第137話 領主の病

 詳しい話を聞くため、場所を変えることになった。

 俺たちはアリアさんのあとについて、上流階級の邸宅がある一帯に足を踏み入れる。


 やがてたどり着いたのは、この街を収める領主の居城だった。


 アリアさんは門番に顔パスで、城の門をくぐっていく。

 俺たちもそのあとに続いた。


「ほえ~。やっぱりアリアさん、領主様の娘さんだったんすね」


「隠していてごめんなさい。わけあって、領主の娘であることは秘密にして冒険者をやっていますの。……でも、あまり驚いていませんわね」


 だいたい予想は付いていたからな。


 とはいえ、こんな城の中に入るのは初めてだから、きょろきょろと見回したりはしてしまうが。


 しかし城というからには、さぞかし煌びやかなものかと思っていたが、見た感じではそういった印象はあまり受けなかった。


 どちらかというと、質実剛健な防御施設といった感じ。

 とりわけ裕福そうな雰囲気は見受けられない。


 城門をくぐった俺たちは、アリアさんのあとを追って中庭を通り、居館に入る。


 居館の玄関ホールでは、昨日見た執事服の老人がアリアさんを出迎えた。


「お帰りなさいませ、アルテリアお嬢様。そちらの方々は、昨日もご一緒でいらっしゃった──」


「ええ、冒険者の方々ですわ。信頼できる優秀な人たちよ。お父様の容体は変わっていない?」


「はい。ときおり苦しんではおられますが、大きくお変わりはございません」


「そう。自然に快復する見込みはないのだから、良い知らせなのだけれどね」


 少し沈んだ声のアリアさん。


 その後、アリアさんは俺たちを、居館の二階にある領主の寝室へと案内した。


 寝室のベッドでは、四十絡みの壮年男性が横になっていた。

 苦しげに荒く息を吐き、うなされている。


 ベッド脇には医者と思しき老年男性がいて、布を水で濡らして絞り、患者の額に乗せるなどしていた。


 アリアさんが、その医者と思しき人物に声をかける。


「お父様の容体は、変わりませんのね」


「何とも言えません。極端な悪化はしていませんが、体力は着実に奪われています。もって一週間が関の山でしょう」


「でも『飛竜の谷』の奥地に生息している薬草があれば、特効薬が作れる──そうですわね」


「はい。しかし『飛竜の谷』です。私は冒険者稼業については専門外ですが、この病が記述された医術書には、熟練の冒険者でも足を踏み入れることをためらう場所だと書かれていました。本当に行かれるおつもりですか、アルテリア様」


「当然ですわ。お父様が助かる方法があるというのに、指をくわえて見てはいられないもの。でも私ひとりでは無謀が過ぎることも分かっていますわ」


 そのとき、ベッドの上でうなされていた患者が、ゆっくりとまぶたを開いた。

 アリアさんのほうを見て、弱々しくつぶやく。


「アルテリア、か……」


「お父様……! 無理はしないで! 必ずわたくしが、薬草を採ってまいりますわ!」


「話は……聞こえていた……。お前は優しすぎるせいか、おてんばなせいか、無茶ばかりする……。私は、お前の身のほうが心配だ……」


「大丈夫ですわ。無茶でも無謀でもないように、心強い助っ人に協力を頼みますの。──こちらがダイチさん、カザネさん、ホタルさん。三人とも凄腕の冒険者ですわ」


 アリアさんが俺たち三人を、ベッドの上の人物──アリアさんの父親であり、この街の領主に違いない──に紹介する。


 俺たちは領主に向かって、軽く頭を下げた。


「そうか……キミたちが、アルテリアを助けてくれる冒険者たちか……。……頼む、娘を……守ってやってくれ……」


「お、お父様……! そうじゃありませんわ! わたくしも一人前の冒険者で、守ってもらう立場ではないですの! ダイチさんたちには、協力をしてもらうだけですわ!」


「ははは……そう、だったな……」


 うーん……。

 詳しい話を聞きに来たはずが、すでに受ける前提で話が進んでいるな。


 ていうか外堀がどんどん埋められている気がするのだが。

 これ、断れないやつなのでは?


 そんな話をしているうちに、領主がゲホゲホと咳き込んで、また苦しみ始める。


 医者が退室を示唆したため、アリアさんと俺たちは寝室をあとにした。

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