第93話 冒険者ギルドとチンピラ
門をくぐると、ファンタジーアニメで見るような中世ヨーロッパ風の街並みが、俺たちの眼前に広がっていた。
門からまっすぐに進む道は、この街のメインストリートのようだ。
馬車がすれ違えるほどの道幅があり、石畳が敷かれている。
その左右には、住居がずらりと立ち並ぶ。
住居の多くは三角屋根の木造建築。
メインストリートには、たくさんの人々が行き交っている。
その中にはちらほらと、異種族らしき姿も見受けられた。
猫耳が生えた少女。
耳が尖った細身の美男子。
背が低くずんぐりむっくりとした、立派な髭を生やした小男などなど。
道行く人々の中には、俺たちと同じように武装をしている人も見受けられる。
杖やローブを装備した魔法使い風の女性に、鎧や武器を身につけた戦士風の男……。
「ふぇぇっ……めっちゃファンタジーっすねぇ……」
「すごぉい……。ていうか、こんな中で『黒髪』ってだけで、そんなに目立つかなぁ」
「まあ黒髪の人は俺たち以外に見掛けないから、分からないでもないですけどね」
三人で思い思いの感想を漏らしながら、街のメインストリートを歩いていく。
五分ほど歩くと、街の中央広場と思しき場所にたどり着いた。
広場はロータリーのようになっていて、真ん中には噴水がある。
そこを左折して、別の通りに入っていく。
これは門番の人から教えてもらった「冒険者ギルド」へと向かう道だ。
「冒険者」というのは、モンスターと戦うことを生業としたフリーランスの職業なのだとか。
それがどうも俺たち──
スキルや魔法を使って戦うし、【アイテムボックス】や【アイテム鑑定】などスキル詳細や、使うアイテムの内容まで一緒のようだ。
ただし、どうやら「ダンジョン」に相当するものは、だいぶ違うみたいだ。
モンスターも、ダンジョンの外を平気で闊歩しているという。
それってどういう状態なんだ、と思うけど。
そのあたりの詳しいことまで、根掘り葉掘り門番の人には聞いたりはしなかった。
ただこの世界で
俺たちは今、この世界で通用する所持金がゼロの状態だ。
生きていくためにお金が必要なのは、この世界でも同じ。
この世界でお金を稼ぐ手段が必要だ。
そのために「冒険者」になる必要がある。
そして冒険者になるには、まずは「冒険者ギルド」に行くこと。
というわけで、俺たちはひとまずその場所を目指すことにした。
門番から聞いた話を頼りに街を歩いていくと、やがて目的の建物の前に到着した。
石造りの堅牢な建物で、スーパーマーケットほどの広さがある。
看板には「冒険者ギルド・フランバーグ支部」と異世界の文字で記されていた。
異世界の文字なのに、なぜか読める。
これも【翻訳】スキルの効果だろうか。
俺はごくりと唾をのみ、入り口の扉に手をかけ、扉を開いて建物の中へと踏み込んでいく。
風音さんと弓月も、おっかなびっくり俺についてきた。
建物の中、入り口付近は、役所のような雰囲気だった。
受付窓口がいくつかあり、職員が利用者対応を行っている。
元の世界の「ダンジョン総合窓口」を彷彿させる光景だ。
ただ俺たちに馴染みのあるダンジョン総合窓口とは、決定的に違う点が一つあった。
建物の敷地の半分ほどが、酒場のようになっているのだ。
そこで何組かのグループが、まだ昼過ぎだと言うのに酒をかっ食らっていた。
窓口や酒場の利用者たちは、俺たち
中には少数だが、異種族らしき姿も見受けられた。
彼らが「冒険者」なのだろう。
冒険者たちの多くは、俺たちが建物内に踏み入ると、じろじろと不躾な視線を送ってきた。
中には風音さんや弓月の容姿を見てか、ヒューッと口笛を吹いてニヤついた男もいる。
風音さんと弓月が、俺の背中に隠れるようにして身を潜めた。
不安なんだと思う。
俺も不安じゃないと言ったら噓になるが、彼女と後輩に頼られたら「男」をやりたくなるぐらいの甲斐性はあるつもりだ。
すると先ほど口笛を吹いた男と、その連れらしき男たちが、酒場の席から立ち上がった。
赤ら顔の男たちは、何を思ったのか、俺たちに向かって歩み寄ってくる。
人数は三人。
彫が深い白人顔で、髪の色は褐色やブロンド。
歳は二十代の中頃ぐらいに見える。
いずれもへらへらとニヤついた顔をしていた。
そいつらは俺たちの前まで来ると、俺を無視して風音さんと弓月に向けて声を掛けてきた。
「よう、お嬢ちゃんたち。ここらじゃ見ない顔だが、東国出身のお姫様かい? ヒック」
「へへへっ、この街は初めてだろぉ? 俺たちが案内してやるよ」
「こんなナヨナヨした兄ちゃんよりも、俺たちのほうが頼りになるぜぇ。ヒャハハハッ」
吐く息が酒臭いし、足取りもややふらついているように見える。
ほかの冒険者らしき人たちは、成り行きを面白がって見ているか、我関せずという様子だった。
面倒事に巻き込まれたことだけは間違いない。
まだこの世界の勝手も分からないというのに。
一方、声を掛けられた風音さんと弓月はというと──
それぞれが、俺の左右の腕にぎゅっと抱き着いてきた。
「け、結構です! ていうかこの人、私の彼氏ですから!」
「う、うちも遠慮するっす! うちはこの人の愛人っすから!」
……おい待て、風音さんはいいとして弓月。
この場を逃れるための嘘だとしても、その設定はどうなんだ?
ていうか本命がいる隣に愛人とかおかしいだろ。
だが状況的に、一度出してしまった設定を引っ込めるわけにもいかない。
仕方がないので俺は、二人を片腕ずつで抱き寄せる動作をする。
そして心の中で深呼吸してから、赤ら顔の男たちへ、こう言い放った。
「そういうわけなんで、俺の女にちょっかいかけるのやめてもらえますか?」
この場を乗り切るための演技でも恥ずかしい。
ギルド中の視線が俺たちを見ている。
さて、男たちがどう出るか──と思っていると、彼らはあからさまに舌打ちをした。
「チッ、なんだよ。ハーレム野郎かよ」
「こういうやつ、意外と強ぇんだよ。舐めてかかるとボコボコにされるに決まってる。俺は詳しいんだ」
「やめだやめだ。飲みなおそうぜ」
男たちはあっさりと引き下がって、酒場のテーブルに戻っていってしまった。
あれぇー?
だが、どうやら面倒事は避けられたようだ。
ホッと一息。
風音さんと弓月が、俺に抱き着きながら、耳元でささやきかけてくる。
「大地くん、なかなか言うじゃん」
「し、仕方ないでしょうこの場合」
「にひひっ。うち、先輩の女っすか?」
「あのな。お前が愛人とか意味不明な設定作るから悪いんだぞ」
ともあれ謎のトラブルは回避できた。
俺たちは密着していた身を離して、窓口へと向かった。
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