第143話 検証結果と誘惑

 ワイバーンを倒した俺たちは、飛竜の谷の谷底をさらに進んでいく。


 もうしばらく進むと、奥地への中継地点である洞窟の入り口にたどり着くとのことだが。


「ところで弓月、『検証』の結果ってどうだった?」


 俺は歩きながら、弓月に聞く。

 弓月はこう返事をした。


「結論から言うと、『フェンリルボウ』のほうが強かったっす。具体的に言うと、【フレイムランス】が114点、『フェンリルボウ』が132点のダメージっすね」


「ほー。多少のブレがあると考えても、『フェンリルボウ』のほうが上であることはまず間違いなさそうだな。消費MPに見合うだけの威力はあるってことか」


「っすね。しばらく単体攻撃は『フェンリルボウ』を愛用するつもりっすよ」


「分かった。MPにも余裕あるしな」


 弓月が行った「検証」とは何かというと、【フレイムランス】と「フェンリルボウ」、どちらのほうが威力が上なのかを調べるものだ。


 これは大ボスであるエアリアルドラゴンと戦う前に、はっきりさせておきたかった事項だ。


 だが全員で一斉に魔法を撃つと、弓月の攻撃単体のダメージを観測するのが困難。

 ゆえに攻撃タイミングを少しズラしたという次第だった。


「ただこの先が問題なんすよね」


「【弓攻撃力アップ】を取るかどうか、か」


 俺の相槌に、弓月はこくんとうなずく。


 フェンリルボウの特殊効果の説明には「【弓攻撃力アップ】スキルによって威力が増加する」という趣旨の内容があった。


 フェンリルボウを弓月の主力攻撃手段と見すえるなら、【弓攻撃力アップ】のスキルを修得して威力を上げていく方向性は、有力な選択肢の一つと考えていいように思う。


 だが一方で、弓月は通常の武器攻撃には絶望的に向いていない。

 もし【弓攻撃力アップ】を修得するとしたら、事実上、フェンリルボウのためだけに修得することになる。


 また【弓攻撃力アップ】を修得したときに、フェンリルボウによる攻撃の威力がどの程度伸びるかも未知数だ。

 最悪、「外れ」のスキルにスキルポイントを注ぎ込むことになる。


 だがもしその効果が大きければ、エアリアルドラゴン戦を優位に運べることは間違いない。

 今後を見すえても、悪くない選択肢であるように思う。


「先輩はどっちのほうがいいと思うっすか? 実際うちのスキルポイント、今は少し余りがちなんすよね」


 弓月はそう言って、自分のステータスと修得可能スキルリストを開いて、俺に見せてくる。


 俺はすぐそばに寄り添ってきた弓月の頭をなんとなくなでながら、それを確認する。


「確かにな。残りスキルポイントが2ポイント。いま取れるスキルでめぼしいものは取り切っていて、リストに残っているもので有力候補は【弓攻撃力アップ】か【耐久力アップ】【敏捷力アップ】、あとは【宝箱ドロップ率3倍】ぐらいか」


「ん。そんなトコっす」


「難しいところだな。でも俺だったら、この状況なら【弓攻撃力アップ】を伸ばすかも。【耐久力アップ】や【敏捷力アップ】の目もあるが」


「やっぱりそんな感じっすか。──ところで先輩、なんで今うちの頭をなでてるっすか?」


 ん……?

 なんでと言われると、そこに弓月の頭があったからとしか言えないが。


「すまん、嫌だったか? なんとなく、なでたくなっただけなんだが、嫌だったら悪かった」


「嫌じゃないっす。脈絡がなかったから気になっただけで、むしろ先輩の愛玩物って感じがしてうちは嬉しいっす。──だからうちのこと、先輩の好きにしていいっすよ♡」


 俺のほうを見て、きゃぴっとあざとく笑いかけてくる弓月。


「……お前さぁ。前々から思ってたんだけど、俺のこと誘惑してんの?」


「してるっすよ。先輩がなかなか誘惑されてくれないから困ってるっす」


 今度は俺から顔を背けて前を向き、普段どおりトーンで言う。

 だが少し、声が上擦っている。


「……冗談だよな?」


「冗談じゃないっす。うちは本気っす」


「……ちょっと待ってくれ。混乱してる」


「へぇ、混乱してくれたっすか。それは朗報っす」


 弓月はずっと前を向いていて、俺に顔を見せようとしない。

 だが耳は真っ赤だ。


「…………」


 俺は「その可能性」については、ずーっと考えないふりをしていたのだが、いい加減に認めざるを得ない気がしてきた。


 しかも、そのとき──


「大地くん、もうそろそろ気付こうよ。いい加減に、火垂ちゃんがかわいそうだよ」


「……っ!?」


 いつの間にか、風音さんがすぐそばにやってきていて、俺の耳元でそう囁いた。

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