第56話 餃子店会議
第六層探索、初日を終えた後の、夕食の場。
餃子で有名なチェーン店に入った俺たちは、テーブル席の一つを占拠して会議の場を持っていた。
餃子やチャーハン、麻婆豆腐などの料理が次々と並んでいく前で、俺は席で両手を組んで議長面をする。
「それでは今日の会議を始めます。議題のある方はいますか?」
俺がそう言って小太刀さん、弓月の順番で視線を送る。
すると後輩ワンコが、ぴょこっと挙手をした。
「はい、六槍議長。提案があるっす」
「弓月
「うっす。うちはそろそろ、うちらの日給を上げる提案をしたいっす。パーティが前より儲かってるのに、ずっと日給1万円はどうかと思うっすよ。うちら労働者の賃金アップを要求するっす」
「なるほど。たしかに検討の余地ありだな」
我がパーティで働く
パーティが儲かっているのだから、日給を1万円のままではなく、もっと上げてもいいのではないかという意見である。
確かに一理ある話だと思う。
日給1万円という金額は、税金などの諸々の違いも加味して考えれば、時給1000円のアルバイトでフルタイム労働したのと同程度の金額でしかないと思われる。
独身者ならそれで生活できないこともないが、快適な生活を送るのに十分な給与とは言えないだろう。
小太刀さんもまた、弓月の提案にうなずく。
「確かに、そろそろ私たちの日給アップを考えてもいいかもしれませんね。装備強化が緊急課題だった一週間前とは、状況が変わっていますし」
ちなみに小太刀さんには、ビールの注文は
一杯でもあっさりできあがるので、まともな話をするためには、彼女に飲酒を許してはいけないのだ。
「ええ、俺も同意です。ただ探索収入の全額を日給に回すわけにもいかないですけど」
「そりゃそうっすよ。これからも下層に進んでいくんすから、装備強化は必要っす」
賃上げは労働者の権利だ。
しかし今後のパーティ運営も考えて、事業成長のための投資も意識していかなければならない。
そこで、考え込む仕草を見せていた小太刀さんが、一つの考え方を提案した。
「じゃあ、こういうのはどうでしょう? 今日のパーティ収入は、諸々考えて18万円ぐらいでした。その一日の収入の一割ずつを、私たちに支払う日給にするというのは」
「んーと。それだと今日の収入なら、三人とも1万8000円ずつの日給ってことっすか?」
「うん。もしそれで1万円を下回ることがあれば、そのときは1万円の支給にする」
「なるほど……。アリですね、それ。今日の収入なら、単純計算で時給2000円以上か……」
小太刀さんの提案は、いい感じにバランスが取れたものだと思えた。
下層に進むにつれてさらなる賃金アップも望めるから、今後のモチベーションにも繋がるしな。
結局、その小太刀さん案に対して大きな反対意見はなく、日給の件はひとまずその方式が採用されることになった。
パーティ収入のうち、合計三割が俺たち
ちなみに俺が勤めていたバイト先(大手飲食チェーン)でも、人件費は店舗売上の三割ほどだったようだ。
また一般的にも、労働者が受け取っている賃金の三倍ほどの売上を出さないと、健全な企業経営が成り立たないような業種が多いと聞く。
小太刀さんがそれを意識してパーティ収入の三割と決めたのかどうかは分からないが、妙に符合していて面白かった。
そんなわけで、議題その一、終了。
議題その二は、小太刀さんからあがった。
「えーっと、【アイテムボックス】の話です。前々から話していたかと思うんだけど──」
「あー、容量が危ないって話っすね」
「そうそう。今のところ間に合わなかったことはないんだけど、今日二人が【宝箱ドロップ率2倍】を取ったでしょ? それで、そろそろ危ないかなーと思って、また議題にあげてみました」
「そっか……。抜けてたな。俺か弓月のどっちか、【アイテムボックス】を先に取っておくべきだったか」
議題その二は、【アイテムボックス】の容量の話だった。
うちのパーティでは今のところ、【アイテムボックス】のスキルを取得しているのは小太刀さんだけだ。
俺も弓月も取得可能スキルリストに載ってはいるが、どちらもいまだに取得はしていない。
【アイテムボックス】は中に入れられる容量が「30単位」までと決まっている。
HPポーションなどのポーション類は、一個あたり一律で1単位。
武器や防具などは物によって差があるが、一個で数単位ぶんの大きさになるのが普通だ。
ダンジョン用アイテム以外のものは、重量や体積などによって単位数が決まるようだ。
例えばお弁当やお菓子などは、「一個につき1単位だと思う」というのが小太刀さんの言葉。
しかしお菓子などは、まとめて袋に詰めるなどすると一個1単位だったものが複数のお菓子まとめて1単位になったりするなど、謎の挙動も見せるらしい。
ともあれ重要なのは、【アイテムボックス】にも容量があって、それがそろそろ不足してくるかもしれないということだ。
それでも「ダンジョンに入るとき」は問題ない。
【アイテムボックス】の容量内でやりくりすればいいし、今のところそれで致命的な不足状態には陥っていない。
問題はダンジョン探索中の「宝箱から出てくるアイテムの数」で、これは運次第の部分があるのでコントロールしきれない。
せっかく宝箱からアイテムが出てきても、【アイテムボックス】の容量不足で持ち帰れないとなれば、泣く泣く何かを捨てて帰るしかなくなる。
もしくは無理やり手で持って帰るとか、そういうとても面倒な事態が発生する。
「分かりました。それなら次のレベルアップで、俺が取るかな」
「あっ、でもうちも今、スキルポイントにはわりと余裕あるっすよ。【魔力アップ】が+6のあと、次がまだ出てこないんすよ」
「俺も似たような感じだ。【槍攻撃力アップ】が+12で止まってる。まあそのときになったら、また相談して決めるか」
「そっすね。とりあえずどっちかは取るってことで」
というわけで、議題その二、終了。
ちなみに議題その三として、俺が一つ、パーティ全体の意志確認をした。
第七層の「ダンジョンの妖精」絡みの件だ。
あの少女に言われたとおりの行動を、試すか、試さないか。
何らかのリターンがある可能性があるが、まったく未知の出来事なので、どんなリスクが待ち受けていないとも限らない。
三人で話し合った結果、結論としては満場一致で「試す」ということになった。
理由はいろいろとあるが、決定打となったのは「好奇心」だったように思う。
つまり「だって試してみたいじゃん」である。
俺たち
というわけで、以上をもって今日の会議終了だ。
俺は小太刀さんに向かって、禁則の解放を言い渡す。
「それじゃ小太刀さん、いいですよ」
「わーい♪ ──店員さーん、生くださーい!」
「一杯だけですからね」
「分かってますよぉ」
「……すでに手綱を握ってるっすね、先輩」
その後、おいしそうに生ビールを平らげた小太刀さん。
案の定、たった一杯で酔っぱらって、俺や弓月に絡んできた。
それでも家に帰れないほどべろんべろんなわけでもないし、何より小太刀さんが楽しそうだから、まあいいかと思う俺であった。
なお、酔っぱらった小太刀さんが俺に抱きついてきて、とても嬉しかったことを付け加えておく。
俺は弓月同様、抱き枕か何かだと思われているらしい。
それにしてもホント、酒飲むとガードゼロになるよなこの人。
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