの一つで、人々が道の脇にどいていく。


 人波を割って進んできたのは、十数人からなる集団だった。

 その集団の先頭に立つのは、商人らしき一人の中年男。


 男はでっぷりと太っていて、いかにも金持ちらしく装飾品や華美な衣服で身を固めている。

 ニタニタと笑うその姿に、エスリンさんが不愉快そうに顔をしかめた。


 中年男はエスリンさんの前までおもむろに歩み寄ると、彼女に向かってこう声をかける。


「エスリンよ。また新しく、チンケな商売を始めようとしているようだな」


「なんや、ゴルドーさん。またちょっかいかけに来たんですか。一応聞いときますけど、何か用ですか?」


「用件は分かっているだろう。そんなチャチな商売はやめて、さっさとワシのもとに来い。幹部待遇で迎え入れてやると言っているだろう」


 ゴルドーと呼ばれた男はそう言って、べろりと舌なめずりをする。

 それを見た風音さんと弓月が、ゾッとした様子で身を抱いて、半歩下がった。


 一方のエスリンさんは、心底まで不愉快そうな表情をしながらも、怯まずに言葉を返す。


「やっぱりそれですか。だったらこっちの返事も分かっとるでしょ。『お断り』です。だいたい幹部待遇ったって、どうせあんたの愛人みたいなことでもやらされるんでしょ。冗談やないわ」


「ぐふふふっ、どちらでも大差はあるまい。ワシがお前を買って、ぜいたくな暮らしをさせてやると言っておるのだ」


「アホほど大差あるし、どっちにしたってあたしはゴルドーさんの傘下に入るつもりはないです。さ、用が済んだならさっさとどこかへ消えてくれませんか。顔を見てるだけでも気持ち悪ぅなってきたわ」


「チッ、相変わらず生意気な小娘だ。そこがたまらんのだがな。だがいい加減、寛大なワシも腹に据えかねておるのだ。いつまでも意地を張っておらんで、そろそろ素直になったほうがいいぞ」


 そんなやり取りが行われている中。

 俺はふと視線を感じて、商人ゴルドーの後ろにいる取り巻きのほうを見た。


 俺に睨みつけるような視線を送っていたのは、その中の一人。

 冒険者らしき装備を身につけた、大柄な男だった。


 フードを目深にかぶっているため顔はよく見えないが、口まわりに髭をたくわえている。

 どこかで見たような風貌だが、どこだったか。

 

 そいつは俺と視線が合うと、顔を隠すように別の方角を向いた。

 露骨に怪しいな。


 その一方で、エスリンさんと商人ゴルドーの言い争いは、ようやく終わりを迎えようとしていた。


「エスリンよ、あまりワシを怒らせると、後悔をすることになるぞ」


「いつまでもネチネチうるさいです。あたしはあたし自身の力で成り上がって、ゴルドーさんをも凌ぐ大商人になってやりますから。首を洗って待ってるといいですよ」


「ふんっ、どこまでも身の程知らずな小娘だ。ワシをこの界隈を牛耳る豪商ゴルドーだと知ってその口を聞くのだから、どうかしておるわ。どうしてもワシのものにならんというのならば、もういい。お前は身の程を知ることになるだろう」


 商人ゴルドーは不愉快そうな様子で、取り巻きを連れて立ち去っていってしまった。

 冒険者らしき大男も、俺のほうをわずかに一瞥だけしてから、ゴルドーについて去っていく。


 エスリンさんは、大きくため息をついた。


「やれやれ、出掛ける前にケチが付いてしもたね。それじゃあらためて、行くとしよか」


 そう言ってエスリンさんは、今度こそ街を出立する。

 俺たちもまた、彼女について街を出て、グリフォン山を目指して街道を進んでいった。

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