第45話 難敵

 五体のキラーワスプが、羽音を立てて向かってくる。


 具合が悪いことに、五体の相互の距離がかなり離れている。

 弓月が魔法発動の準備をしながら叫ぶ。


「敵がバラけすぎてるっす! 【バーンブレイズ】の範囲じゃ、全部は巻き込めないっすよ!」


「それでいい! 手前のやつ優先で、できるだけ多くだ!」


「かしこまりっす!」


「小太刀さん! 俺は左手前を狙います!」


「了解です! 私は右手前を──【ウィンドスラッシュ】!」


「【ロックバレット】!」


「終焉の焔よ──以下略っす! 【バーンブレイズ】!」


 小太刀さん、俺、弓月の攻撃魔法が発動し、キラーワスプたちに襲いかかる。


 俺と小太刀さんの魔法はそれぞれ別の個体に直撃し、弓月の【バーンブレイズ】はその二体を巻き込んで合計三体を炎で包み込んだ。


 狙い通りなら、これで二体は落とせるはず──


「なっ……!? 撃ち漏らした!?」


 そう叫んだのは小太刀さんだった。


 炎を突き破って、あるいはそれを迂回して、合計「四体の」キラーワスプが俺たちに向かって襲い掛かってきたのだ。


 俺が【ロックバレット】を撃ち込んだほうの個体は撃破されたのだが、小太刀さんの【ウィンドスラッシュ】が当たったほうは落としきれなかったらしい。


 前の戦闘では【バーンブレイズ】+【ウィンドスラッシュ】のダメージで落ちていたのに。

 魔法二発で落とせるかどうかは、まだギリギリラインってことか。


「しょうがない! 切り替えて迎え撃ちます!」


「は、はい! ──やぁああああっ!」


 疾風のように駆けていった小太刀さんは、自らの魔法で落とし損ねた一体を短剣で斬りつけて消滅させる。


 俺もまた、弓月の【バーンブレイズ】に巻き込まれたもう一体を槍で攻撃してどうにか命中させ、そいつを消滅させた。


 残る二体の無傷のキラーワスプが、攻撃直後の俺と小太刀さんに、それぞれ襲い掛かってくる。


「ぐっ……!」


 俺は盾で防御しようとしたが、素早くかいくぐられ、鋭い尾針で右腕を突き刺されてしまった。


 同時に、何かを注入されたような感覚。

 大きくて乱暴な注射のようで、かなり痛い。


 一方の小太刀さんは、ギリギリで攻撃の回避に成功したようだ。

 ただそれも運が良かっただけという様子で、洞窟層での戦いほど余裕はなさそうだ。


 俺は一度跳び退って、自分の前のキラーワスプに槍で反撃を仕掛けようとした。


「くっ……麻痺か……!」


 だが、体が思うように動かない。

 全身に痺れが走り、普段どおりの動きができない。


 反撃の槍も鋭さを欠き、キラーワスプに回避されてしまう。

 そのキラーワスプが、再び俺に攻撃を仕掛けようとして──


「させないっす! 【ファイアボルト】!」


 そこに弓月が放った火炎弾が直撃した。

 キラーワスプの全身は燃え上がり、俺は窮地を脱したかに思えた。


 だが──


「なっ!? 【ファイアボルト】でも落とせないっすか!? ──先輩っ!」


 すぐに炎は消え去り、キラーワスプはためらわず俺に攻撃してきた。

 盾による防御はやはり間に合わず、俺は胸をぐさりと貫かれ、さらなる麻痺液を注がれる。


 致命傷ではない。

 でも累積する麻痺が厄介だ。


「くっ……! だったら──【ロックバレット】!」


 俺はあまりうまく動かない体で、どうにかわずかな距離を取り、再び迫りくるキラーワスプに向けて魔法攻撃を放った。


 それすら危うく回避されそうになったが、命中性能の高い魔法攻撃はさすがに命中。

 岩石弾の直撃を受けたキラーワスプは、ようやく消滅して魔石になった。


 その頃にはもう一体も倒し終えていたようで、そっちを担当していた小太刀さんが、俺を援護しようと駆け寄ってきていたところだった。


 戦闘終了だ。

 俺は大きく息をついた。


 心配そうな顔をした弓月が、俺のほうに駆け寄ってくる。


「だ、大丈夫っすか先輩!?」


「ああ、何とかな。おかげで助かったよ、弓月。ありがとうな」


「あう……。う、嬉しいっすけど、先輩には今は自分の心配をしてほしいっす!」


 弓月のやつ、意外と心配しいだな。

 麻痺が厄介なのはともかく、HP的にはまだだいぶ余裕あると思うが。


 一方で小太刀さんは、自分の脇腹を手で押さえつつ、俺に聞いてくる。


「六槍さんもやられましたか」


「えっ、小太刀さんも? 大丈夫ですか?」


「はい。気絶するような傷では、全然。でも刺されたときに何かを注がれたみたいで、体が思うように動かないです」


 小太刀さんは短剣を腰の鞘に収め、右手をグーパーしてみせる。

 それらの動きすべてに、わずかな震えが見えた。


 小太刀さんの負傷は、脇腹に受けた一撃だけのようだ。


 俺は小太刀さんの負傷部位に手のひらを向け、魔法発動のために体内の魔力を高めていく。


「今すぐ治癒します──【ガイアヒール】!」


 新しく修得したばかりの上位治癒魔法を、小太刀さんに向けて放った。

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