第149話 エアリアルドラゴン(1)

 いつの間にか、吹きすさぶ風が強くなっていた。


 崖沿いの道を上り切った先──崖の上にあったのは、広大な台地地形だった。


 学校のグラウンドよりも広いそのフィールドの奥に、一体の巨大モンスターが待ち受けている。


 その大きさは、ちょっとした住居にも匹敵するほど。

 くすんだ緑色のうろこを持った竜は、俺たちの存在に気付き、とぐろを巻いた姿でこちらをじっと見つめていた。


 彼我の距離は、目算で百メートルを超えるほど。

 ここからではこちらの攻撃魔法は届かないし、向こうのブレス攻撃も同様のはずだ。


 そのとき、竜が鎌首をもたげた。

 天に向かって咆哮する。


 ──グォオオオオオオオオッ!

 大気を震わせるような、竜の雄叫びが響き渡った。


 威嚇だろうか。

 ここで引き返せば、まだ見逃してやるとでも言わんばかりだ。


 もちろん、ここまで来て引き返すなんて選択肢はない。

 絶対王者を気取っているあのデカブツに、そうではないのだと教えてやらなければいけない。


 なお目的の薬草は、あの竜が陣取っている位置のさらに向こう側、崖をロープで下りていかなければたどり着けない場所にあるらしい。

 やつを倒してから採取に向かった方が、はるかに安全だろう。


 俺たちは、まずは補助魔法バフを全員に付与していく。

 いつものボス戦仕様──【プロテクション】【クイックネス】【ファイアウェポン】だ。


 竜はその間、動くことなく待ち構えていただけだった。

 余裕か、油断か。そもそもモンスターにそのような心理があるのかどうかも分からないが。


 補助魔法バフをかけ終えた。

 俺たちは急ぎ、駆け出していく。


 各種補助魔法の効果時間は、およそ六十秒。

 それまでにケリをつけることが望ましい。


 竜もいよいよ動き出す。

 翼を広げ、バサッバサッと大きく羽ばたいて、崖の上の大地から浮上していく。


 俺たちは一定距離まで進んだところで足を止め、魔法の発動準備に入った。


 俺・風音さん・弓月・アリアさんの体が、各々の魔法属性を象徴する色──茶・緑・赤・青の燐光をまとっていく。


 ちなみに、四人の相互の距離は、ある程度離れている。

 範囲攻撃能力を持つドラゴンのブレス攻撃で、一網打尽にされないようにだ。


 だが離れすぎてもいけない。

 誰かがドラゴンの近接攻撃に狙われたとき、俺や風音さんがすぐに援護に行ける距離を保っておく必要がある。


 ──グォオオオオオオオッ!


 ある程度上空まで浮上したエアリアルドラゴンが、翼を羽ばたかせ、俺たちのほうに向かって飛び掛かってきた。


 速い。

 ワイバーンが見せたのと同様の稲妻のような軌道で、猛烈な速度で迫ってくる。


「来るぞ! 【ロックバズーカ】!」

「速いけど、この程度っ──【ウィンドスラッシュ】!」

「狙いが……! フェンリルアロー!」

「くっ……! 【アイシクルランス】!」


 右に左にと目まぐるしく軌道を変えるエアリアルドラゴンを的確に狙うのは難しかったが、それでも魔法攻撃は、そうは外さない。

 危ういものもあったが、緩やかな誘導性を持った魔法弾は、四発ともどうにか命中した。


 だがエアリアルドラゴンは、被弾部から黒い靄を漏らしながらも、そのまま構わず突進してくる。

 その口には、煌々こうこうと輝く魔力の光。


 ──ゴォオオオオオオオッ!


