第147話 崖沿いの道

 洞窟を出ると、そこは山の中腹にある、広めの岩棚のような場所だった。


 正面は、足を踏み外したら真っ逆さまの崖っぷち。

 左手側は、そそり立つ崖がふさぐ行き止まり。

 右手側には、断崖絶壁に沿って進む上り坂の道が続いている。


「ひぇぇっ……た、高いっすねぇ……。ここから落ちたら、うちらシー……冒険者でもヤバそうっす」


 崖っぷちから下を覗いて、怯えた声を上げる弓月。


 俺も覗いてみたが、普通に恐怖感を煽られる高さだ。

 ここから落ちたらどうなるかは、あまり想像したくない。


「弓月、一応言っておくけど、ふざけて押したりするなよ」


「わ、分かってるっすよ! 先輩はうちを何だと思ってるんすか!」


「んー、場を盛り上げるためには手段を選ばないトリックスター?」


「的確すぎて否定しづらいっすね。でもうちだって手段は選ぶっすよ」


「じゃあ、ここは意外性を狙って、私が大地くんを押してみるとか?」


「風音さん。意外性のために俺を亡き者にするのはやめましょう」


「ええっと……そろそろ進んでもいいですの?」


「「「あ、はい。すみません(っす)」」」


 アリアさんからやんわりとツッコミを入れられつつ、俺たちは右手側に続く崖っぷちの道を上りはじめる。


「この道を上り切った先に、最終目的地があるはずですわ」


「そこに特効薬のもとになる薬草があるんすね」


「でもって、エアリアルドラゴンがいる。……私たち負けないよね、大地くん」


「できる限りの準備は調えました。ステータスから見て、普通に殴り合えば多分負けないと思いますけど──一番の問題は、エアリアルドラゴンの敏捷力の高さでしょうね」


 先に戦ったワイバーンもかなり素早い動きを見せたが、あれで敏捷力35だ。

 対してエアリアルドラゴンは、敏捷力50。


 俺はワイバーン相手でも、一度攻撃を外している。

 そのあたりを楽観視するべきではないだろう。


「何か動きを止める手段でもあればいいんすけどね」


「それができれば苦労はないな」


「ロープを使って縛るとか……って、武器や魔法を当てるより難しいか」


「ですね。そんなことができる状況なら、速攻で攻撃をぶち込んで倒したほうが早いかと」


「ま、楽はできないってことっすね。ガチンコでやり合うっすよ」


「きっと勝てますわ。──お父様、待っていて。すぐに薬草を持って帰りますの」


 俺たちは緩やかな上り坂の道を、確かな足取りで上っていく。

 だが──


「えっ……?」


 アリアさんが、行く手に現れた光景を見て、言葉を失った。


 進むべき道が、崖崩れでも起こしたのか、途中で断絶していた。

 道の一部がぽっかりと抜け落ちていて、その向こう側に、さらに道が続いている形だ。


 抜け落ちている距離は、四メートルほどか。


「あちゃー。これは……」


 風音さんが、道が途切れている場所まで行って、下を見下ろす。

 俺も覗いてみたが、当然のように、ここから落ちたら谷底まで真っ逆さまのコースだ。


 とはいえ──


「でもこの距離なら、跳べる気はしますね」


「そっすね。風音さんとか、余裕じゃないっすか?」


「まあ、そうだね。これが跳べない気はしないかな」


「少し怖いけど、やるしかないですわね」


 高校で走り幅跳びをして測ったときは、たしか四メートルに届かないぐらいの跳躍距離だったと思う。


 そのときの運動能力のままなら、とてもじゃないが、こんな崖を跳ぼうという気にはならなかっただろう。


 だが今の俺は探索者シーカーの能力を持っていて、その運動能力は常人の比ではない。

 風音さんや弓月、アリアさんも同様だ。


「──よっと!」


 まずは最も敏捷力が高くて余裕そうな風音さんが、助走をつけてジャンプした。


 綺麗な反り跳びのフォームで跳んだ黒装束姿は、まったく危なげなく、余裕で向こう側に着地した。


 さらに俺、弓月、アリアさんが跳ぶ。

 風音さんほどの飛距離ではなかったが、三人とも問題なく飛び移ることができた。


 いざやってみれば、どうということはなかったな。

 度胸と実力があれば、たいていのことはどうとでもなるのだ。


 その後、俺たちは順調に上り坂の道を進んでいき──


 ついに、目的地である飛竜の谷の最奥、崖の上の大地へとたどり着いた。


 そしてそこには、くすんだ緑色のうろこを持った巨大モンスターが待ち受けていた。

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