第89話 異世界転移と限界突破イベント

 気が付くと俺たちは、どこか見覚えのある丘の上にいた。


 ダンジョンの中とは思えない光景。

 見上げれば、まばゆい太陽と青い空、白い雲。


 あたりを埋め尽くすのは、一面の大草原だ。

 その大草原を貫くようにして、一本の道が、俺たちのいる丘の上からゆっくりと下っていた。


 道を辿れば、しばらく先に街のようなものが見える。

 高い石壁にぐるりと囲われた中世ヨーロッパ風(?)の街並みで、街の中にはお城らしきものもあった。


 俺と風音さん、弓月の三人は、輪になって互いを抱き合うようにして、寄り添って立っていた。

 誰からともなく離れていく。


「ここは……」


「ダンジョンの中……? とは思えないけど……」


「うち……この光景、夢で見た覚えがあるっすよ……」


「「あっ」」


 そうだ。

 いつかの日、夢で見た「異世界」の光景にそっくりなんだ。


 風音さんと弓月も、同じような夢を見たと言っていた。


「じゃあこれは……また、夢なの……?」


 風音さんは自分の頬をつねって、「痛っ」とつぶやく。

 夢だとつねっても痛くないという検証方法も、妥当なのかどうかあやしいものだが。


「じゃあ先輩、夢かどうか調べるために、うちの耳元で『火垂は今日もかわいいな』って甘い声でささやいてみてほしいっす」


「ん、普通に断る」


「なんでっすかー! 夢の中でまでサービス精神が足りない先輩っすね!」


「うん。だからこれ夢じゃないんだわ。多分」


 これは現実の光景、だと思う。


 俺の記憶が確かなら、俺たちは先ほどまで、ダンジョンの第九層にいたはずだ。


 その南西部の端で秘密の通路を見つけて、その先にあった小部屋で扉を開いて、まばゆい光に包まれた。


 そして視覚も聴覚も働かないような真っ白い光の中で、長い間なのか短い間なのか分からないが謎の浮遊感のようなものを味わって、今ここだ。


 俺の脳裏に、武具店のオヤジさんの言葉がよみがえる。


『逆に「呪い」を受けてパーティメンバー全員が行方不明になったとかも聞いたことはあるが』


「ダンジョンの妖精」に関する話を聞いていたときだ。

「祝福」の噂があると同時に「呪い」の噂もあるとオヤジさんは言っていた。


 ここがどこなのかは分からないが、元いた場所に戻れないのだとしたら、俺たちの扱いは「行方不明」になるのではないか。


「──そうだ! 『帰還の宝珠』は!?」


「あっ……ちょっ、ちょっと待ってね、今出すから──【アイテムボックス】!」


 風音さんが目の前の地面に【アイテムボックス】を出現させる。

 スキルはちゃんと働くようだ。


 風音さんは【アイテムボックス】のふたを開いて、中を探り──


「……ん? なんか入れた覚えのないアイテムが入ってる。……『限界突破イベントガイド』?」


「「えっ」」


 俺と弓月の声がハモる。

 何ですと……?


 風音さんは【アイテムボックス】の中から、「帰還の宝珠」ともう一つ、謎の小冊子を取り出した。


 小冊子は、紙束にひもを通して、革製の表紙と裏表紙を付けたような古風なものだ。

 表紙には「限界突破イベントガイド」と書かれている。


 風音さんが中を開いて、俺と弓月が後ろからのぞき込む。

 そこにはこんな記述があった。


──────────────────────


 限界突破イベントへようこそ!


