第109話 囚われの女戦士(1)

 ※念のため「残酷描写有り」「性描写有り」にチェックを入れました。

 苦手な方はご注意ください。


 なおムービーシーン(?)が二話続きます。



 ***



 ドワーフ集落の西にある、打ち捨てられた神殿跡。


 入り口前に立てられた神像は無残に破壊され、今やいずれの神を祭る神殿なのかも分からない。


 ──否。

 神殿の入り口付近の台座の一つに、移動可能な小型の石像が一つ、配置されていた。


 石像は、長い髪を背に流した、小柄な少女の姿をしている。

 右手には遊戯を象徴する賽子サイコロが、左手には享楽を象徴する酒瓶が握られていた。


 この世界の住人の多くは、この石像を見れば、遊戯と享楽を司る邪神ラティーマを模したものであることを認識するだろう。


 そうした即席の邪神像が配された神殿跡。

 その奥まったところにある一室には、今、一人の女性が囚われていた。


 ドワーフの女性だ。

 小柄でぽっちゃりしたヒト族の少女とも見えるその容姿は、ドワーフの男ならば多くの者が魅力的と認めるであろうものだ。


 そのドワーフ女性は、今は万歳をするように両腕を頭上に持ち上げられ、天井から鎖で吊るされている。


 彼女が身に着けていた鎖帷子は脱がされ、敗北者の象徴であるかのように、足元の地面に打ち捨てられていた。


「うっ……」


 意識を失っていたドワーフ女性──戦士ベルガは、うっすらと目蓋を開いていく。


 ベルガがいるのは、冷たい石造りの一室だった。

 彼女には見覚えのない場所だ。

 意識を失っているうちに連れてこられたのだろう。


 彼女の目の前には今、一人のドワーフの男がいた。

 椅子に座った姿でニタニタと頬杖をつくその姿を、ベルガは静かに睨みつける。


「……グードン。これはいったいどういうことだ」


「くくくっ、起きたかベルガ。見ての通りだ。お前は捕まったんだよ、俺の毒牙にな」


 囚われのベルガの前にいたのは、彼女と同じ集落に住むドワーフの一人、グードンだった。


 ベルガの印象では、グードンはうだつの上がらない男だ。


 職人としても工夫こうふとしても真面目に働かず、そのくせ集落内での自分の待遇の悪さを呪ってばかりいた。

 お世辞にも立派な人格の持ち主だとは評価できない。


 それでもたまには、真面目になろうとして頑張っているらしき姿も見えた。

 ベルガが彼に、真面目に働けとはっぱをかけ続けていたせいかもしれない。


 だからベルガは、彼から幾度もあったプロポーズには応えなかったものの、彼のことを決定的に嫌うことはせずにいた。


 彼からの酒の差し入れを受け取ったのも、それを怪しまずに飲んでしまったのも、そのせいだ。


 ドワーフ戦士ならば、守衛の最中に酒を飲むことはおかしなことではない。

 たしなみ程度の酒で酔っぱらって、仕事に支障をきたすドワーフなどいないからだ。


 そう、本来ならば、ちょっと酒を飲んだ程度でベルガが意識を失うことなどありえないのだ。


 何か特別な薬を盛られたのでもなければ──


「……グードン。何のつもりかは知らないけど、今すぐこんなことはやめな。今ならまだ、ほんの間違いで済ませてやれる」


「はっ。この期に及んでまだ上から目線かよ、ベルガ。俺はずっと、そういうお前をめちゃくちゃにしてやりたくて、しょうがなかったんだよ」


 グードンは立ち上がり、囚われのベルガににじり寄ってくる。


 ベルガはどうにかこの状況を脱せないかと身をよじるが、彼女を吊るす鎖がじゃらじゃらと音を立てるばかりだった。


「くっ……! いい加減にしな、グードン! ここから先は、冗談じゃ済まされないよ!」


「分かっているさ、ベルガ。冗談なんかじゃない。俺は本気だ」


 グードンの瞳には、狂気の色が宿っていた。


 グードンの手が、ベルガの体へと伸びる。

 ベルガの衣服は、おもむろに破り裂かれた。


 ──それからしばらくの時間がたった。


 囚われの獲物に歪んだ欲望をぶつけるグードンと、それにただただ耐えるしかなかったベルガのもとに、いずこからか二つの人影がやってきた。


 ベルガはぼんやりと、新たにやってきた二人の姿を見る。

 彼女を救いにきた救援者などではなさそうだ。


 いずれも漆黒のローブに身を包み、フードを目深にかぶっている。

 顔はよく見えないが、背丈と体型を見るにドワーフではないだろう。

 おそらくはヒト族か。


「そろそろ満足されたかな、グードン殿」


 黒ローブの人影のうちの一人が、グードンにそう語りかける。


 ベルガはそれで、なんとなく察した。

 ああ、こいつらが黒幕か、と。


 グードンのような小者が、こんな大それたことを考えついたとして、実行まで漕ぎつけるとは思えなかったのだ。


 だがそうだとして、こいつらの目的は何なのか。

 分からない。

 分からないが──


「……グードン、あんたはこいつらに利用されてるよ」


 ベルガは自らをさんざん辱めた男に向けて、そうつぶやいた。

 それを聞いたグードンは目を丸くする。


 一方、二人の黒ローブは互いに顔を見合わせ、それから心底おかしいといった様子で哄笑した。


「くははははっ! こちらのドワーフ女性は実に頭がいい!」


「今の今まで、何も不審に思わないグードン殿とは大違いだ!」


「何……!? ど、どういうことだ!? ──ぐわぁあああああっ!」


「こういうことだよ、グードン殿。──貴殿にも望んでいた享楽を与えてあげたんだ。感謝しながら死ぬといい」


 黒ローブの一人が手にした「剣」が、グードンの左胸を貫いていた。

 もがき苦しんだ後に、グードンは事切れる。


 剣を手にした黒ローブの人影は、愚かなドワーフの死体をゴミのようにうち捨てる。


 それから囚われのベルガに向かって、恭しく礼をしてきた。


「お初にお目にかかる、ベルガ殿。私たちは、遊戯と享楽を司る神ラティーマの信徒だ」

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