第148話 領主の容態
一方その頃。
冒険者アリアこと領主の娘アルテリアの実家である居城では、望ましからぬ異変が起きていた。
「うぐっ、ぐぅうううううっ……!」
領主の寝室では、ベッドの上の領主が、これまで以上の苦しみの様子を見せていた。
ベッド脇では医者や執事などが見守っているが、彼らにはどうすることもできない。
苦渋の表情を浮かべた執事が、同じく険しい表情の医者に声をかける。
「旦那様の容態が急変してから、すでに半日ですか……」
「ああ、まさかこれほど早く病状が進行するとはな。アルテリアお嬢様が出立したのが、昨日の朝だったか」
「ええ。順調に事が運べば、明日の夜には戻ってこられるかと思いますが」
領主の体力は、もって一週間──
アルテリアや冒険者たちにはそう伝えたが、病状は今朝早くに急変を見せた。
思いのほか早い、病状の悪化。
もって一週間という昨日の段階での見込みは、間違いとは言えないものの、今となっては楽観的な指標であったと言わざるを得ない。
「あと一日半か……。それまで領主様のお体がもつかどうか。いや、そもそもアルテリアお嬢様が向かったのは、あの『飛竜の谷』。無事に帰ってこられるかどうかも分からない……」
「私は信じております。アルテリアお嬢様が、首尾よく薬草を持って戻られることを。ですが信じて待つことしかできない我が身が、悔しくもあります」
「同感だ。覚醒者の才能を与えられたのが、アルテリアお嬢様であったこと。神のイタズラであるなら、少々悪趣味だと思うがね」
医者がそう皮肉を口にしたときだ。
その寝室に、一人の青年が入ってきた。
長男エルヴィス──アルテリアの兄にして、この貴族家の跡取り息子である。
「やあお前たち、父上の様子はどうだ? あとどのぐらいで亡くなりそうかな?」
「エルヴィス様……!」
エルヴィスのあまりの言い草に、歯噛みをした執事だったが、次には押し殺したような声でこう答える。
「分かりませんが、容体は思わしくなく」
「そうか、いや残念。父上が早く楽になってくれることを祈るよ」
「…………」
「ハハッ、そんな顔するなよ。まあお前は、父上の側近だから不安だよな。父上がお亡くなりになって僕が跡を継いだら、自分が真っ先に首を切られるって思ってるんだろ? ま、その通りなんだけどさ。僕も僕に忠誠を誓わないやつを、そばに置いておきたくはないし」
「……エルヴィス様、お言葉が過ぎます。どうかお控えを」
「えー? 別にいいじゃないか。どうせここには瀕死の父上と、近い将来に僕に忠誠を誓って仕える忠実なしもべ、それか僕に逆らって首を切られる愚か者のいずれかしかいないんだからさ」
「…………」
何を言っても無駄──そう悟った執事は、無言でかぶりを振った。
いつの頃からか、エルヴィスは歪んでしまった。
ちょっとした悪事を働いてひどく叱られたときか、妹のアルテリアと比べられたときか、あるいは──
いずれにせよ、彼は一つの人格として、このように成長してしまった。
領主が辛抱強く矯正しようと頑張ってきたが、その努力をあざ笑うかのように、彼は歪み続けた。
その結果が、今のエルヴィスだ。
「ま、父上もいつまでも苦しんでいたら、かわいそうだ。あまり延命措置を張り切らずに、早く楽にしてあげたほうが父上のためだと思うけどな。──って、お前たちにはこんなことを言っても無駄だろうけどさ。それじゃ、せいぜい頑張って」
エルヴィスはそう言い残して、寝室を出ていった。
あとには苦渋の表情を浮かべる家臣たちと、苦しみ悶える領主が残る。
だが──このとき領主の耳には、自らの息子の言葉が確かに聞こえていた。
愚息だが、彼にとっては、今は亡き伴侶が生んだ忘れ形見の一人だ。
その伴侶の不貞によって生まれた疑惑もありながら、それでも我が子として辛抱強く育てようとしてきた領主だったが──
今このとき、その糸が切れた。
あの愚息のことを、もはやこれ以上、野放しにしておくわけにはいかないと考えた。
それと同時に、彼はある想いを強くする。
──生きなければならない。
少なくとも、娘のアルテリアが戻ってくるまでは。
領主は病苦に苛まれる中で、これまで以上に、生きるのだという強い意志を募らせていた。
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