第88話 隠し通路の先

 石壁の奥に現れた通路を進んでいく。


 通路は二度ほど角を曲がりながら進み、やがて一つの扉の前へとたどり着いた。

 ここまでは一本道で、ほかに進むべき道は見当たらない。


 扉は木造に見えるが、例によってダンジョン内の仕掛けなので、見た目の材質にどれほどの意味があるかは分からない。


 俺はその扉に手をかけ、慎重に開いていく。

 扉を奥へと開くと、その先には──


「宝箱が二つ。それに加えて、さらに先に続く扉、か……」


 扉の先にあったのは、小部屋だった。

 左右の壁沿いに宝箱が一つずつあって、正面にはもう一つ別の扉がある。


 俺は風音さんにアイコンタクトをする。

 風音さんはうなずくと、左右の宝箱にそれぞれ【トラップ探知】を行った。


 結果はいずれも、反応なし。

 通常の罠は仕掛けられていないらしい。


「でもこの階だと、ミミックの可能性は、高めに見積もっておいた方がいいよね……。失敗したなぁ~、やっぱり【トラップ探知Ⅱ】を取っておくんだったか」


 苦い顔をする風音さん。

 この段に至ると、確かにそうかもなという気はしてくる。


 左右の宝箱が両方とも「ミミック」で、片方を開けたら両方同時に襲い掛かってくる──なんて可能性まで想像すると、【トラップ探知Ⅱ】があればなぁと思ってしまうのは否めない。


 でも今さらないものねだりをしても仕方がない。

 俺は風音さんの肩を叩いて、「大丈夫。何とかなります」と伝える。


 風音さんは「大地くん、大好き」と笑顔で返してきつつ、一度深呼吸をしてから、一つ目の宝箱に取り掛かった。


「ミミック」の可能性に対する心配は、杞憂に終わった。

 風音さんが警戒しながら一つ目の宝箱のふたを持ち上げると、何事もなく箱は開いた。


「これは……弓、だよね。矢は入ってないみたいだけど」


 風音さんが一つ目の宝箱の中から取り出したのは、一張いっちょうの弓のようだった。


 透き通ったアイスブルーの成りを持った、不思議な弓だ。


 今すぐ弓月に【アイテム鑑定】をさせたいのは山々だが、もう一つの宝箱も開けてしまわないと落ち着かない。

 なので、まずはそちらから取り掛かることにした。


 風音さんが、二つ目の宝箱を開ける。

 こちらもミミックではなかった。


「これは……髪飾り? かんざしかな」


 風音さんが二つ目の宝箱の中から取り出したのは、一個の髪飾りだった。

 椿つばきの花を模した装飾が施されている。


 宝物を取り出したあとの宝箱は、どちらもすぐに消滅した。

 残る探索目標は、正面の扉だけだ。


 だがその前に、弓月が二つのアイテムに【アイテム鑑定】を行う。

 まずは弓のほうから。


「この弓の名前は『フェンリルボウ』っすね。説明を読んだ感じ、すんごい特殊な弓みたいっす」


「ほうほう。どんなだ?」


「要約は難しいんで、特殊効果の説明をそのまま読み上げるっすね。『魔法威力+5(要両手装備) この弓を引くと、氷の矢が現れる。この矢に撃たれたものは氷属性の魔法ダメージを受ける。氷の矢の威力は使用者の魔力と【弓攻撃力アップ】スキルに影響され、筋力の影響は受けない。氷の矢を一本撃つごとに使用者はMPを10点消費する』だそうっす」


「えーっと……? 要するに『氷属性の単体攻撃魔法を撃てる弓』ぐらいの感覚でいればいいのか?」


「あー、それが分かりやすいかもしれないっすね」


 なんかえらい複雑な特殊効果を持った弓のようだ。

 強いのか弱いのか、よく分からんな。


 ──いや、待てよ。


「でも『魔法威力+5』ってことは、それだけでも純粋に強くないか? たしか弓月が装備してる『ソーサリースタッフ』、魔法威力修正は+3だったよな。『フェンリルボウ』の魔法威力の修正って、装備しているだけで普通に働くやつだろ?」


「この書き方だと、そうじゃないっすかね。書き方を信用していいのか分かんないっすけど」


 ひどくテクニカルな判断が必要になってくる案件だった。


 確かなことは分からないので保留案件だが、その弓──「フェンリルボウ」は、ひとまず弓月の【アイテムボックス】にしまっておくことにした。


 魔法威力修正がある武器や防具って、装備した状態で魔法を使うだけでも、やんわり『耐久値』が削られていくんだよな。


 というわけで、【アイテム鑑定】一点目、終わり。


 二点目の髪飾りに取り掛かる。

 弓月がふむふむとつぶやいてから、こう口にした。


「こっちはシンプルっすね。でもシンプルに強い感じっす。アイテム名は『椿のかんざし』。『装備部位:頭』『防御力+15、魔法防御力+10、敏捷力+2、魔法威力+2、女性専用装備』だそうっす」


「「うわぁ……」」


 俺と風音さん、二人で生暖かい声を上げてしまう。

「黒装束」と同格……は言いすぎかもしれないが、相当な性能の頭部防具だ。


 ていうか「黒装束」とか「【三連衝】のスキルスクロール」とかのせいで感覚が狂っているが、こいつらも相当ヤバいクラスの装備品なのでは?


 こんなのを持ち歩いていたら、俺たちは歩く貴重品として、悪い探索者シーカーたちの餌食になってしまうのではなかろうか。


 ……って、今さらか。

 今さらだな。


「椿のかんざし」は、ひとまず風音さんが装備することにした。


 この防具の防御力、どう働くんだろう。

 かんざしの部分にピンポイントに攻撃が命中しないと防御力を発揮しないようだと、まともな防具としての効果は皆無に近いと思うが。


 でも魔法防御力もあるし、「抗魔の指輪」の効果の働き方を考えると、これも体全体の防御力を高めるみたいな感じなのかもしれない。


 さておき。

 これで宝箱のアイテムはいずれも獲得し、効果も把握した。

 あとは正面の扉だけだ。


 例によって、ここで引き下がる手はない。

 最大限に警戒をしつつ、扉の取っ手に手をかけ、奥に向かって開いていくと──




 ──そう、油断をしていたわけじゃないんだ。

 そのつもりはまったくなかった。


 でも第七層でもこの第九層でも、トントン拍子で強力なアイテムが次々と見つかって、宝箱には罠も仕掛けられていなかった。


 それに気を良くした俺たちに、気の緩みがまったくなかったと言えば、嘘になるかもしれない。


 ただ気の緩みがなかったら、どうこうできたわけでもないだろう。

 ほとんど不可抗力だったと思う。


「なっ……!?」

「ま、まぶしい……!」

「なんすかこれ……!?」


 扉を開くと、その向こう側からまばゆい光があふれ出し、俺たち三人を包み込んだ。

 視界が真っ白になり、奇妙な浮遊感のようなものに襲われる。


 俺はとっさに風音さんと弓月を手で探り、二人の手を探り当ててつかんだ。

 いつもハイタッチをしているから、二人の手の感触はよく覚えている。


 俺は二人を自分のもとに引っ張り寄せ、抱き寄せる。

 二人からも、俺に抱き着いてきた感覚があった。


 何も見えないし、何も聞こえない。

 ただ二人の体を抱く感触だけが、俺に与えられた確かなもので──

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