第87話 第九層探索二日目
ダンジョン第九層探索、二日目。
俺たちは南西部の端を目指して、順調に歩みを進めていた。
今日の一戦目は、ガーゴイル三体との戦い。
これは難なく完封勝利。
次の二戦目は、ちょっと強敵。
フレイムスカル四体との遭遇だった。
第九層で最も厄介なモンスター編成といえる「フレイムスカル四体」だが、それを相手にしても俺たちが怯むことはない。
いつも通りに弓月が範囲攻撃魔法をぶっ放し、俺と風音さんが接近戦を仕掛ける。
四体すべてのフレイムスカルを片付けるまでに、風音さんに向けてトータル五発の魔法攻撃が集中したが、それでもさほど大きな問題にはならなかった。
戦闘終了後、俺はいつもどおりに治癒に回る。
「痛ったた~。四体全部が私を集中砲火してくるとか、そんなことある? 大地く~ん、治して~。お姉ちゃん痛くて死んじゃうよ~」
「はいはい風音お姉ちゃん、今すぐ治すから。残りHPはいくつです?」
「えーっとね、全部で四発もらったから……『58/120』か。うあー、半分持ってかれたぁ。これでも一発はよけたんだけどなぁ」
「『抗魔の指輪』がなかったら危険域だったかもですね。それだけ削られた場合は、こっちかな──【グランドヒール】!」
俺は風音さんに向け、上位の治癒魔法を行使する。
【アースヒール】より強力な治癒の光が風音さんに降り注ぎ、負傷を完全に癒した。
「おおっ、一発で全部治った! すごいね【グランドヒール】」
「治癒効率はいいですからね。でもあまり出番ないし、取ったの失敗だったかもしれないと思ってます」
「気にしすぎだよ。いつもありがとうね、大地くん」
傷が癒えた風音さんは、俺に向かってにっこりと微笑みかけてくる。
笑顔が天使すぎる。好き。
俺が25レベルで取得した【グランドヒール】は、【アースヒール】の純粋強化版魔法だ。
【ガイアヒール】のような麻痺回復効果はないが、単純なHP回復量が非常に大きく、MP消費もほどほどだ。
これら三つの回復魔法を比較すると──
【アースヒール】……MP4、回復係数1.3
【ガイアヒール】……MP8、回復係数2.0、麻痺回復
【グランドヒール】……MP6、回復係数2.6
といった具合になる。
「回復係数」というのは、回復魔法の効果の大きさをあらわす指標で、術者の魔力にこれを掛け合わせたものがおおよそのHP回復量になる。
【グランドヒール】は、見ての通りコスパがいい。
それに加えて、ピンチの局面では大回復量が役に立つと思って取得を判断した。
だが実際のところ、この魔法が必要になるほどの局面は滅多に訪れない。
あまり出番がない魔法なので、ほかのスキルを取っておいた方がよかったかなと思ったりもする。
「でも『抗魔の指輪』の効果、相当なもんっすね。風音さんがうちと変わらないぐらいの魔法防御力になってるっすよ」
「だな。昨日は風音さん、フレイムスカルの【ファイアボルト】一発で25点ぐらいもらっていたけど、この感じだと『抗魔の指輪』を装備した今日は15点ぐらいだろ。四割カットは大きい。買って正解だったな」
俺は近付いてきた弓月の頭をなんとなくなでながら、そう答える。
弓月は「にへへ~っ」と頬を緩めて、嬉しそうになでられていた。
昨日までは、俺と風音さんの指には「毒・麻痺除けの指輪」が装備されていたが、今は「抗魔の指輪」という新アイテムが代わりに身に付けられている。
武具店で一個25万円で売られていたこのアイテムを、俺たちはなけなしの50万円をはたいて二個購入した。
「魔法防御力+20」という効果を持つこのアイテム。
期待どおりに、装備者が受ける魔法ダメージを大幅に軽減してくれた。
ちなみに弓月のぶんがないのは、純粋にお金が足りなかったからだ。
優先順位の問題で、素で魔法防御力が高い弓月は後回しになった。
「抗魔の指輪」の力によって第九層探索の危険度やリソース消費を抑えた俺たちは、順調に目的地へと向かっていく。
そして片道三時間ほどの道程を進んだ頃、目的地と思しき地点にたどり着いた。
何の変哲もない、廊下の行き止まり。
俺はそこに、第七層の宝箱に入っていたペンダントを置いて、しばらく待った。
すると──ゴゴゴゴゴッ。
行き止まりだった正面の石壁が、ひとりでに動いた。
中央で左右真っ二つに割れた石壁は、スライド式の扉のように開いていく。
その奥に現れたのは、さらに先へと進む通路だった。
風音さんと弓月のほうを見ると、二人の目はキラキラと輝いていた。
この先に行きたいと、その目が如実に訴えかけていた。
無論、ここまで来て進まない手はない。
リスキーだからやめておこうなんて選択肢は、一ヶ月以上も前、第七層に踏み入る前に捨ててきた。
そもそもダンジョンができたばかりの頃の
慎重と臆病。
勇敢と無謀。
正と負の価値観は、隣り合わせだ。
俺は二人の仲間とうなずき合うと、風音さんの【アイテムボックス】に「帰還の宝珠」が入っていることを確認してから、石壁の奥に現れた通路を進んでいった。
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