第47話 デススパイダー

 五体のキラーワスプを倒した俺たちは、再び第五層の探索を進めていく。


 俺のMPが少し心許なくなってきたので、あまり階段から離れない場所を優先して、マップ開拓を進めていった。


 しばらくして、モンスターと遭遇した。

 だが今度は、キラーワスプではない。


 行く手の先から姿を現したのは、二体の巨大蜘蛛型モンスターだった。


 その巨大さはキラーワスプの比ではない。


 八本の節足を左右に開いた差し渡しは、三メートルをゆうに超える。

 胴体だけでも、並の人間では持ち上げられなさそうな重量感だ。


 体色は黒で、個体ごとに大小八つある目はいずれも赤く光っている。

 ギチギチとした獰猛そうな牙からは、おぞましい紫色の粘液がだらだらと垂れていた。


 第五層を徘徊するもう一種類のモンスター「デススパイダー」に違いない。


 二体の巨大蜘蛛は、八本の節足を高速で動かし、俺たちのほうに向かってきた。


 その動きは、やはり速い。

 モンスターデータが示すデススパイダーのステータスは、敏捷力を含め、全面的にキラーワスプより上だ。


 その代わりに出現数が少ないのだが、逆に言うと、二体でも侮れる相手ではないということ。


 だがこちらの戦い方も、特に変わるわけではない。


 俺を含めた三人の探索者シーカーが、一斉に、出会い頭の攻撃魔法を発動する。


「【ウィンドスラッシュ】!」

「【ロックバレット】!」

「【バーンブレイズ】!」


 俺の岩石弾と小太刀さんの風の刃は同じ個体に命中し、弓月の炎は二体のデススパイダーを同時に巻き込んだ。


 だが──


「これでも落ちない!? さすがに手強いですね!」


 二体の巨大蜘蛛が【バーンブレイズ】の炎を突き破って飛び出してきたのを見て、小太刀さんが二本の短剣を手に地面を蹴る。


 俺もまた、槍と盾を構えてデススパイダーの巨体に向かって駆けた。


 片方はすでに三発分の魔法攻撃を受けているはずだが、それでも落ちなかった。

 モンスターデータから分かってはいたが、実際にあたってみると相当のタフさだとあらためて思う。


 だがそれでも、無尽蔵のHPがあるわけではない。

 おそらくはあと一発か二発の攻撃で落とせるはず。


 そいつには小太刀さんが向かっている。

 俺はもう一体のデススパイダー目掛けて突進していた。


 だがそのとき、小太刀さんが向かっていたほうのデススパイダーが、予想外の動きを見せた。


「なっ……!? 跳んだ!?」


 小太刀さんが疾走にブレーキを掛け、天を仰ぐ。


 デススパイダーが大きく跳躍して、小太刀さんの頭上を軽々と飛び越えていったのだ。


「げぇっ!? マジっすか!?」


 着地したデススパイダーが見据える先にいるのは、我がパーティが誇る魔法砲台こと弓月火垂だ。


 まずいな、そういうのもあるのか。


 戻って援護に──いや俺も俺で、もう一体のデススパイダーが目前に迫っている。

 あっちは弓月と小太刀さんに任せるしかない。


「このっ……!」


 俺は、自分に向かって突進してくる目の前のデススパイダーに向かって、ロングスピアを突き出す。


 八本足を駆使したデススパイダーの突進が、突如横に軌道を変えて回避されそうになったが、それでもどうにか命中。


 槍は巨大蜘蛛の胴にぐさりと突き刺さった。

 致命傷になった手応えではない。


 デススパイダーは構わず俺に向かって突進してきて、その牙をぐぱぁっと開いて噛み付いてきた。


「ぐぁっ!」


 盾による防御はかいくぐられ、俺の右脇腹に牙が突き立てられた。


 硬革鎧クイルブイリを悠々と貫いた牙の食い込みは、浅くはない。


 同時に、キラーワスプの尾針に刺されたときと同じような、体内に何かが注ぎ込まれる感覚があった。


「くそっ……! ──うぉおおおおっ!」


 俺は、いまだにデススパイダーの腹部に突き刺さったままの槍を引き抜き、それでもう一度、力を込めて突き刺した。


 結果、目の前のデススパイダーは黒い靄となって消滅し、地面に魔石が落下した。


