第111話 救出作戦

──side:六槍大地──



「──ベルガ、どこにいる! 返事をしろ! このバドンが助けに来たぞ!」


 少し離れた場所から、バドンさんの声が聞こえてくる。

 神殿の表口のほうだ。


 俺と風音さんはそれを、神殿の裏手側、草木がぼうぼうに生えた草むらに隠れた状態で聞いていた。


 今の声は、バドンさんから俺たちへの合図でもある。

 俺たちは、声がしてからゆっくり十秒ほど数え、しかる後に行動に移った。


 なるべく音をたてないように、かつできるだけ素早く神殿に近付いていく。

 それでも多少の音はどうしても鳴ってしまうが、やむを得ない。


 先行する風音さんが、ぽつりとつぶやく。


「こんなことになるなら【隠密】スキルを取っておけばよかったよ」


「うん、それ。俺も思いました」


「だよね」


 次にスキルポイントを獲得したら、すぐに使わずに未使用で残しておくのも手だな──などと思いながら草むらを進んでいく。


 ある程度まで神殿に近付いたところで、風音さんがピタッと動きを止めた。


「──ビンゴ。神殿内に気配が一つ。移動はしてないね」


 神殿内に、移動していない気配が一つ。

 ということは、それがベルガさんだろうか。


 そしてちょうどそのとき、表口のほうから声が聞こえてきた。


「くっくっく、ようこそ、勇敢なドワーフの戦士よ。たった一人でのこのこと、よくも現れたものだ」


「抜かせ! 貴様たちがそう仕組んだのだろうが!」


「そうとも。我々が仕掛けたゲーム、楽しんでいただけたようで何よりだよ。そしてここが、貴殿の人生というゲームのフィナーレだ」


「何がゲームか、卑怯者どもめ!」


 バドンさんともう二人、別の声が聞こえる。

 おそらく敵の邪教徒が二人いて、それが表口でバドンさんと対峙しているのだろう。


 それにしてもバドンさん、演技派だな。

 俺たちも彼の仕事にしっかりと応えないと。


 俺と風音さんは互いにうなずき合うと、風音さんが気配を感じたほうへと向かっていく。


 神殿は開放的な作りで、戸もガラスもない吹きさらしの窓がいくつもある。

 そこから神殿の室内へと入るのは、容易い仕事だった。


 気配を頼りに俺たちが潜り込んだ一室には、案の定、女ドワーフの戦士ベルガさんが囚われていた。

 天井から伸びた鎖で拘束されている。


 ベルガさんは俺たちに気付くと、目を丸くする。

 俺と風音さんは、口元に人差し指をあててみせて、ベルガさんを黙らせた。


 だがそこで、俺は気付いてしまった。

 ベルガさんが、あられもない姿だったのだ。

 衣服がビリビリに破り裂かれ、辱めをうけたような跡があった。


 俺は目を背けるべきかどうか迷ったが、優先順位を考えて、ひとまずその思考は意識から除外した。


 また室内にはもう一つ、目を背けたくなるものがあった。

 グードン──あの陰気そうなドワーフが、事切れた姿で地面に転がっていたのだ。


 どういうことだろうか。

 件の邪教徒に殺されたのか。


 それらを目撃した風音さんは、険しい表情をしたかと思うと、すぐにベルガさんに駆け寄って短剣で鎖を切った。

 ベルガさんを吊るしていた鎖は、ルーンクリスのひと薙ぎであっさりと千切れ飛んだ。


 脱力して崩れ落ちそうになったベルガさんを、風音さんが支えて床に下ろす。


 風音さんは俺に向かって、こくんとうなずいてきた。

 任務完了だ。


 俺は声を張り上げて、神殿の表口にいるバドンさんと、に向けて合図をする。


「バドンさん、! ベルガさんは助け出しました! あとは敵を倒すだけです!」


「「よし来た!」」


 表口のほうからは、喜々とした二人のドワーフ戦士の声が聞こえてきた。

 さらに続くのは、狼狽した様子の、別の二人の声。


「なっ……!? もう一人のドワーフ戦士が隠れていただと!? なぜここにいる! 集落のドワーフを見捨てたのか!?」


「それに今の声は何だ! 何が起こっている!?」


 ──よし。

 どうやら計画通り、敵の裏をかくことに成功したようだ。


 俺たちと二人のドワーフ戦士は、邪教徒からの手紙の内容を確認した後、ベルガさん救出のための作戦を練った。


 指定されていた神殿の場所はすぐに分かったのだが、問題だったのは、ベルガさんが敵に捕まっているという事実だ。


 救出作戦実行の際に、ベルガさんを人質に取られては厄介だ。

 だから彼女を、敵に感づかれないよう秘密裏に救出する必要があった。


 そのためにバドンさんが一芝居打ち、相手の術中にはまったふりをして、敵を表口におびき出した。

 ドドルガさんは表口付近に隠れて待機していた。


 その一方で俺と風音さんが、裏口方面から神殿内に侵入して、ベルガさんを救出する手筈となったのだ。


 情報が不十分だったから不確定要素も大きく、どうしても賭けの要素もできてしまったが、結果としてうまくいったので俺はホッと胸をなでおろしていた。


 だがこれで仕事が終わりではない。


 表口のほうからは、早くも戦いの音が聞こえてくる。

 二人のドワーフ戦士と、敵の邪教徒たちの戦いが始まったのだろう。


 風音さんは【アイテムボックス】から毛布を取り出し、それをベルガさんにかけてやっていた。


 俺はベルガさんに問う。


「ベルガさん、あとは一人で大丈夫ですか?」


「もちろんだ。あたしのことはいい。バドンとドドルガを助けにいってやってくれ」


「はい。──風音さん、行こう」


「うん、大地くん!」


 俺と風音さんは、二人で表口方面へと向かって駆け出した。


 そのとき、ピコンッと音がして、メッセージボックスが開く。


───────────────────────


 ミッション『スケルトンを10体討伐する』を達成した!

 パーティ全員が2000ポイントずつの経験値を獲得!


 現在の経験値

 六槍大地……83466/91100(次のレベルまで:7634)

 小太刀風音……83536/91100(次のレベルまで:7564)

 弓月火垂……83659/91100(次のレベルまで:7451)


───────────────────────


 ──よし。

 もうまいことやっているみたいだな。


 俺と風音さんが神殿内を駆けていくと、やがて表口付近にたどり着いた。


 そこでは黒ローブ姿の二人と、二人のドワーフ戦士とが、二対二の戦いを繰り広げていた。

 戦いの様子は、どちらが優勢でも劣勢でもなく、ほぼ互角に見える。


 そこに俺たちが踏み込んだ。

 しかもドワーフ戦士たちと俺たちとで、黒ローブの二人を挟み撃ちにできる構図だ。


 二人のドワーフ戦士が、俺たちの到着を見てニヤリと笑う。

 一方の黒ローブたちは、慌てた様子をみせた。


「バカな!? 人間の冒険者だと!?」


「き、汚いぞ! そんなのゲームバランスが──」


「お前らが言うか! ──くらえっ、【三連衝】!」


「──はぁあああああっ!」


 敵に駆け寄った俺と風音さん、二人の槍と短剣が、それぞれ一人ずつの黒ローブに攻撃を仕掛けた。

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