 幸か不幸か、キミたちは「異世界」へと転移した。

 これから100日間、キミたちはこの異世界で生活をしていかなければならない。


 この世界で命を落としたら、当然ながら、キミたちの人生はここでおしまいだ。

 そうならないよう最善を尽くしてほしい。


 なお100日が経過したら、キミたちは望むと望まざるとにかかわらず、元の世界へと自動的に帰還することとなる。


 それ以外の帰還方法は「ない」と断言しておく。

 もちろん「帰還の宝珠」も無効だ。


 さて、そろそろ本題に入ろう。


 これは「限界突破イベント」だ。

 キミたちはこの世界で、25レベルという限界を超えて、レベルアップをすることができる。


 レベルアップの方法は、主に二つ。


 一つは通常どおり、モンスターを倒して経験値を獲得する方法だ。


 この世界にいる間、キミたちの経験値はカウンターストップ状態が解除され、新たに経験値を獲得することが可能となっている。


 見知ったモンスターと出遭うこともあるだろう。

 いまだ見ぬモンスターと遭遇することもあるかもしれない。


 いずれにせよキミたちは、モンスターを倒した分だけ、通常どおりに経験値を獲得することができる。


 だがこの方法には、あまり大きな期待はしないほうがいいと助言しておく。


 この世界でキミたちは、元いた世界のダンジョンほど効率的に、頻繁に、反復的に適正レベルモンスターと遭遇することはないだろう。


 この限界突破イベントにおいてより重要なのは、もう一つの方法のほうだ。


 そのもう一つの方法とは、「ミッション」をクリアすることだ。


 キミたちは指定されたミッションに挑戦し、課題をクリアすることによって、大きな経験値を獲得することができる。


 ミッションをクリアすることによって獲得できる経験値は、モンスター討伐によって得られる経験値と比べて、非常に大きなものだ。


 どのようなミッションがあるかは、この本の巻末にミッション一覧が表示されているので確認してほしい。


 ミッションは随時更新される。

 またミッション一覧に記されていない特別ミッションが発生することもある。そのときが来れば分かるだろう。


 一般に、難易度や危険度が高いミッションほど、獲得できる経験値は大きくなる。

 ハイリスクで獲得経験値も大きいミッションに挑戦するかどうかは、キミたち次第だ。


 なおこの異世界で生活するための最低限の能力として、キミたちには言語能力を付与する【翻訳】スキルをプレゼントしておいた。


 その他、細かいことに関しては、以降のページに記述してある。

 暇なときにでも読んでくれたまえ。


 それでは、健闘を祈る。


──────────────────────


 最初の見開きのページを使って、このようなことが記されていた。

 また次のページ以降には、細部についての説明が連ねられているようだった。


「えーっとぉ……大地くん、これ、どうしよう」


 小冊子を閉じた風音さんが、半笑いの顔で俺を見てくる。


 はい、困りましたね。

 どこから突っ込めばいいやら。


 情報をあらためて整理してみよう。


 まずこの異世界転移したっぽい現象は何かというと、「限界突破イベント」によるものらしい。


 俺たちは100日間、この異世界で生活しつつ、25レベルという一般探索者シーカーの限界を超えてレベルを上げることができるらしい。


 これはまあ、朗報だな。

 それも相当に喜ぶべき特大の朗報だ。


 ただし、いいことばかりでもない。


 100日間、限界を超えてレベル上げをできるといっても、それは俺たちがこの異世界で生き延びることができればの話だ。


 この世界で死んでしまったら、当然ながらリアルに命を落とす。

 ……正気かな?


 モンスター情報が完備され、日常仕事にできるぐらい安全な現代のダンジョン探索とは、わけが違うだろう。


 この世界でどう生き延びたらいいのか、いまいち想像がつかない。

 この世界がどんな世界なのかも分からない。

 決定的に情報と実感が足りない。


 武具店のオヤジさんが、見知らぬダンジョンに30日間閉じ込められたと言っていた話を思い出す。

 それと比べてまだマシなのか、どうなのか。


 ていうか今更だけど、異世界?

 そういうのアリなの?

 いやアリもナシも、現実に起こってしまっているのでしょうがないのだが。


 探索者シーカーの基本を思い出そう。

 目の前に起こっている現象をありのままに受け止め、それに対して俺たちが「どう行動プレイするか」を考えるんだ。


 課題その一、この世界で100日間生き延びること。

 課題その二、100日間でできるだけレベルを上げること。


 よし、これだな。

 ということは──


「大地くん……! ねぇ、大地くんってば……!」


「えっ……? ああ、すみません風音さん。考え事をしてました」


「……先輩ってときどき、どっぷり思考に浸かって周りが見えなくなることあるっすよね」


 熟考していたら、気が付けば風音さんに肩を揺さぶられていた。


 が、熟考したことで方針はたった。

 というか、心の中で状況の受け入れが完了したといったほうが正しいか。


「ひとまずは、この世界で生き延びるためにどうしたらいいかを考えましょう。それが優先順位の一番目です」


「う、うん。そう……だね」


「その上で、余裕ができたらレベルアップのことを考える。これは優先順位の二番目です。二つまとめて考えるとわけが分からなくなるので、とりあえずは一つ目に絞っていきましょう」


「……だね。うん。……すごいなぁ、大地くん。落ち着いてるし、頼りになる」


 そんなわけで、基本方針はまとまった。

 次は基本方針に沿った具体案の策定だ。

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