「はぁっ、はぁっ……た、倒した……。そうだ、弓月のほうは──」


 慌てて後ろを振り返ってみると、弓月のほうに向かったデススパイダーも、すでに倒されたようだった。


 弓月、それに小太刀さんも無傷のようだ。


 ダメージを受けたのは俺だけか。

 情けないやら、ホッとするやらだが。


 まあ俺が相手をしたやつのほうが、魔法で与えたダメージも小さかったんだし、別に凹むことでもないか。


「六槍さん、大丈夫ですか……!?」


「先輩!? やつに噛まれたんすか!?」


 小太刀さんと弓月が、慌てた様子で駆け寄ってくる。

 二人の表情は、俺を心配するものだ。


 俺は二人をこれ以上は心配させまいと、努めて笑顔を作ってみせる。


「ああ。痛くないといえば嘘になるけど、大丈夫だ……っとと」


「六槍さん……!?」


 だがふらついて、倒れそうになった。

 吐き気がして、頭も痛い。


 なるほど。

 これがバッドステータスの「毒」ってやつか。


 しかしそんな中で、役得が一つ。

 倒れそうになった俺を、小太刀さんが抱きとめて支えてくれたのだ。


 ふわっと漂ってくる、甘い汗のにおい。

 柔らかな肌の感触に、理性が一瞬吹き飛びそうになった。


「あっ……! い、今すぐ毒消しアンチドーテポーションを出しますね!」


 小太刀さんは慌てた様子で俺から離れると、【アイテムボックス】を出現させ、その中から毒消しポーションを一本取り出して俺に渡してくれた。


 その頬が少し赤らんでいた、気がする。

 気のせいかもしれない。


 俺は邪念を振り捨て、小太刀さんが渡してくれたポーションの栓を抜いて、ぐびっと飲み干した。

 少し苦い。


 ポーションの中身をすべて飲み下すと、スッと体が楽になり、体調が回復した。

 牙で噛み付かれたダメージそのものは残っているが、体内に注入された「毒」は消え去ったようだ。


「ふぅっ……。助かりました。ありがとうございます、小太刀さん」


「い、いえ、そんな……」


 小太刀さんは恥ずかしそうな様子で、俺から視線を逸らしていた。

 顔が赤い、気がする。


 ひょっとすると、俺の顔も赤いかもしれない。

 あ、暑い、暑いなー。


 そうだ、HPはこれでどのぐらい減らされたんだろう。

 情報確認と回復をしないと。


「……この二人、中学生か何かっすか?」


 弓月があきれた様子で何か言っているが、無視だ無視。

 俺はステータスを開いて、自分の状態を確認する。


 HP欄には「43/64」と記されていた。


「毒」はHPに継続ダメージを与える効果があるが、この短時間では、その影響はほぼないはずだ。


 と考えると、純粋な牙のダメージだけで、HPが三分の一ほど削られた計算になる。


 俺は自分に【アースヒール】を使用してみる。

 結果、俺のHPは「61/64」まで回復した。


 二回目を使うかどうか非常に悩ましいところだったが、今日は第五層探索初日ということで、大事をとってもう一度使って全快しておいた。


 その結果、俺のMPはこの戦闘で10ポイント消費され、「22/56」まで削られた。


 やっぱりデススパイダーもヤバいな。


 第五層での出現数は一体か二体のはずだから、今回の戦闘が最大脅威で、これ以上はないとはいえ、だ。


 ここまでの四回の戦闘で、俺のMPは六割も削られた計算になる。


 さすがは森林層。

 一筋縄では行かないようだ。


 とはいえ、まったく太刀打ちできていないわけでもない。

 もう少し何かの歯車がうまく回れば、一気に状況が改善しそうな予感はある。


「ねぇ先輩、初々しいにもほどがあると思うっすよ」


「うるさいぞ後輩。俺は今、探索者シーカーとしての考察で忙しいんだ」


「へーい。そっすねー」


 生意気な後輩を黙らせつつ、俺たちはさらに第五層の探索を進めていった。




 ──ところが、この後。


 俺たちは、思いもよらなかった不思議な少女との出会いを経験することになる。

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