第141話 飛竜の谷
早朝、朝食をとってから野営地をたち、徒歩で旅を続けること数時間ほど。
太陽がもう少しで真上に来る頃に、俺たちは「飛竜の谷」に到着した。
「これが飛竜の谷か」
「すっごい……」
「でっかいっすねぇ~」
「わたくしも、実際に見るのは初めてですわ」
俺たちはそれぞれに頭上を見上げ、その風景の雄大さに圧倒されていた。
左右にそれぞれそそり立つ、切り立った崖と崖。
俺たちが立っているのは、それらの崖に挟まれた、細長い谷の入り口だ。
ただ細長いといっても、そう錯覚するだけのこと。
実際には、右の崖と左の崖とのあいだの谷底の幅は、四車線の高速道路ぐらいはゆうにある。
左右の崖の高さは、何十階とある高層ビルにも匹敵するほど。
その巨大な崖と崖が、ずーっと奥まで、緩やかに蛇行しながら続いている。
しかし圧倒されてばかりもいられない。
俺たちは、赤茶けた土の大地を踏みしめ、飛竜の谷を進んでいく。
しばらくは、何事も起こらなかった。
ただ雄大な自然の地形を、順調に進んでいっただけ。
だが、谷底を小一時間ほど進み続けた頃のこと。
「あ、大地くん。あれ──」
風音さんが、空を指さす。
左右の崖の合間から見える青空に、翼を広げた黒い影が、ぽつんと浮かんでいるのが見えた。
その影は、上空で一度旋回したかと思うと、ぐんぐん大きくなっていく。
それはつまり、急速に近付いてきているということ。
こんなところで遭遇する巨大飛行物体など、モンスター以外の何者でもない。
そしてここは、ワイバーンの出没地帯だ。
俺は女性陣に向けて叫ぶ。
「戦闘準備!」
「「「了解!」」」
俺は槍と盾を構え、風音さんは腰から二本の短剣を引き抜く。
アリアさんは細身剣を、弓月はフェンリルボウを手にして攻撃姿勢を整えた。
それと同時に、俺は【プロテクション】を、風音さんは【クイックネス】を、弓月は【ファイアウェポン】を味方全員に、優先順位を踏まえて順繰りに付与していく。
急速に近付いてくるとはいえ、あの上空からだ。
味方全員に
数十秒後。
急降下してくる巨大飛行物体が、いよいよ戦闘距離近くまでやってきた。
その姿は、まさに「飛竜」だ。
何の予備知識もなしに遭遇していたら、「飛竜の谷」が示す「飛竜」とは、あいつのことだと思い込んだに違いない。
その飛竜は緑色のうろこを持ち、前肢がなく、尻尾の先が
あの尻尾こそが、目前に迫ったモンスター──ワイバーン最大の武器だ。
あれにぐさりと突き刺されると、そこから「猛毒」が注入される。
「猛毒」の威力は、デススパイダーやジャイアントバイパーが持つ「毒」とは比べ物にならないという。
「毒」は数時間をかけて犠牲者を死に至らしめるが、「猛毒」は数十秒から数分で致命的な結果をもたらす。
もちろんそれも、何も対策を用意していなければの話だが。
間もなく攻撃魔法の射程に入る。
アリアさんも含めた俺たち四人は、それぞれに魔力の燐光を身にまとわせている。
そのときワイバーンが、バサッ、バサッと翼を羽ばたかせた。
飛行軌道が、ジグザグに変化する。
めまぐるしく軌道を変えながら、稲妻のように迫ってくるワイバーン。
狙いを付けづらいが、それでも──
「【ロックバズーカ】!」
「【ウィンドスラッシュ】!」
「【アイシクルランス】!」
俺、風音さん、アリアさんの攻撃魔法が、一斉に放たれた。
なお俺が放ったのは、いつもの【ロックバレット】ではなく、新たに修得した上位攻撃魔法の【ロックバズーカ】だ。
土属性が弱点のエアリアルドラゴン対策として、わずかでも足しになるかと思って修得したのだ。
俺のすぐ前の空間から、抱えるほどもある大きな岩塊が、大砲のような勢いで発射される。
緩やかな追尾軌道を持った魔法攻撃は、風音さんが放った風の刃、アリアさんが撃った氷の槍とともに、狙いあやまたずワイバーンに直撃した。
「全弾命中! 残りHP598/700っす! ──【フレイムランス】!」
俺たち三人より一拍遅れて、弓月が魔法を放つ。
俺、風音さん、アリアさんの魔法と比べて、はるかに魔力密度の高い炎の槍が放たれ、ワイバーンに突き刺さった。
ちなみに弓月が魔法発動を遅らせたのには意図がある。
この戦闘そのものは若干不利になるが、それでもやっておきたい、とある「検証」のためだ。
四つの魔法攻撃が直撃しても、ワイバーンは怯むことなく接近してきた。
間もなく近接戦闘距離だ。
「残りHP484っす! ──先輩、風音さん!」
「任せろ!」
「火垂ちゃんとアリアさんは下がって!」
俺と風音さんが、炎を宿した武器を手に前に出て、前方上空から襲い来るワイバーンを迎え撃つ。
直後、俺たちとワイバーンとが、交錯した。
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