第138話 依頼

 領主の寝室から退室した後、アリアさんは応接室に俺たちを案内して、そこで話を始めた。


「あらためて説明しますわ。ダイチさんたちにお願いしたいのは、わたくしと一緒に『飛竜の谷』に行って、その奥地に生息していると言われる薬草の採取を手伝ってもらうことですの」


「その『飛竜の谷』に『ドラゴン』が出没するということですか」


 俺がそう返すと、アリアさんはこくんとうなずいて、【アイテムボックス】からモンスター辞典を取り出す。


 そしてページをめくり、ひとつのモンスターが記されている項を示した。


「『飛竜の谷』の奥地は、この『エアリアルドラゴン』の縄張りであると言われていますわ。『最速のドラゴン』とも呼ばれる、風の竜ですの」


 アリアさんが開いたページをのぞき込んだ弓月が、難しい顔をする。


「データを見た感じ、なかなか強いっすね。HP1100、攻撃力75、防御力100、敏捷力50、魔力45……昨日戦ったストーンゴーレムより、ステータスは一回り上って感じっす。敏捷力だけならストーンゴーレムの二倍っすね」


「敏捷力50! 装備効果込みでも、今の私より上かぁ」


「まあまあヤバいですね……」


 風音さんですら届かないなら、俺にとってははるか彼方だ。


 敏捷力が高いモンスターは、当然ながら動きが素早い。

 こちらの攻撃を的確に命中させることが難しくなるし、向こうの攻撃を回避することも困難だ。


 なおモンスターのステータスは探索者シーカーのそれとは様式が異なるが、敏捷力や魔力に関しては、探索者シーカーの同名の能力値と同等のものだと言われている。


「『飛竜の谷』には、ほかにも『ワイバーン』なども出没すると言われていますわ。でも出没エリアが違うから、ドラゴンと同時に戦うなんてことはないはず」


「ワイバーンか……」


 それもミッションに出てきていたな。

 1体討伐が条件で、獲得経験値は12000だったはず。


 なおモンスター図鑑でワイバーンのページを見ると、そのステータスはざっくりストーンゴーレムと同格だった。


 ボス格の強さではあるが、エアリアルドラゴンを倒しに行く前提で、こいつ相手に怖気づく理由はないだろう。


 ドラゴン討伐で経験値30000、ワイバーン討伐で経験値12000か……。

 首尾よく進んだ場合の経験値は、メチャクチャおいしい。


 あとの条件は──


「アリアさん、ここから『飛竜の谷』までは、どのぐらいかかります?」


「片道で一日ちょっとの距離ですわ。『飛竜の谷』での探索時間も考えれば、おそらく往復三日ぐらいの道程になると踏んでいますわね」


 三日か。ちょっとかかるな。


 三日をかけたミッションで、経験値42000。

 それでも十分な経験値だとは思うが、あとはリスクと見合うかどうかか。


 そんなことを考えていると、応接室のテーブルを挟んで正面の席に腰掛けたアリアさんが、俺たちに向かって深々と頭を下げてきた。


「お願いですわ……! わたくしが知っている限り、ダイチさんたちが一番頼りになりますの! 報酬はどうにかして、金貨500枚をご用意しますわ! ──どうか、どうかお父様を助けてくださいませ!」


 テーブルに頭をこすりつけるようにして、頼み込んでくるアリアさん。

 さて、どうしたものか。


 もちろん、助けてやりたいのは山々だ。

 報酬も文句はない水準。


 問題は、リスクの大きさをどの程度と見積もるかだ。

 今の俺たちの実力で、「ドラゴン」を倒せるのか。


 試してみたい気はする。

 アリアさんもいるし、成功したときに獲得できる経験値だって莫大だ。


 ──と、そのときダメ押しとばかりに、俺の脳内でピコンッと通知音が鳴った。


───────────────────────


 特別ミッション『飛竜の谷の奥地で薬草を採取して、領主の元まで持ち帰る』が発生!


 ミッション達成時の獲得経験値……30000ポイント


───────────────────────


「「「うわぁっ……」」」


 俺、風音さん、弓月の三人が、同時に声を上げた。

 アリアさんは首を傾げているが、さておいて。


 特別ミッションまで出てしまった。

 しかも獲得経験値は、ドラゴン討伐と同じ30000ポイント。


 現在見えている条件を全部満たせば、獲得経験値の合計はなんと72000ポイント。

 破格も破格。これまでとは桁が違う。


 リスクの大きさを考慮しても、昨日のオーク討伐再調査のクエストを受けておいて、これを受けない手はない気がする。


 風音さんと弓月のほうを見ると、二人はこくんとうなずいてきた。

 二人はこの依頼を引き受けることに、異存はないようだ。


 あとは──


「ちなみにアリアさん。俺たちがこの依頼を断った場合、どうなりますか?」


「……その場合は、この依頼を冒険者ギルドに持っていくしかないですわね。でも行き先が『飛竜の谷』と聞いて、挙手をしてくれる冒険者パーティが見つかるかどうか。仮に見つかったとして、それまでに何日かかるか。そのタイミングで出発して、お父様の容態がもつかどうか……」


 アリアさんは、苦渋の表情を見せる。

 そのぐらい展望が厳しいのだろう。


「なるほど、分かりました。意地悪な質問をしてすみませんでした。──でもその上で。足元を見るようで申し訳ないんですけど、一つ条件を出してもいいですか?」


「条件……ですの?」


「ええ。成功報酬として金貨500枚を約束してくれましたけど、それをすべて『前金として』ほしいんです。俺たちを信用してもらえることが前提になりますけど」


「……理由を聞いてもいいかしら?」


「その金貨500枚を使って、装備を強化したい。万全を期して挑みたいんです」


 俺はアリアさんの目をまっすぐに見て、そう伝えた。

 もちろん嘘などではなく、俺の本心からの言葉だ。


 それに対して、アリアさんは少し考え込むような仕草を見せてから、こう答えた。


「分かりましたわ。引き受けてもらえるのなら、その条件をのみますわ」


「では依頼を引き受けます。またよろしくお願いします、アリアさん」


「ありがとう! 恩に着ますわ!」


 契約成立。

 俺はアリアさんと、がっちりと握手をした。


 こうして俺たちは、アリアさんとともに「飛竜の谷」へと向かうことになった。


 だが、その前に──

 俺たちはこの城の廊下で、あまり好ましくない人物と遭遇することとなる。

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