 エアリアルドラゴンの口から、ブレス攻撃が放たれた。


「「ぐぅっ……!」」


「風音さん! 弓月!」


 ブレス攻撃の範囲には、風音さんと弓月の二人が巻き込まれていた。


 エアリアルドラゴンが放つ「ウィンドブレス」の効果は、風音さんが使う【ウィンドストーム】のそれとよく似ている。


 無数の風の刃を含んだ嵐で、その範囲に巻き込まれたターゲットをズタズタに切り裂く効果を持つのだ。


 ブレスによる嵐が過ぎ去った後、風音さんと弓月の二人はその装備のあちこちを切り裂かれ、白い肌に幾多の切り傷を負っていた。


 ドラゴンブレスは魔法攻撃相当のダメージを与えてくる。

 全員に「抗魔の指輪」を装備させることで一応の対策はしてあるが、それがどの程度の効果を持つかは未知数だ。


「な、なんとか大丈夫、だけど……!」


「二発目もらったらまずいっす──って、そのまま来たっすよ!」


 エアリアルドラゴンはブレス攻撃を放った後、あろうことか、弓月に向かって突進していった。


 チッ、イヤなところに行きやがって。

 俺か風音さんに近接攻撃を仕掛けてくれば比較的楽だったが、弓月やアリアさんに行かれるのはまずい。


 もちろんそれを想定したフォーメーションにはなっていて、風音さんがすぐさまカバーに入ることに成功した。

 だが風音さんも手負いだ。


「ぐぅぅっ……!」


 エアリアルドラゴンの爪や牙が、恐ろしい勢いで風音さんに襲い掛かる。


 さしもの風音さんでも、そのすべてを回避することは不可能だった。

 爪による攻撃の一つが命中し、黒装束を破り裂いて、風音さんの体に浅くない裂傷を負わせる。


「風音さん! この──【三連衝】!」


 近接戦闘の場に駆けつけた俺は、エアリアルドラゴンの横合いから、必殺のスキル攻撃を放った。

【ファイアウェポン】の炎をまとった俺の槍が、エアリアルドラゴンの横っ腹を穿つ──はずだったのだが。


「なっ……!?」


 俺が放った三連撃は、見事に空を切っていた。

 エアリアルドラゴンの巨体が、その身に似合わぬ素早い回避行動を見せ、俺の攻撃を回避したのだ。


 エアリアルドラゴンの頭部が、俺に向かってニヤリと笑ってみせたように思えた。

 錯覚かもしれないが。


 そしてエアリアルドラゴンは、まるで俺など眼中にないと言うかのように、風音さんに向かってさらなる攻撃を仕掛けようとする。


 だがこっちだって、当然ながら、俺一人で戦っているわけじゃない。


「させないっす! フェンリルアロー!」


「回復しますわ! 【ハイドロヒール】!」


「助かる! ──そこぉっ!」


 弓月が放った氷の矢がエアリアルドラゴンに突き刺さって氷華を咲かせる一方で、風音さんが負ったダメージをアリアさんの治癒魔法が癒す。


 さらに竜が怯んだ隙に、風音さんの短剣二刀流が火を噴く。

 炎をまとった二本のルーンクリスが、斜め十字にドラゴンの体を切り裂いた。


 無論、エアリアルドラゴンとてやられてばかりではない。

 風音さんに向かって、爪や牙、尻尾を使った猛攻を仕掛けていく。


 風音さんはまた傷を負うが、致命傷には至らない。

 高い回避能力に加えて、黒装束や椿のかんざしの防御力などがいい仕事をしているようだった。


 そしてダメージを負うそばから、アリアさんの治癒魔法によって治癒されていく。

 全快するわけではないが、被ダメージと回復量が拮抗している印象だ。


 また、俺も──


「今度こそ──【三連衝】!」


 エアリアルドラゴンの動きを見て、外さないタイミングを見計らってスキル攻撃を仕掛けた。


 ボボボッと快音をたてて放たれた三連撃は、今度こそ過たず命中し、エアリアルドラゴンの胴を横合いから抉る。

 大ダメージを与えた確かな手ごたえ。


「──はぁあああああっ!」


「もう一発っす、フェンリルアロー!」


 加えて、風音さんと弓月のさらなる攻撃が直撃し、風竜を追い詰める。


 全身の至るところから黒い靄をもらしたエアリアルドラゴンは、苦悶の叫びをあげて悶え暴れた。


「うっし! 残りHP124っすよ!」


【モンスター鑑定】で残りHPを観測していた弓月から、そんな声が上がる。


 ──よし、あと一歩で勝てる。

 俺が勝利を確信した、そのときだった。


 バサッバサッと翼を羽ばたかせて、竜の巨体がその場から飛び上がった。


 同時に、瀕死のエアリアルドラゴンの口に、まばゆい輝きが灯る。


 次の瞬間、竜の口から二度目のブレス攻撃が放たれた。

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