第110話 囚われの女戦士(2)
黒ローブの一人が、ボロボロ姿の囚われのベルガに向かって、恭しく礼をする。
「お初にお目にかかる、ベルガ殿。私たちは、遊戯と享楽を司る神ラティーマの信徒だ」
「……あんたたち、『戦士』だね。それも手練れの」
ベルガは二人の黒ローブ姿を、強い瞳で睨みつける。
それを聞いた黒ローブたちは、その口を真っ赤な三日月のように吊り上げた。
「これはこれは、お目が高い。貴女も熟練の戦士のようだが、こうなってしまっては形無しだね」
「何が狙いだ。あたしをどうするつもりだ」
「くくくっ。『レブナント』と言えば、聡いあなたならお分かりいただけるかな?」
「なっ……!?」
──レブナント。
それは「戦士」の死体を素材にして作られる、強力なモンスターだ。
つまりこの二人は、ベルガを殺してレブナントにしてしまうつもりなのだろう。
そのためにグードンを利用し、ベルガを捕らえてここまで連れてきたのだ。
いや、ベルガたちの集落の宝物庫に守られていた稀少アイテム「レブナントケイン」の入手も、彼らの目的の一つだったのかもしれない。
宝物庫に秘匿されていた「レブナントケイン」は、先代の戦士が冒険の旅の中で手に入れた宝物の一つだ。
価値ある宝物ではあるが危険なアイテムゆえに、処分するべきかどうかが幾度も検討され、今の今まで先送りにされてきたものだった。
そのことを、目の前の邪教徒どもはどこからか嗅ぎつけ、この計画を案じたのだろう。
「くっくっく、良い反応だ。──そしてこれは、キミをトロフィーとした『ゲーム』でもある。残ったドワーフの戦士たちは、キミがレブナントへと成り果てる前に、キミを助け出すことができるだろうか? それとも我らが手にかかり、彼らもまたレブナントの材料となってしまうのか」
「くっ、狂人どもめ……!」
ベルガは歯をギリと噛みしめる。
こいつら──邪神ラティーマの信徒どもにとっては、人の命など、ゲームのコマでしかないのだろう。
だがそこで、ベルガは冷静に息を吐く。
『戦士』をレブナントにするためには、長時間の儀式が必要だ。
今の状況を見るに、儀式はまだ十分に進んではいないはずだ。
殺されるのは、儀式の最後。
こいつらがベルガをレブナントにして、さらなる悪だくみのための強力なコマを手に入れたいのであれば、今すぐに殺されることはない。
「……で、あんたたちはずいぶんと余裕ぶっているようだけど、何か策でもあるのかい? あんたたちも手練れのようだけど、あたしの集落の戦士たち──バドンとドドルガもまた熟練の戦士だ。二対二でぶつかって、必ずあんたたちが勝つ道理なんてないんじゃないか?」
それもまた、楽しい「ゲーム」だとでも言うつもりだろうか。
あるいはベルガを人質に取って、抵抗できないところをなぶり殺しにでもするつもりか。
ベルガがそう疑問に思っていると、邪教徒の一人が笑った。
「ああ。だから彼らには、面白いゲームを用意してあげたよ。キミたちの集落の周囲に、多数のスケルトンを隠して配置しておいた。そして、そのことを彼らに伝えてやったのさ。──さあ、彼らはどう動くと思う?」
「チッ……! 何が『ゲーム』だ! しっかり自分たちの勝ち筋を用意して」
ベルガやバドン、ドドルガといった熟練の戦士にとっては、雑魚モンスターの代表格であるスケルトンなど、何体いようが物の数ではない。
だが戦士でない者たちにとっては、スケルトンは恐るべき脅威だ。
たった一体のスケルトンでも、集落のドワーフを全滅させることすらあり得るだろう。
つまり集落のドワーフたちを守るためには、バドンかドドルガのいずれかは集落に残らなければならない。
必然的に、ベルガを助けに来られるのは、いずれか一人だけ。
最初から二対一での戦いが仕組まれていたのだ。
「いやいや、ゲームは賽を投げてみなければ分からないものだよ。二対一でも、我らが負けるかもしれない」
「楽しいゲームには、多少のスリルは必要だからね」
そう言ってへらへらと笑う邪教徒たちに、ベルガは言いようのない嫌悪感を覚える。
そしてベルガは今になって、自らの迂闊さを呪った。
グードンから差し入れられた酒を無警戒に飲んだりしなければ、こんなことにはならなかったのだ。
「バドン、ドドルガ、集落のみんな……! ちくしょうっ!」
鎖に吊るされ無様な姿となったベルガには、ただ地団駄を踏むことしかできなかった。
そして、そのとき──
「──ベルガ、どこにいる! 返事をしろ! このバドンが助けに来たぞ!」
一人のドワーフ戦士の声が、外から聞こえてきたのだ。
それを耳にした二人の黒ローブは、再びその口を三日月のように吊り上げた。
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