第150話 エアリアルドラゴン(2)

 瀕死のエアリアルドラゴンが放った、二度目のウィンドブレス。


 それは接近戦に参加していた俺と風音さん、さらに近くにいた弓月をも巻き込んで、嵐を巻き起こした。


 暴風の中に含まれた無数の風の刃が、俺たちの全身を切り裂いていく。


 ──と、俺はここで、自分のミスに気付いた。


 俺が受けたダメージはまだ一撃目だし、特に問題にならない。

 都度で回復を受けていた風音さんも、致命傷にはならないだろう。


 だが回復を受けないままに、二度目のブレス攻撃を受けた弓月は──


 嵐がやんだ。

 弓月のほうを見ると、魔法使い姿の少女は、全身をズタズタに切り裂かれた格好で立ち尽くしていた。


 しかしその目は、まだ死んでいない。


「はっ……ははっ……よくも、やったっすねぇ……! ──お返しっす、フェンリルアロー!」


 満身創痍の弓月が、反撃の一矢を放った。


 キィイイイインッと大気を引き裂くような音を立て、青白い軌跡を残して高速で飛んだ氷の矢。


 それは一瞬の後にエアリアルドラゴンの胴に突き刺さると、直撃部から幾本もの氷柱を咲かせて、砕け散る。


 同時に竜の巨体も、黒い靄となって消滅した。

 魔石が落下し、地面に落ちる。


 見上げる空に残るのは、青い空と白い雲、そしてぴかぴかの太陽だけ。


 俺たちとエアリアルドラゴンとの死闘は、こうして幕を閉じたのだった。


「や……やったっすよ……うぐっ……」


「弓月!」


 弓月が、がくりと膝をつく。

 そのまま前のめりに倒れ込みそうになる妹分のもとに駆け寄り、俺は慌てて抱きとめた。


「はぁっ……はぁっ……せ、先輩……」


「すまん、俺のミスだ……! アリアさんだけに回復を任せるべきじゃなかった。待ってろ、すぐに回復してやるからな」


「し、死亡フラグみたいな言い方……しないでほしいっす……。ちょっとぶっ倒れそうになっただけで、普通にHP、残ってるっすよ……一桁っすけど……」


「いいからしゃべるな──【グランドヒール】!」


「だから台詞で、死ぬ感じにしないでほしいっす~……」


 俺がかけた治癒魔法で、弓月の傷は大部分が癒された。

 だがそれだけでは全快に足りなかったので、もう一発治癒を施す。


 弓月は普通に、元気を取り戻した。


「ふぅっ、生き返ったっす。でも先輩、別にミスって言うほどでもないと思うっすよ。先輩が回復を優先していたら、やつを倒すのが遅れて、もっと面倒なことになってた可能性もあるっす」


「まあ、それはそうかもしれないが」


「結果オーライっすよ、先輩♪ それにもしHPが0になったって、すぐに死ぬわけじゃないんすから。最大HPぶんマイナスにならなければ大丈夫なんすよね?」


「まあな。でも心配にはなるだろ。何にせよ弓月が無事でよかったよ。あと、よく頑張ったな」


 俺は弓月の頭をなでる。

 弓月は相好を崩して「にへへ~♪」っと声をもらした。


「ていうか先輩、自分の怪我も早く治したらどうっすか?」


「あ、そういえばそうか」


「人のことばっかり心配して、自分のことにはホント無頓着なんすからね、先輩は」


 その後、俺のダメージも治癒魔法で癒し、同じく傷を癒された風音さんやアリアさんとも合流。


 俺と弓月の様子を見ていた風音さんが「火垂ちゃんばっかりずるい!」と言うので、風音さんにも頭なでなでして頑張りを褒めたら、蕩けたように幸せそうにした。


 ちなみにアリアさんは、顔を赤らめてもじもじしながら、羨ましそうに俺たちのことを見ていた。

 いつもながらすみません。


 ともあれ、エアリアルドラゴンの討伐を完了した俺たち。

 視界にはミッション達成のメッセージボックスも出現していた。


───────────────────────


 ミッション『ドラゴンを1体討伐する』を達成した!

 パーティ全員が30000ポイントの経験値を獲得!


 新規ミッション『モンスターの【テイム】に成功する』(経験値10000)を獲得!

 新規ミッション『ドラゴンを4体討伐する』(経験値100000)を獲得!

 新規ミッション『エルダードラゴンを1体討伐する』(経験値100000)を獲得!


 六槍大地が31レベルにレベルアップ!

 小太刀風音が32レベルにレベルアップ!

 弓月火垂が32レベルにレベルアップ!


 現在の経験値

 六槍大地……172444/181490(次のレベルまで:9046)

 小太刀風音……193056/206876(次のレベルまで:13820)

 弓月火垂……200141/206876(次のレベルまで:6735)


───────────────────────


 俺と風音さんが1レベルアップ。

 弓月は戦闘前と比べると、一気に2レベルのアップだ。


 なお、弓月が風音さんを抜いて、経験値トップに躍り出ていた。

 エアリアルドラゴンの撃破経験値を持っていったからだろう。


 あとまた気になる新規ミッションが出てきたが、それはひとまず置いておくとして。


 さておき、最大障害は排除した。


 目的の薬草を探すと、想定していた場所に、一輪の白い花を咲かせる野草が見付かった。


 それはエアリアルドラゴンがいた台地の奥、崖からロープをつたって下りないとたどり着けない小さな岩棚にあったので、最も運動神経がいい風音さんに取りにいってもらった。


 そうして無事に薬草の採取を終えた俺たちは、帰還の途につく。


 あとはもう、何も問題は起こらない──はずだった。


 だが崖っぷちの道を下り、途中の崩落した地点を一人ずつ飛び越えて、洞窟の入口へと戻ろうとしたときのことだ。


「えっ……?」


 その声を上げたのは、最後に跳んだアリアさんだった。


 どういう運命のイタズラなのか。

 唐突に吹き荒れた突風が、ジャンプ中のアリアさんを強く押し返したのだ。


 アリアさんは空中で勢いを失い、その場で落下を始める。


 たしかに少し前から、吹きすさぶ風が強くなってきてはいた。

 でもこれほどの突風が吹くなんて、誰が思うだろうか。


「──アリアさん!」


 俺はとっさに手を伸ばした。

 アリアさんも、俺に向かって手を伸ばし返してくる。


 だが、届かない。


「お願いですわ! その薬草を、お父様に──!」


 アリアさんは谷底に、真っ逆さまに落ちていった。

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